2010年5月13日
加速器から作り出される光「放射光」は今や多くの分野の研究に無くてはならない道具となりました。ナノスケールでのふるまいやタンパク質の構造解析は、電子部品の微細化や新薬開発などに繋がり、放射光のニーズはますます高まっています。
KEKに放射光施設フォトン ファクトリーが造られてから約30年、新たな放射光施設の第一歩であるコンパクトERL(Energy Recovery Linac:エネルギー回収型ライナック)が造られようとしています。今回は、コンパクトERL実現を担う電子を入射する電子銃開発のお話です。
「放射光」とは、ほぼ光速まで加速した電子を曲げた時に、放射される光のことです。放射光を効率よく得るため、電子を円形加速器の中でぐるぐると回しています。しかし、電子ビームは何度も回っているうちに、だんだん「ぼけ」てきてしまいます。
そこで、鋭い放射光を得るため、1周ごとに「新品の」電子を使おう、というのが次世代型なのです。1周して光を出し終えた電子は、まだ高いエネルギーを持っています。これをそのまま再利用する従来型に対し、次世代型は残ったエネルギーだけを超伝導加速空洞の中で回収し、次の電子を加速するために有効活用する 「エネルギー回収型」なのです。
これにより、エネルギーを上手に活用でき、さらに加速器を回っている電子は常に電子銃から出たばかりのフレッシュな電子になります。
フレッシュであるということは、電子銃で作られる電子の質に放射光の質が大きく左右されることでもあります。料理に例えて言うならば、手を加えない調理法だけに素材そのものに大きく左右される、お刺身のようなものです。電子銃で非常に質の良い(運動量・エネルギーの揃った=エミッタンスの小さい)電子ビームを生成することが、従来の放射光より強く、短いパルスの光を可能にする重要な開発なのです。
では質の良い電子ビームをつくるにはどうしたら良いのでしょうか?それには、まず質の良い電子の塊(バンチ)を発生させることが重要です。半導体結晶にレーザー光を当てると、半導体内部から励起された電子群が表面から真空中へ取り出されます。
このバンチはたくさんの電子が時間的・空間的に集まった状態なので、マイナス電荷をもつ電子同士に互いに反発する力が働いてしまいます。ビームの強度を上げるためにはバンチに電子を多く詰め込む必要がありますが、集まる電子が多くなるほど反発力が強くなり、ビームの質が悪化(エミッタンスが大きくなる)してしまいます。これではせっかく半導体結晶で発生させた質の良いビームの意味が無くなってしまいます。
これには発生させた電子ビームを瞬時に加速して光速に近づけることで、電子自身が作り出す磁場の作用により、互いの反発する力を打ち消し合い、ビームの質を高めることができます。そのため電子銃に50万ボルト(500kV)以上の高い加速電圧と加速電界をかける構造が必要になります。
しかし大きな電圧は、電子銃内部で雷のような放電を発生し、その衝撃によりセラミック管に小さなヒビや穴を空けてしまいます。電子銃の内部は、安定にビームを出し続けるために、限りなく真空状態(大気圧の10兆分の1以下)を保つ必要があり、ごくわずかな漏れも許されません。そこでセラミック管の構造を多段に分割して電界を一様にさせ、セラミック管中心部にある高電圧の電極からの放電が直接セラミックに当たらないようにリング状のシールド電極を内側に付けることで、放電と真空漏れの問題を回避しました。
コンパクトERL用の電子銃としてこれまでに開発されたもので安定にかけられる電圧は、米国ジェファーソン研究所の350kVが最高電圧でしたが、今回、日本原子力研究開発機構(JAEA)、KEK、広島大学、名古屋大学の共同研究グループで開発した電子銃では、世界で初めて500kV以上の電圧を安定にかけることに成功しました。なお、電子銃装置の組立、高電圧実験はJAEAにて行われました。
この新型電子銃の開発により、コンパクトERLの実現にさらに一歩近づくことになります。コンパクトERLでは小領域の動きを直接観察できるため、生体反応やデバイス動作機構、化学反応などをピンポイントで観察する物質・生命科学分野へ多様な研究が見込まれています。
この研究はアメリカの科学雑誌Review of Scientific Instrumentsオンライン版で発表されました。