記念の「お土産」が実習テーマに取り組む研究室へ橋渡しに
サマーチャレンジ参加当時は、早稲田大学先進理工学部物理学科の3年生でした。
部活動の先輩と学部の友人が第4・5期生として参加しており、そのときの話を聞いたのがきっかけでした。2人の話がとても楽しそうだったので、「参加してみたい」と思いました。
もともとKEKという研究機関や、大規模な実験施設にも興味がありました。大学の講義でもちょうど量子力学の中に登場する素粒子の分野が始まったところで、その世界が実際にどのような装置や施設で研究されているのか、自分の目で見てみたいという気持ちもありました。
強く印象に残っているのは、巨大なBelle II測定器をはじめとする実験施設の見学です。目の前に広がる装置のスケールに圧倒されました。極めて小さな素粒子の現象を捉えるために、これほど巨大な装置をつくるという、対象と装置のスケールの対比がとても面白く感じられました。
講義ではノーベル賞を受賞された小林誠先生をはじめ、それぞれの分野の第一人者から直接お話を伺うことができました。当時は講義の内容(特に群論)についていくことで精いっぱいでしたが、振り返れば振り返るほど、本当にありがたく、贅沢な経験だったと感じます。
実習では、横浜国立大学の中村正吾先生のご指導のもと、液体キセノン検出器をテーマに取り組みました。実験の手順や細かな作業については、当時の大学院生スタッフの方々から丁寧に教えていただきました。中村先生もプリントを用意して、直々に講義してくださいました。特に、中村先生が学生時代にジャンクパーツなどを使ってCO2レーザーを自作されたという話に驚かされました。「レーザーで鉄板を焼き切りたい」という製作の動機も含めて、先生のエピソードは強烈に記憶に残っています。
実習の最後には中村先生からCsIシンチレータを頂きました。サマーチャレンジが終わった後も、テーマに関連する実験に自分自身で挑戦できるようにという先生からの「お土産」でした。実際に自分の力でCsIシンチレータを使った放射線検出器を作ってみましたが、SNR(信号対雑音比)があまりにも悪く、食塩に含まれるカリウム同位体由来と思われるピークがほんの気持ち程度見えたような、見えなかったような……という結果でした。それでもサマーチャレンジが終わってからも実習テーマに取り組むきっかけまで用意してくださったことに深く感動しました。単なる記念品ではなく、その後の学びにつながる「お土産」だったと思います。
参加前の私は、漠然と「宇宙物理に関わる研究をやりたい」と考えていました。サマーチャレンジで放射線検出に関する実習して、さらに頂いたシンチレータを使って自分で放射線検出器を製作した経験から、宇宙放射線の観測や検出器開発に取り組む研究室に進む道を選びました。大学院では地球放射線帯の観測を目的とした衛星ミッション「ERG」の電子線検出器の開発に携わりました。サマーチャレンジでの体験が、その後の研究分野を選ぶ具体的なきっかけの一つになったことは間違いありません。
大学院で宇宙放射線に関する研究に取り組んだ後は、宇宙放射線物理を究める道ではなく、より直接的に人々の生活へ貢献する研究開発に携わりたいと考え、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入構しました。学生時代は放射線を「計測する側」でしたが、入構後は放射線から宇宙機や宇宙飛行士を「守る側」へと立場が変わりました。対象への向き合い方は変わったものの、研究を通じて身につけた放射線に関する知識や、実験・開発の経験は、現在の仕事にも生かされています。
そして中村先生から伺ったレーザーの話が巡り巡ってきたのか、現在はレーザー光を使って対象までの距離を測る「ライダー」を高度計として用い、地球を計測するミッションに携わっています。さすがに鉄板を焼き切ることはできませんが、中村先生が自作されたCO2レーザーよりも高出力なレーザーを使っています(笑)。
このように現在は研究開発の現場で仕事をしていますが、純粋な研究への興味を失ったわけではありません。仕事と並行して社会人博士課程にも進み、学位を取得することができました。
分からないことや失敗することを恐れず、目の前の課題に思い切り飛び込んでほしい
大学3年生は大学院へ進むのか、どのような研究分野を選ぶのか、さらにその先にどのような仕事をしたいのか、少しずつ将来について考え始める時期だと思います。そのタイミングで全国から集まった同世代の学生たちと出会い、交流し、切磋琢磨できたことは、少なからず現在のキャリアを選ぶきっかけになりました。参加者のうち何人かとは、今でも連絡を取り合っています。
また、日常から良い意味で隔離された環境で1週間以上にわたって物理に没頭できたことは、本当に貴重な経験でした。社会人になった現在、これほど長い時間、一つのことだけを考え続けられる機会は、なかなかありません。実験や発表の準備のため、夜遅くまで実験棟に残り、班のメンバーと議論を重ねたことも良い思い出です。短時間の講義や見学会ではなく、1週間以上にわたる「合宿」だったからこそ、思うような結果が得られない時間も、仲間と議論する時間も、最後まで試行錯誤する時間も経験できたのだと思います。
今回、保管していた当時のサマチャレ第6期の「報告書」を発掘し、自分で書いたレポートを久しぶりに読み返しました。今読むと文章や考察の拙さを感じる部分が多々あります。一方で、生成AIもない時代に想定外の現象を前にして、自分自身や班のメンバーとの議論を通じて頭を使い、何とか答えを導き出そうとしていたことに改めて気づきました。答えにたどり着けたかどうか以上に、分からないことについて仲間と議論し、自分の頭で考え抜いた時間そのものが何物にも代えがたい経験だったと感じています。
当時の校長を務められていた伊藤健二先生が、第6期のテーマを考える際に「『没頭する』だと、"ぼーっとする"みたいだから、没にした」と仰っていたことを覚えています。しかし、振り返ってみれば私にとってあの夏は、まさに物理に没頭したひと夏でした。これからサマーチャレンジに参加する皆さんには、分からないことや失敗することを恐れず目の前の課題に思い切り飛び込んでほしいと思います。講義の内容をすべて理解できなくても、実験が思い通りに進まなくても、それは決して無駄ではなく、そのときに抱いた疑問や仲間と議論した時間、実際に装置へ触れ自分の手で確かめた経験が、すぐにではなくても、いつか自分の進路や仕事につながるはずです。少なくとも私は、自身の経験からそう確信しています。
KEKという特別な場所で全国から集まった仲間たちと物理だけを考えられる時間は、人生のなかでも決して多くありません。ぜひ、その環境を存分に使い尽くしてほしいと思います。そして自分でもまだ想像していない未来につながるような、「物理に没頭するひと夏」を過ごしてください。