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last update:08/10/16  

   image メラニン色素の運び屋    2008.10.16
 
        〜 肌は白く、髪は黒く 〜
 
 
  皮膚や髪の色は人種によって違いますが、同じ人種でも個人差があります。この個性を決めているひとつの要素がメラニン色素です。女性の方でしたら、しみやそばかすの原因である悪者としてよくご存知かもしれません。しかし、この褐色の色素は、わたしたちの身体を有害な紫外線から守るために欠かせないものです。また、髪の毛の色もやはりメラニン色素の色。今日のニュースは、このメラニン色素の運び屋タンパク質の話題を取り上げます。

メラニン色素のコンテナ「メラノソーム」

人はメラニン色素が多いか少ないかで、色黒になったり色白になったりしますが、皮膚の表皮細胞にあるメラニン色素には、皮膚の深いところにある大切な細胞を紫外線から守るという大切な働きがあります。日焼けをすると皮膚の色が黒くなるのは、紫外線にさらされることによって、メラニン色素をどんどん作るように指令が働いたからです。黒いメラニン色素は、表皮で紫外線を吸収したり散乱したりして、その下の細胞に紫外線が届かないようにしているのです。

皮膚や髪の色を作っているメラニン色素ですが、皮膚や髪の毛の細胞で作られるわけではありません。メラニン色素は、表皮の内側にある基底層と呼ばれる部分や、毛髪の付け根の部分に存在する、メラノサイトという、メラニン色素生産専用の細胞で作られます。メラノサイトで作られたメラニン色素は、「メラノソーム」という色素顆粒に貯蔵されます。工場でできた製品がコンテナに収納されて運ばれるように、メラニン色素もメラノソームに入れて、メラノサイト内を運ばれ、皮膚や髪の毛を作る細胞に受け渡されることによって、皮膚や髪の毛が黒くなります。

相棒と一緒に仕事をする運び屋

工場細胞メラノサイトには、メラノソーム専門の運び屋タンパク質がいます。Rab27という名前のこのタンパク質は、細胞の中で働く運び屋Rabのファミリーの一員です。

このRabファミリー、以前に「小包みを作る・荷解きをする運び屋」というニュースでも登場しましたが、小胞という脂質の膜でできた小さいコンテナに収納した荷物(タンパク質)を運ぶ仕事に従事する、現在脚光を浴びている一族です。Rabは「低分子量Gタンパク質」というタンパク質の仲間で、グアノシンヌクレオチドという小さな分子がスイッチのオンオフをする、スイッチ機能のついたタンパク質です。そして、スイッチオン状態のときには、単独ではなく、それぞれ決まった相棒と共同して仕事をするという特徴があります。この相棒をエフェクタータンパク質と呼びます。人間には60種類ものRabがあり、それぞれエフェクタータンパク質との組み合わせにより、複雑な物質や情報の移動を担っています。

メラノソームの運び屋Rab27は、2004年に理化学研究所の福田光則独立主幹研究員(現東北大学)のグループによって、Slac(スラック) 2-aと、Slp(スリップ)2-aという2種類の相棒と一緒に働いていることがわかりました(図1)。相棒との連携プレーによって、メラノソームは、工場細胞内のアクチン線維でできた道路を通り、皮膚や髪の毛を作る細胞の玄関口に運ばれるのです。

しみや白髪の発生に関係するメラニン色素の輸送を担うRab27は、社会的にも関心を集めそうですが、Rab27が研究者の興味をひいた理由はそれだけではありません。2000年に、グリセリ(Griscelli)症候群という病気の原因がRab27の遺伝子の欠陥であることが発見され、Rab一族の中で、唯一人間の遺伝病に関わるタンパク質として注目されました。この病気は、メラノソームの輸送異常により髪の毛が白くなる他、重度の免疫不全を伴っています。

運転手Slac2-a、宅配人Slp2-aと連携プレー

最近、KEKのグループと理化学研究所のグループが、それぞれRab27と運転手Slac2-a、宅配人Slp2-aとの複合体の立体構造を調べることに成功しました。運転手 Slac2-a、宅配人Slp2-aは、それぞれの役目を果たすために(図1参照)、図2のようなドメイン構造を持っています。この中で、青色で示したRab27結合ドメインの部分が複合体を作るのに使われました。

しかし構造解析はそう簡単には行きませんでした。前にお話したように、Rab27は分子スイッチがついたタンパク質です。Rab27が正常に運び屋の仕事をするためには、スイッチオンの状態でなくてはなりません。ところが、この状態のRab27は構造が不安定で、立体構造を解析するまでには至りませんでした。Rab27に変異を加えて構造を安定化したり、エフェクタータンパク質の大きさや種類を変えてみたり、さまざまな工夫をこらして、ようやく成功した複合体の結晶について、当時総合研究大学院大学の博士課程の学生だったレオナルド・シャバス (Leonard M.G. Chavas) さん(図4)は、この研究で一番苦労した点と語っています。

