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サイズを変えて導体から絶縁体へ ~ 厚さの変化で性質が変わるしくみ ~

2010年7月15日

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図1

ナノテクノロジーは電子材料や新素材の分野を大幅に進化させている。 コンピューターなどの電子機器の小型軽量化、性能の向上には不可欠で、今世紀最も活発な分野の一つになっている。

近年、すっかりナノテクという言葉が浸透しました。誰もが知らず知らずのうちにナノテクノロジーの恩恵にあずかっています。なぜナノがこんなにも注目を浴びることとなったのでしょうか?

ナノは10億分の1を表す接頭語で、1ナノメートル(nm)は10億分の1mであり、だいたい原子数個分のサイズにあたります。物質はたくさんの原子からできていますが、物質の大きさをどんどん小さくしていってナノスケールになると、原子が1個や数個という状態になります。このような状態になると、たくさんの原子からできた物質とは違った性質が突然出てくることがあります。例えば、電気を通す導体が電気を通さない絶縁体になったり、磁性を持たなかったものが磁性を持ったり……。

このような性質の変化には電子が大きく関わっています。物質のサイズがナノスケールになると電子の状態はどのように変化するのでしょうか?

三次元から二次元へ

サイズを小さくしていくと、どのようなことが起こるのでしょうか? ビル内での人の動きを例に考えてみましょう。通常のビル(三次元空間)では、特定の階だけでなく、階段やエレベーターを使って、上下左右と自由に移動することができます。ある部屋から別の部屋に移動するとき、もし廊下が人や物であふれていても別の階へ移動して人ごみを避けることも出来ます。ところが、エレベーターが止まったり、階段が閉鎖されてしまうと、ある階(二次元空間)でしか動けなくなり、移動できる範囲が大幅に制限されます。もし、この状態で廊下が混んでいると、身動きが取れなくなってしまいます。

動いていた人を電子に置き換えて、物質で考えます。ここで、電子ならではのルールが1つ出てきます。電子と電子には反発しあう力が発生し、電子同士の距離が近いほどその力は大きくなります。三次元空間では電子は自由に動き回り、運動エネルギーが十分に大きいので、反発力に動きを妨げられることはありません。電子が動き回るということは電気を通す、つまり金属的な性質を持つ、ということになります。これを二次元にすると、動ける範囲が小さくなるので運動エネルギーも小さくなり、反発力に負けて電子は自由に動けなくなってしまいます。そうすると電気の流れない、絶縁体となります。特に、電子同士の反発力が非常に大きい強相関電子系と呼ばれる伝導性酸化物では、このような現象、つまり、物質の厚さを変えるだけで、導体から絶縁体に変化する現象が起こると考えられています。

超薄膜に閉じ込められた電子の姿

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図2
光電子分光法の原理図。

放射光を照射され、光電効果により物質の外に飛び出してきた光電子のエネルギーを測定することによって物質の電子状態を調べることができる。


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図3

レーザー分子線エピタキシー(MBE, Molecular Beam Epitaxy)装置と光電子分光装置を組み合わせた装置。

レーザーMBE装置で作製された酸化物の薄膜は、光電子分光装置まで真空中を搬送される。


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図4

(a)観測されたSrVO3薄膜の光電子スペクトルと(b)伝導性に対応するフェルミ準位上の光電子強度と電子間のクーロン反発力。


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図5

三次元から二次元の次元性変化に伴ったSrVO3薄膜の電子状態の模式図

東京大学大学院工学系研究科の大学院生、吉松公平氏、組頭 広志准教授、尾嶋 正治教授、および藤森 淳教授(同理学系研究科)の研究グループは、岡本敏史氏(オークリッジ国立研究所)のグループと共同で、放射光を用いた光電子分光法という手法で、代表的な伝導性酸化物であるバナジウム酸ストロンチウム(SrVO3)薄膜の電子のふるまいが、厚さを薄くしていったときにどのように変化するかを詳細に調べました。

物質にX線を当てると、そのエネルギーによって物質から電子(光電子)が飛び出ます。光電子分光法は、光電子の運動エネルギーを調べて、どの元素のどこの電子軌道から発生した電子かを調べることができます(図2)。すると物質中の電子の状態が分かり、導体か絶縁体かが区別できるのです。

この薄膜を薄くしていったときの電子状態を直接観測すれば、次元性による不思議な金属絶縁体転移の起源解明につながると考えた研究グループは、チタン酸ストロンチウム (SrTiO3)結晶の基板の上にSrVO3の非常に薄い膜を作り、それを測定しては一層ずつ積み上げどんどん膜を厚くしていく…ということを繰り返し、厚みが変わるにつれて電子の状態がどのように変化していくかを調べました。これほどの薄膜を精密に調べるには大強度のX線が必要不可欠で、KEKのフォトンファクトリーBL2Cと研究グループがこれまで開発してきた酸化物結晶育成レーザー分子線エピタキシー装置と光電子分光装置の複合装置(図3)を用いることで観測が可能になりました。この装置では酸化物薄膜を作製し、それを大気中に取り出すことなくその場で観測できる世界的にもユニークな装置で、不純物の影響を極限まで排除し、電子状態の変化を観測することができます。

その結果、三次元では金属的な性質を示すSrVO3が薄膜の二次元状態に近づくと、電子の状態が変化して絶縁体になることを発見しました(図4)。さらに、最新の理論計算と組み合わせることで、この導体から絶縁体への変化は、二次元状態にすることで電子の運動エネルギーに相当する量が徐々に小さくなり、ついには電子同士の反発力よりも小さくなってしまうことがその起源であることを明らかにしました(図5)。

物質が導体から絶縁体へ変化する不思議な性質のしくみを明らかにすることにより伝導性をコントロールしたより精密な物質設計が可能になると言えます。こうした研究の積み重ねによってナノテクノロジーはますます進化していくことでしょう。

この成果は米国物理学会が発行する学術雑誌Physical Review Lettersの2010年4月号に掲載されました。