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アダ・ヨナット博士とKEK 2010.3.11 |
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〜 リボソーム研究でノーベル賞 〜 |
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2009年、イスラエルの女性科学者、アダ・ヨナット博士がリボソームの構造を解明した功績によりノーベル化学賞を受賞されました(図1)。KEKではその業績を称え、3月9日につくば市で開催されたPFシンポジウムの席上で特別栄誉教授の称号を授与しました。今からさかのぼること20年余、博士のリボソーム研究の始まりにKEKは大きな役割を果たしたのです。 遠い国から 1985年、名古屋大学から坂部知平(さかべ・のりよし)氏がKEKに教授として赴任してきました。そして自身の開発した大型ワイセンベルクカメラというタンパク質結晶構造解析装置をフォトンファクトリーに設置し(図2)、1987年に最初の共同利用実験を募集しました。 しかし当時、放射光を生体分子の構造を見る道具として使えると思った科学者はそれほどいませんでした。放射光のX線は強すぎて、生体分子の結晶を壊してしまうと思われていたからです。案の定、申請された実験課題はわずか3件、しかもそのうち2件は坂部教授自身が申請した課題でした。そして残りの1件が、アダ・ヨナット博士だったのです。これはもう、青天の霹靂、衝撃的なことでした。現在のようにインターネットもなかった時代に、一体どうやってイスラエルから情報を入手したのでしょう! このことからもわかるように、博士は研究に対してとても貪欲で、ずば抜けた行動力の持ち主なのです。この性格は共同利用の研究が開始されてからも、存分に発揮されていったのです。 難関に挑む 博士が挑んだのはとてつもない難敵、リボソームの構造でした。リボソームとはメッセンジャーRNAから遺伝情報を読み取り、タンパク質をつくる、いわば遺伝情報の翻訳装置です(図3)。生命の最も根幹の役割を担うリボソームの構造を解くことができればノーベル賞ものであることは誰もが認識していました。しかし、リボソームはあまりにも複雑な形をしていてその構造を解くことは到底できない、と多くの研究者がさじを投げていました。 生体分子の構造解析には「良い結晶を作ること」「結晶にダメージを与えずに観測すること」という2つの大きな課題があるのですが、RNAとタンパク質が複雑に絡み合った巨大分子リボソームは、そのどちらとも非常に難しく、あまりにも険しい道のように誰もが思いました。 めげないアダ 博士のKEKでの初めての実験の直前、坂部教授を驚かせたのが、小型トラック1台ほどの大きな荷物でした。中身は博士が開発した低温窒素ガス吹き付け装置一式でした(図4)。結晶に-190度程度の冷気を当てながらX線を照射して観察しようというのです。しかしこれはそう簡単なことではありません。水にあふれる細胞の中に浮かぶ生体分子は、水を含む結晶構造をしています。水は結晶を凍らせると膨張して生体分子の結晶を壊してしまう、とても厄介者だったのです。 そこで活躍したのが、なんと博士の髪の毛でした。博士は見ての通りクルクルとした巻き毛です。髪の毛で小さな輪っかを作り、特殊なオイルに浸して周りの水分を極度に減らした結晶を、金魚すくいのようにしてすくい取りました。オイルと結晶の相性を調べるため、膨大な種類のオイルを取りよせ、沈めてはすくい、沈めてはすくい・・・と気の遠くなるような作業を繰り返したのでした。そしてその結晶を、高純度の液化プロパンで一瞬にして凍らせることで、結晶を壊すことなく凍らせる技術を磨いていきました。 多くの条件を一つずつクリアしていくためには膨大な時間が必要でした。しかし、共同利用の実験施設では、一人が使える時間には限りがあります。最初はたった3件の実験から始まった坂部教授の実験ステーションは、イメージングプレートという高感度のX線検出器を採用したことでさらに性能が上がり、1990年代に入ると世界中から研究者が集まるステーションになっていました。そのため、たくさんの時間を毎回のように申請する博士に、申し訳ない思いをさせてしまった、と坂部教授は回想しています。 1990年代半ばには、世界中で高輝度の放射光施設が作られ、博士の研究拠点もヨーロッパの新しい放射光施設に移りました。何度も何度も同じテーマで申請してくる博士に対し、「使うだけ使って、結果がでないじゃないか」そんな意見もあったそうです。しかし、この研究は非常に困難だけれども、誰かがやらなければならない研究であるということで、基礎研究を重んじるKEKとしては申請を認めたのでした。 粘り強く研究を続けた博士は、世界中の放射光施設を使って、ついにリボソームの構造解析に成功したのです。 今使われている抗生物質はリボソームをターゲットにしたものが多く、生物学・化学・医学への影響は計り知れません。構造を解いた今、博士は、リボソームをターゲットにした抗生物質の開発に取り組んでいます。副作用の少ない抗生物質を作るには、精密な構造を調べる必要があり、博士の挑戦はまだまだ続いています。 アダ・ヨナットがKEKにのこしたもの 博士は自らが苦労してあみ出した実験手法を惜しげもなく人に開陳する人でした。結晶の凍らせ方はもちろん、去った後もKEKを利用する人たちが自由に使えるように道具を一式置いていってくれたほどでした。低温でタンパク質の結晶を観察する手法は今では大学生の実験でも行われるほどスタンダードなものになりました。 「私はラッキーでした。放射光が大きく進歩したのが私の研究とほぼ同時だったから。」3月9日につくばで行われた講演でこう述べたように、博士の挑戦には良いX線と、優れた装置がなくてはなりませんでした。そのため加速器や装置の開発に携わる研究者や技術者を鼓舞し、働きかけもしてくれました。そうして人が育ち、装置の機能も向上し、共同利用者も増えていったのです。 当初3件だけだったタンパク質構造解析の課題は今や年間200件を超えるほど大規模になりました。基礎研究ほど、評価に時間のかかるものはありません。これからきっと多くの成果が出てくることでしょう。
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