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産学連携の新しいかたち 2009.9.3 |
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〜 中性子がもたらすビジネス・チャンス 〜 |
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箸にも棒にもかからない、というのは扱いが非常に難しいものです。ミクロの世界でも同じで、周りのものと反応しない粒子ほど観測にかかりにくく、検出が困難です。 世の中のほとんどのものは原子でできています。そして原子は、マイナスの電気を帯びた電子の雲の中に、プラスの電気をもった小さな原子核が埋め込まれたような姿をしています。つまりこの世の物質のほとんどはマイナスの電気に満ちたスカスカな空間でできていて、電子と反応する光や電気を帯びたツブ以外は、そこらの物質を難なく通り抜けてしまうのです。中性子は、原子のおよそ十万分の1という小ささ(1mmの1億分の1のさらに百万分の1)で、その名の通り電気を帯びていない中性の粒子です。そのため物質とほとんど反応しません。まさに箸にも棒にもかからない粒子です。 中性子をとらえる"棒"状検出器 ですが人間は、そんな中性子をキャッチすることができる"棒"を発明しました。中性子の検出器は、中にヘリウム3のガスが詰まったまさに"棒"の形をしています。これが平面状にずらっと並んで、そこを通りぬけた中性子の飛跡を電気の信号に変換してくれるのです(図1)。 光に近いスピードに加速した陽子を物質の原子核に衝突させると、中性子を得ることができます。KEK物質構造科学研究所の中性子科学研究施設KENSは、KEK内の陽子加速器を用いて中性子を利用した科学研究を進めると同時に、中性子を測定し分析するための技術を育ててきました(図2)。何十本も並んだ中性子検出器から送られる電気信号を取りこみ、揃え、中性子の飛跡を表すデータに変換する技術もその一つです。KENSはそのためのエレクトロニクス回路を自ら開発し、改良を重ねてきました。 J-PARC実現に向けて 30年以上の歴史を持つKEK構内の陽子加速器(PS加速器)が2006年3月その役割を終えました。KENSの施設は茨城県東海村の、KEKと日本原子力研究開発機構JAEAが共同で建設・運営する大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設に引き継がれています(図3)。J-PARCの強力な陽子ビームが造りだす強力な中性子ビームは、中性子を用いた物質科学研究に一層の発展をもたらす期待の星です。 J-PARCの計画が立ちあがった時、期待と同時に克服しなければならないさまざまな課題も生まれました。J-PARCの陽子ビームのエネルギーは、将来的には以前の陽子加速器の100倍を超え、それによって生み出される中性子の数も莫大なものになります。一度に測定器に飛び込む中性子の数が桁違いに増えるため、中性子検出器も増設されることになります。一度に1000を超える数の検出器がキャッチする中性子の情報を、ひとかたまりの精度の高い測定データとして取り出すには、新しいエレクトロニクス回路の開発が必要でした。 KEK物質構造科学研究所の先任技師・佐藤節夫氏がこの開発に取り組み、その成果が「J-PARCのMLF中性子実験施設に於ける、ネットワーク化したNEUNET中性子計測システムの開発」として、平成20年度のKEK技術賞を受賞したことは、以前の記事でもお伝えした通りです。KEK素粒子原子核研究所が開発したSiTCPネットワーク技術を組み込んで佐藤氏が開発したNEUNET基板は、J-PARCでの活躍が期待されるKEKの中性子解析装置に組み込まれることになりました(図4)。 新しい産学連携のかたち J-PARCの物質・生命科学実験施設には全部で23の中性子ビームの取り出し口があり、数多くの中性子ビームラインが同時に稼働することになります(図5)。その中にはKEKが開発・運営するものだけでなく、茨城県やJAEAのビームラインも含まれます。中性子を検出する装置も、県やJAEA、その他の大学がそれぞれの用途によって開発し、各々のビームラインに設置します。そしてそれらの装置は基本的には皆同じ、棒状の中性子検出器を面状にならべて使用する方式を採用しています。当然のことながら、すべての装置が、佐藤氏が開発したNEUNET中性子計測システムを必要としていました。 しかし、大学共同利用機関法人であるKEKはシステムを販売することができません。そこでKENSではまず、企業とライセンス契約を結ぶことを考えました。実際に使える回路を作成し販売するためには、ライセンス契約を結んだ企業に製作ノウハウを正確に伝授することが必要になります。とはいえ、多くの企業に教える人的・時間的余裕はなく、さりとて一社にだけノウハウを移譲するのも無理があります。それでは価格競争が起こらないので、いつまでも価格が安くならないという問題もあります。 そこでKENSはやり方を変えることにしました。KEK発ベンチャーの認定を受け、KEKで開発した回路、モジュール等をライセンス販売しているBee Beans Technologies社と協力し、KENSからBee Beans Technologies社に技術移転を行い、Bee Beans Technologies社から一般の企業に広く技術提供を行うことにしたのです。これによりNEUNET中性子計測システムの導入に新しく企業が市場参入することが可能となり、価格競争が起きます。また、海外の中性子科学研究施設に販路を開く道もひらけます。このシステムは、KEK、企業、ユーザー全てに利のあるシステムであり、J-PARCなどの技術開発と利用者(実験)支援を支えていく中で産学連携を盛り立てていくひとつの形と言えるでしょう。 広がる市場 技術移転を一手に引き受けているBee Beans Technologies社の代表取締役 浅井康裕社長によれば、「今年の4月以降に実際に契約が成立した3社が、既に回路の製作を始めています。現在契約直前まで行っている企業も2社あり、いずれも企業の方から声をかけてきてくれました。実際に動き出し、市場が少しずつ大きくなってきた実感があります。」とのことです。なお、今回のような新しい形の産学連携の一翼を担うことによるBee Beans Technologies社の利点については、「研究機関の技術を民間に生かしていくのがベンチャーの醍醐味です。できれば研究者や民間の方々が社に自由に出入りして、技術情報を皆さんが持ってきて、融合させて出していく。そういうハブとしての会社でありたいと考えています。その将来のためのネタを拾うのにKEKは大変魅力的な研究機関であり、今回のような協力関係を結ぶことの利点は大きいです。」 とのことでした。 連携は未来への一歩 なお、"今回の技術移転に関して苦労したことは"という問いへの回答で、浅井康裕社長は「開発者の佐藤さんから情報を引き出して整理するのが大変でした。佐藤さんの頭の中では開発情報が常に更新されていて、二日前にやったことは佐藤さんの中ではもう古いんです。今回の経験で、研究者の方の意欲、研究のサイクルというものを読むことが重要と分かりました。」常に新しい発見を追う開発者と、安定した製品を生み出そうとする企業とのコラボレーションのノウハウを明かしてくれました。一方の佐藤氏は、「今は、ヘリウムガス検出器に代わる検出器が無い状態です。この状況を刷新する検出器がすぐにできるとは思いませんが、J-PARCの強力なビームに長く耐えることのできる、新しい検出器を開発したいと考えています。今までにも作ってはいるのですが、もっと安定に、もっとコンパクトにできるはずです。ちゃんと安定したものができれば、広く実用化するための技術移転のノウハウはできたし…」と、今回の産学連携の新しい形を礎に、既に新しい取り組みに集中している様子。佐藤氏のさらに新しい検出器とその技術移転についてお知らせすることができる日も、遠くないかもしれません。
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