for pulic for researcher English
news@kek
home news event library kids scientist site map search
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事
last update:09/05/07  

   image 膜と重力の不思議な関係    2009.5.7
 
        〜 素粒子統一のM理論の進展 〜
 
 
  我々はどうして存在しているのか? そういう疑問を突き詰めていくと、なぜ宇宙が存在しているのかという問いにつきあたるかもしれません。宇宙の始まりを理解するためには素粒子の世界の事を詳しく知る必要があります。

素粒子の世界においては現在本質的な4つの力の存在がわかっていて、それぞれ「電磁相互作用」、「弱い相互作用」、「強い相互作用」、「重力相互作用」と呼ばれています。現在、これらのうちの前者3つの力を「量子論」という考え方の枠組みとして理解することに成功していて、「標準模型」あるいは「標準理論」と呼ばれています。昨年ノーベル物理学賞を受賞した小林・益川理論もこの「標準模型」の一部で、宇宙初期の物理の理解に一役買っています。

最近の宇宙観測の結果からは、この標準模型だけでは宇宙のエネルギー組成のわずか4〜5%しか理解できていないこともまた判明しています。宇宙がどうやってできたのかをミクロのスケールから理解するためには、残る重力相互作用もまた量子論の枠組みで考える必要があるとされています。

宇宙の始まりと量子重力理論の世界、M理論

相互作用を量子論の枠組みで考えることを「量子化する」といいます。電磁相互作用を量子化した量子電磁力学は、携帯電話やパソコンなどで使われる半導体などの内部で電子がどのように振る舞うかを理解するためには、量子化は必須の考え方になっています。重力相互作用を量子化した理論を量子重力理論と呼びますが、長年の研究で「超対称性」と呼ばれる性質を導入する必要があることが明らかになりつつあります。

以前の記事でもご紹介しましたが、素粒子は自転のような性質「スピン」を持っています。超対称性とは、ある素粒子に対してスピンが違う別の粒子が対応する性質のことで、超対称性を考えると理論の量子論的な扱いが容易になります。

重力理論において超対称性を最大に課すと、理論を構成することのできる次元に対して制限が付きます。そのような制限のうち、最も対称性の高い超対称重力理論は11次元で構成することができます。この理論を含むような微視的な理論として「M理論」の存在が期待されています。M理論では、11次元超重力理論の特徴から2次元的に広がった膜を基本的自由度として含むと予想されます(図1)。これまで様々な手法で、M理論の本質的理解のため、この膜を記述する有効理論の構成が試みられてきましたが、決定的なものは最近になるまで存在しませんでした。

また、量子重力理論として有望視されている「超弦理論」についても以前の記事でご紹介しましたが、この理論は10次元時空で定式化されます。超弦理論の基本的な自由度は1次元的に広がったひもです(図2)。M理論を一次元コンパクト化すると超弦理論が得られ、2つの理論は密接に関係しています。この関係性から、超弦理論における扱いが難しい領域をM理論では扱えると期待されていて、その仕組みを正しく理解することが望まれていました。

最近の目覚ましい発展

2008年に入ってバッガー・ランバート・グスタフソンらによって、この膜が備えているべき性質を兼ね備えた有効理論の構成が行われました。その有効理論にはトリプル代数と呼ばれる馴染みのない代数が含まれていましたが、このトリプル代数を詳しく調べてみると、この模型では完全な膜の有効作用は記述できていないことがわかりました。

その後、アハロニー・ジャファリス・バーグマン・マルダセナらによって別の構成法を用いた、M理論の膜に対する新たな模型が構成されました。この模型はM理論と超弦理論との関係性を考慮し、超弦理論で知られている知識からM理論へと繋がるように構成されました。しかしながら、この模型もまたM理論における膜の部分的な性質しか持っていませんでした。この模型は先の模型とはまったく異なる姿・形をしていて、どちらがより本質的なM理論における膜に近いのかが不明のままでした。

2つの模型の関係性、時空に依存した結合

そんな中、KEK素粒子原子核研究所の磯曉(いそ・さとし)准教授、総合研究大学院大学博士課程に在籍していた住友洋介(すみとも・ようすけ)氏等のグループは2つの模型の関係性を明らかにしました。先に述べましたように、超対称性の高い理論においては制限が強いことから、2つの理論には関係があるという考えがまさに証明されたものになっています(図3)。このことから、今までは全く手がかりがなく不明であったM理論に対して、超弦理論との繋がりがより強く存在し、現在においてはM理論における膜の有効理論として超弦理論を主体とした模型を考えるのが妥当であることがわかりました。

また、M理論には、近年盛んに議論されている、重力理論と標準模型などのゲージ理論とが関係しているという性質 (ゲージ/重力対応) があります。この対応を考慮すると、重力側の理解からゲージ理論である膜の有効理論にとって共形不変性が重要であり、そのために時空に依存した結合を持つ必要性があるということを住友氏等は指摘しました。通常、結合は定数であって、この結合が時空に依存しているべきであるという示唆はM理論に存在する特徴を表す非常に面白い現象です。

この研究は住友氏(図4)の学位論文「Multiple M2-branes and Janus Coupling」にまとめられています。この成果が評価されて、住友氏は平成20年度長倉研究奨励賞を受賞されました(図5、図6)。長倉研究奨励賞は総合研究大学院大学の初代学長長倉三郎氏の寄附金をもとに同氏の意志に基づき、同大学院の学生が行っている研究のうち特に優秀な研究を奨励するために設けられた賞です。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→総合研究大学院大学 長倉研究奨励賞のページ
  http://www.soken.ac.jp/student/guide/nagakura.html

→関連記事
  ・04.05.27
    ふしぎな対称性 〜標準模型を超える?超対称性理論〜
  ・06.12.21
    素粒子から宇宙を見る 〜佐藤勝彦教授インタビュー〜
  ・07.06.21
    宇宙の謎と物理学 〜21世紀の物理学の謎にせまる〜
  ・08.01.17
    ブラックホールの内部を探る 〜超弦理論でシミュレーション〜
  ・08.05.15
    ひもで考える宇宙 〜ブレーンの組み替えと超光速粒子〜

 
image
[図1]
M理論では、2次元的に広がった膜を基本的自由度として含むと予想されている。
拡大図(26KB)
 
 
image
[図2]
超弦理論では通常の粒子は「ブレーン」という3次元の膜に張り付いて振動していると考える。重力を媒介するグラビトンは膜と余次元を自由に行き来することができる。
拡大図(50KB)
 
 
image
[図3]
重力理論において最大の超対称性を課すと、11次元で構成できる超対称重力理論が現れる。この理論を含むような微視的な「M理論」の存在が期待されている。
拡大図(302KB)
 
 
image
[図4]
総合研究大学院大学博士課程に在籍中にM理論と超弦理論との関係を明らかにする研究を進めた住友洋介博士。
 
 
image
[図5]
総合研究大学院大学の学位授与式で行われた住友洋介氏の研究発表風景。
拡大図(124KB)
 
 
image
[図6]
長倉研究奨励賞の受賞式。
拡大図(139KB)
 
 
 
 
 

copyright(c) 2009, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
proffice@kek.jpリンク・著作権お問合せ