堤拓朗さん

始まりは、大きな勘違いから

 北海道大学理学部化学科3年のときに参加しました。座学と実験を通じて、物理化学、有機化学、無機化学、生化学など、化学のあらゆる分野を学んでいる時期でした。レポートや試験に追われながら、北大の理学部7号館を歩いていたところ、「この夏、研究者になろう!」というキラキラしたポスターが目に入ったのが、サマチャレとの出会いです。学生だった頃はSNSにあまり触れてこなかったこともあり、サマチャレについてはまったく知らずに応募を決めました。物理系の学科であれば、先輩から話を聞くこともあったのでしょうが、化学科にはサマチャレに参加した先輩もおらず、一緒に参加する仲間もいませんでした。そのため、『選考はあるみたいだけど、オープンキャンパスの体験実験みたいな感じなんだろう』と、大きな思い違いをしたまま当日を迎えたことを覚えています。

 化学科の学生だったこともあり、素粒子や加速器にはあまり興味はありませんでした。でも、放射光施設や東海キャンパスの加速器を見学して、化学科の学生実験で使うような卓上サイズの実験器具とはまったく違い、とにかく大きい上に、何人もの研究者が1つの実験機器の運営・管理に携わっていることに、ただただ圧倒されました。
 最も思い出に残っているのは、サマチャレ参加者との交流です。特に同じ演習班のメンバーが強烈で、環境中の重金属をホタテなどの貝殻を使って除去するという、演習内容を絡めた一発芸を懇親会で披露して会場全体を爆笑の渦に巻き込んだのをよく覚えています。数日間でそのくらい仲良くなり、演習中も和気あいあいとした雰囲気でした。当時は夜遅くまで演習できたこともあり、連日の疲れも相まって、最後の発表準備までテンションを保つのに苦労しました。研究発表を終え、修了証書をもらったときには、『研究者って、こんなにやりがいがあるんだな』と改めて実感して、学術界への道を現実的に考え始めるきっかけになりました。発表会後、布製ポスターをメンバーで等分して持ち帰りました。今でも家のどこかにあります。

 サマチャレの熱にあてられたせいか、学部3年生の12月に研究室が決まってすぐに、『私は博士課程進学、アカデミアを考えている』と教授に宣言しました。その宣言通り、2021年に北海道大学で博士号を取得し、2023年には北海道大学で助教、この夏(2026年8月)から名古屋大学に准教授として着任することになりました。現在、パソコンやもっと大型の計算機を使って化学反応をシミュレーションするような理論化学、計算化学の研究に取り組んでいます。少し詳しく説明すると、化学系の学部であれば講義で耳にするであろうシュレーディンガー方程式を扱うような研究です。この方程式をプログラムで数値的に解くことで、分子構造に対するポテンシャルエネルギーが得られます。化学反応を表すような分子構造変化に沿ってエネルギーをプロットすれば、反応物から生成物に至るまでの活性化エネルギーや反応熱を求めることができます。しかしながら、フラスコの中の分子は熱によって絶えず運動しているため、ポテンシャルエネルギーだけでは適切に表現できないこともあります。そのような効果を取り入れたのが、分子の運動をニュートンの運動方程式を使ってシミュレーションする分子動力学法です。私はこのような2つの解析を駆使しながら、化学反応の予測や反応機構の解明に取り組んでいます。
 現在では、研究対象を高分子にも拡げ、高分子反応や溶液物性の解析に力を注いでいます。放射光や加速器が出てくることは稀ですが、光を使って分子の運動を観測する分子分光学を専門とする実験研究者と一緒に研究する機会も多くあり、サマチャレのおかげで、苦手意識なく研究の議論ができています。

サマーチャレンジの見学・演習・懇親会の様子

 サマチャレに参加する前から、『研究者になりたい』と考えていました。でも、学部3年生当時は、研究者とはどのようなものか、何もわからずに、具体的に調べることもなく、ただ漠然と憧れているだけでした。そんなときにサマチャレで過ごした時間、演習を担当してくれた教員・TAとの交流のすべてが、目指すべき研究者像を明確にするための指針になりました。私はアカデミア志望でしたが、企業で研究がしたい人にとっても、研究者とは何か、研究とはどのような世界が待っているか、ということを体験できる良い機会だと感じています。
 中でも、今になって一番大切だったと感じるのは、学部生の頃から、研究や将来について、同じくらいの熱量で語り合える同年代に会えたことです。学部の友人のほとんどが企業志望で、学術界について話したり、相談したりする機会はありませんでした。関東や関西であればローカルなコミュニティで同年代と会う機会もあるのかもしれませんが、北海道ではそのような機会はほとんどありませんでした。サマチャレの懇親会でいろいろな人たちと話してみると、同年代でもこんなにアカデミア志望の人がいて、自分の専門分野についてこんなにも楽しそうに話す人がいることに驚いたことを覚えています。仲良くなった人とは京都旅行に行ったり、その後も出張先で再会したりと、交流が続いています。講義、演習も貴重な機会でしたが、何より同じ熱量で将来について語り合える同年代に出会えたことはかけがえのない経験になりました。

途絶えていたOBOG会を改めて立ち上げて

 大学院生の頃、TAとしてサマチャレに関わる機会を得ました。しかも、同じ演習班のメンバーと一緒にです。サマチャレOBとして、またTAとして、サマチャレで感じた熱を伝えることもできたかなと思っています。数年後、北大で特任助教をしていたときに、当時のサマチャレに参加していた奈須滉さん(第10期生・北海道大学 理学研究院 助教)から『北大で働くことになりました!飲みに行きましょう!』と、こんな感じでLINEが入ってびっくりしました。今では同じフィールドで一緒に研究をする仲間です。学会で声をかけてくれるサマチャレ仲間もいます。このようなつながりは、本当に嬉しい限りです。

サマーチャレンジで出会った仲間との再会
サマーチャレンジで出会った仲間とは、その後も交流が続いている

 学術界に進む人に限らず、サマチャレで得たつながりは、きっとその後も続くかけがえのないものになります。8期生では私たちが中心になって、活動が途絶えていたOBOG会を改めて立ち上げました。OBOG会を現在まで支えてくださったOBOGの皆様、KEKスタッフの皆様には改めて感謝しています。今でもOBOGの世代間交流会の案内を見かけることがあり、あのとき復活させてよかったなとしみじみ思います。今年で20回目ということは、少なく見積もっても1200人以上のOBOGがいることになります。サマチャレを一夏の思い出だけで終わらせず、OBOG会の活動を通じて、その後も続くつながりを育ててほしいです。そして、どこかで再会したときには、互いに積極的に声をかけ合ってほしいです。一人のOBとして、サマチャレで得た経験や出会いが、皆さんの人生を豊かにしてくれることを願っています。

関連情報

公式サイト:第20回大学生・高専生のための素粒子・原子核スクール サマーチャレンジ
https://www2.kek.jp/ksc/index.html

特設サイト:サマーチャレンジ20年 記念サイト
こちら