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最先端の技術を讃える 2009.3.19 |
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〜 平成20年度KEK技術賞 〜 |
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研究所で働く人は?と聞かれてまず思い浮かぶのは"研究者"、という方が多いのではないかと思います。実際の研究の現場はというと、専門的知識で仮説を立てる人、それを実証するための実験や装置の仕組みを考える人、実験を実現させるため装置を製作・調整する人、そして得た結果をまた考証する人・・・と、様々な分野のスペシャリストによって成り立っています。 今回は、表舞台にはなかなか出てこないけれど、研究の進展の鍵を握る技術開発のスペシャリスト「技術者たち」にスポットライトを当ててみたいと思います。今年度のKEK技術賞を受賞した、KEKの先端科学を縁の下で支える優れた技術開発についてご紹介します(図1)。 一歩先を行く、使いやすいデータ収集システム [DAQミドルウエアを基盤としたネットワークデータ収集システムにおけるクラス及びデータベース設計と実用化] 素粒子原子核研究所・技師 仲吉一男氏 近年、加速器実験で使用する計測装置は毎秒数ギガバイトという膨大な量のデータを出すことは珍しくなく、データは計測装置から高速ネットワークで接続されたコンピュータ群へ転送し処理するというシステムがとられています。これに対しこれまでは利用者が実験ごとに異なるソフトウェアを開発する必要がありましたが、この方法では汎用性や開発効率を考えた場合問題となっていました。 DAQミドルウェア(図2)は、データベースやネットワーク技術の最新技術を駆使しながらデータの転送処理の性能を損なわず、この問題点を克服したソフトウェア技術です。この開発はKEK素粒子原子核研究所の測定器開発室において行われた『次世代DAQプロジェクト』において進められました。また、KEKと産業技術総合研究所(AIST)は2006年から共同でRTミドルウェアという技術の開発を行っており、これがDAQミドルウェアの基となっています。 仲吉氏は、DAQコンポーネントと呼ばれる基本構成ソフトウェアについて根幹となる設計(基本クラス設計)と実用化を行うとともに、DAQシステムを記述するデータベースも設計し、実装を行いました。現在この技術は、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の材料構造解析装置などでデータ収集のための基盤ソフトウェアとして広く使用されており、現在も進化を続けています。 小さなかけらに埋め込まれた能力 [マイクロパターンガス検出器用フロントエンドASICの開発] 素粒子原子核研究所・技師 藤田陽一氏 高エネルギー物理学では近年の飛躍的な研究の発展にともなって、粒子線を検出するための装置にもますます高い検出能力が要求されるようになっています。KEKの測定器開発室はこのような検出器の開発に取り組んでいます。わずか10cm四方の大きさの検出器にも数百チャンネルという膨大な信号処理能力が要求されるという世界。このような多チャンネル検出器はBファクトリーなどの素粒子原子核実験をはじめ、物質生命科学実験などに広く使用されています。 そしてこのような検出器の実用化のためには信号読み出しのための専用集積回路(ASIC)(図4)の開発が最も重要でした。藤田氏は、低ノイズ化・低消費電力化などの多くの課題を満たしながらASICの設計、試作、テスト、改良の全てに根気よく取り組み、安定した量産が出来るようにしました。また、技術開発にとどまらず、ASIC製作の講習会を開催するなど技術を根付かせることにも取り組んでいます。この講習会については以前のトピックス記事でも取り上げましたが、この分野の初心者だった研究者が、各人の用途に応じたASICを作ることが出来るようになってきています(図5)。 ビームを操る力をコントロール [J-PARC 3NBTビームライン電磁石及び高耐放射線性を有するM1、M2電磁石の三次元詳細計算による設計の最適化] 物質構造科学研究所・技師 藤森寛氏 J-PARCに建設された3GeV(30億電子ボルト)シンクロトロン、RCS。ここからの陽子ビームは、中性子やミュオンを発生させて実験を行う物質生命科学研究施設(MLF)と、50GeV(500億電子ボルト)まで加速するメインリングへと分岐されます。RCSの出射点からMLFまで約300mにわたってビームを導くラインは3NBT(3GeV to Neutron Beam Transport line)と呼ばれます。この長い距離をビームが最小限のロスで通り、なおかつ自在に曲がっていくためには、電磁石の磁力が一役も二役も買っています。3NBTにはビームを上下左右曲げる偏向電磁石が9台、ビームを収束させるための四極電磁石が55台、そしてビーム軌道のずれを補正するステアリング電磁石44台の、合計108台もの大型電磁石が狭いスペースに数珠繋ぎに設置されています(図6)。そして3NBT下流のミュオン標的の近くでは、粒子の散乱や二次粒子の生成により発生する高い放射線を遮蔽するために大量の鉄を含むブロックが上積みされるのです。 藤森氏はこのような難しい条件下で、広い範囲で均一な磁場が出せるように、三次元磁場解析を基盤とした詳細設計によって電磁石とその磁極形状にさまざまな工夫を施し最適化しました(図7)。また、放射線に対して高い耐久性があり、故障した時の交換が遠隔で行える構造を持つ電磁石も開発しました。 藤森氏の設計した電磁石を採用した3NBTでは、大強度陽子ビームを無事にMLFまで導くことができました。2008年5月にはJ-PARCで最初の中性子発生、また9月には最初のミュオン発生に成功し、MLFが稼動を始めることとなりました。 中性子を見る巨大な目 [J-PARCのMLF中性子実験施設に於ける、ネットワーク化したNEUNET中性子計測システムの開発] 物質構造科学研究所・先任技師 佐藤節夫氏 佐藤氏はこれまでもKEKにおいて中性子計測システムの開発運用を一手に担ってきました。その成果は平成13年度にもKEK技術賞を受賞されていることからも分かります。 前回の受賞時に佐藤氏が開発したシステムは、検出器が100本ぐらいの小さなシステムに最適なものでした。あれから7年を経て、今回のNEUNET中性子計測システムはその10倍、1000本以上の巨大な中性子の目(図8)を構築できます。この目で見た信号を処理回路で高速ネットワークデータに変換してコンピュータに送ります(図9)。 佐藤氏いわく、大きな開発点は3つ。1つ目はデータを送る方式として高速ネットワークを採用したことです。これにより大きなシステムでのデータ処理が格段にしやくすなりました。2つ目はデータ保存の方法を回路蓄積型から全データ保存型に変えたことです。これまでは、中性子発生の瞬間を捉えたデータをいったん蓄積し処理したものを見ていましたが、瞬間ごとの全データを扱えるようになったことで、実験後に違った見方で何度でも確認できるようになりました。3つ目は全データに同期時刻を付けたことです。これも大きなシステムでデータをまとめるためには不可欠です。 昨年5月にJ-PARCで最初の中性子発生が確認された際、その最初の大きな成果は古いシステムにNEUNETの技術を取り入れて、全データ保存型にした組み合わせシステムで取ることができました。順次新型のNEUNET計測システムに移行していき、実験データの質を高めていく予定です。 巨大な加速器を使って行われる研究の成果には多くの注目が集まりますが、その成果を陰で支える技術はほとんどの場合、ひと言で説明されてしまいます。今回ご紹介した技術はどれも、目立たなくても実は欠かすことのできない、技術のプロたちによる切磋琢磨の結晶です。KEKの先端科学はこのような技術の下支えがあって成り立っています。
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