|
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事 | last update:10/03/25 |
||
生き物のように蠢く油滴 2010.3.25 |
||||||||||||||||||||||||
〜 油滴の自発運動のしくみを解明 〜 |
||||||||||||||||||||||||
ラーメンのスープに浮かんだ油。食後にスープを箸でかき混ぜ、この油滴を変形させて遊んだことはありませんか? この時、かき混ぜるのをやめると油滴は丸く戻り、しまいに油滴同士がくっついて大きなかたまりになるのを見る事ができます。ところが良く似た物質系で、油滴があたかも生き物のように動くことがある事が分かりました。今回はこの生き物のような不思議な油滴の自発運動について紹介します。 平衡系と非平衡系 スープの油がやがて一つのかたまりになるように、周りからの影響がなければ、時間とともに動きの無い静かな状態へ落ち込んでいくようなシステムのことを一般に平衡系(へいこうけい)といいます。 では、周りからの影響があるときはどのようになるのでしょうか? 私たちの身のまわりでは、水が流れたり、あるいは温度が不均一な時には物質はダイナミックに動いています。このようなダイナミックな状態のことを「非平衡系(ひへいこうけい)」といいます。自然界に存在する様々な非平衡系では、温度差や密度差などが一様な場合でも、エネルギー散逸により自発的にパターンを形成することがあります。 例えば熱々のお味噌汁を飲むとき、冷めるまでしばらく待っていると、模様ができるのを見たことはありますか(図1A)? これは"ベナール対流"という、温度などの不均一さが生み出すパターンの一つです。同じように、水流に棒を差し込むとその後ろに次々と現れる "カルマン渦"や、静置したワインから雫が次々と発生する"ワインの涙"も知られています(図1B)。もっと広く考えると、我々生命体もこのような自発生成するパターンの一種と考えることができるかもしれません。 今回ご紹介する油滴は中に仕込まれた界面活性剤が水相へと流出し続けることで、このような非平衡条件が保たれ、自発的な運動が生じます。言い換えれば、時間的空間的なパターンが生成していると言うこともできます。 蠢(うごめ)く油滴 住野豊氏(東京大学)、北畑裕之講師(千葉大学)、瀬戸秀紀教授(KEK物質構造科学研究所)らのグループは、界面活性剤の塩化ステアリルトリメチルアンモニウム(逆性石鹸)水溶液に、パルミチン酸(牛脂に含まれる油の一部)を加えたテトラデカン(灯油・軽油の成分)の油滴を滴下して、その様子を観察しました。 すると、水溶液の上に浮かんだ油滴の界面(水と油の境目)に小さな丸い突起ができては引っ込む、というまるでアメーバのような運動が見られ、しかも一時間以上も続くことが分かりました(図2)。この油滴の運動を詳細に観察すると界面の周りでゲル状のもの(ゲル状会合体)が生成されていることがわかりました(図3)。これは、パルミチン酸と塩化ステアリルトリメチルアンモニウムによるものと考えられます。このゲル状会合体の力学特性と生成・崩壊を仮定し、ゲル状会合体が油滴を締め付けることで変形が生じるという仕組みを数理モデルから明らかにしました。このしくみは細胞の運動でもアクチンゲルの生成・崩壊を用いるという形で利用されていると考えられています。 ゲル状会合体の正体 ゲル状会合体とは一体どういうものなのでしょうか。この解明には、難しい問題がありました。それはゲル状会合体が薄い濃度でしか生じないため、通常のX線散乱装置では測定に時間がかかるだけでなく、構造が不安定で測定時間の間保たれないことでした。そこで強い放射光強度を持つKEKフォトンファクトリーにある実験装置(BL15A, 4A)を用い、油水界面近傍で400Å(1Å=1000万分の1mm)程度の膜間距離を持つゲル状会合体が形成されていることを明らかにしました(図4)。 この研究により、生物ではない物質の組み合わせからなる油滴が、非平衡条件の元でまるで生き物のように動くしくみが示されたといえます。このような身近な材料にも生命現象にもつながるような驚くべき現象が隠されていること、そのしくみを解明することが最先端の物理学とつながることは非常に興味深い事だと言えるでしょう。 この研究成果はアメリカ化学会が発行する学術雑誌 "Journal of Physical Chemistry B"で2009年11月に発表されました。
|
|
|
copyright(c) 2010, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1 |