図3がその複合体の構造です。運転手Slac2-a、宅配人Slp2-aはどちらも長いαヘリックスというらせん構造の腕を持ち、その構造でRab27に結合していました。そして、タイプ2型、タイプ3型と呼ばれるグリセリ症候群の患者で変異が起こっているアミノ酸は、両方とも結合に大きく関わるアミノ酸であることがわかりました。グリセリ症候群は、Rab27が正しく運転手や宅配人と結合できないために、メラノソームの輸送が行えなくなっているために発症する病気であることがわかりました。また、スイッチオンとオフで構造が大きく変化する部分が、運転手や宅配人との結合に関わっていることもわかってきました。

Rab27は2つのエフェクター分子をうまく連携して仕事をしていることが、多くの研究者の興味を集めました。立体構造がわかったことで、他のRabタンパク質の運び屋のしくみについても理解が進む一歩になるでしょう。また、この研究でわかった立体構造の情報からメラノソームの輸送を自由にコントロールすることができたら、いつまでも白い肌と黒い髪で若さを保つ魅力的な薬が現実になるかもしれません。

この研究は、文部科学省で推進した「タンパク3000プロジェクト」の一環として、KEKも含め複数の研究グループがそれぞれの施設の構造解析装置を用いることにより行われました。KEKのグループは、構造生物学研究センターの若槻壮市センター長、レオナルド・シャバスさん(元総合研究大学院大学、現マンチェスター大学研究員)、群馬大学生体調節研究所の泉哲郎教授らが中心になり、フォトンファクトリーのタンパク質結晶構造解析ビームラインBL-5Aを用いて構造解析を行いました。理研のグループは、生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長、システム研究チームの白水美香子上級研究員、新野睦子上級研究員、東北大学生命科学研究科の福田光則教授らの研究チームでSPring-8のビームラインBL41XUを用いて構造解析を行いました。

KEKのグループと理研のグループの研究はそれぞれ独立な論文として米国の科学雑誌「Structure」オンライン版の同じ号に(10月7日、日本時間10月8日に公開)掲載されました。この号には、2つの論文とこれまでにわかっていることをまとめて議論したプレビュー記事も掲載されていて、研究者の間でも関心が高いホットな研究であることをうかがわせます。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
→理化学研究所生命分子システム基盤研究領域のwebページ
  http://www.ssbc.riken.jp/

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[図1]
運び屋Rab27によるメラニン色素の輸送のしくみ。メラニン色素のコンテナ「メラノソーム」は、Rab27と、運転手役のSlac2-a、宅配人役の Slp2-aの2種類のエフェクタータンパク質と連携して働いている。運転手のSlac2-aは、アクチン線維に沿って運動するミオシン(道路とトラックに相当)と荷物に結合したRab27をつなぎとめて細胞内を移動し、隣の細胞への玄関口である細胞膜の近くまで運ばれる。次に、Rab27は宅配人の Slp2-aに受け渡される。宅配人Slp2-aは、メラノソームに結合したRab27と、細胞膜のリン脂質とを同時に結合することにより、輸送されてきたメラノソームを細胞膜につなぎ止める。
拡大図(66KB)
 
 
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[図2]
2つのエフェクタータンパク質、Slac2-aとSlp2-aのドメイン構造。複合体を作るのに使用したのは、それぞれのRab27結合ドメイン(青色)。Slac2-aは、Rab27結合ドメインのほか、ミオシンVa結合ドメイン(緑色)とアクチン結合ドメイン(オレンジ色)を、Slp2-aは Rab27結合ドメインのほか、リン脂質結合ドメイン(黄色)をそれぞれ、分子内に持つ。
拡大図(23KB)
 
 
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[図3]
Rab27と2つのエフェクタータンパク質(左:Slp2-a、右:Slac2-a)との複合体の立体構造。グリセリ症候群を引き起こすアミノ酸の変異(GS2、GS3)は、複合体の結合に関わる位置にあることがわかった。
拡大図(80KB)
 
 
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[図4]
総合研究大学院大学在学中にRab27と宅配人役のエフェクタータンパク質Slp2-aとの複合体生成の研究を進めたレオナルド・シャバス (Leonard M.G. Chavas) さん。研究成果をまとめたポスターの前で。
拡大図(48KB)
 
 
 
 
 

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