|
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事 | last update:08/03/13 |
||
先端科学を支えるKEKの技術 2008.3.13 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
〜 平成19年度KEK技術賞より 〜 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3月7日、平成19年度のKEK技術賞の表彰式が執り行われました。同賞は、KEKの技術開発の中で、特に優れた技術に送られるものです。選考では、技術自体の創造性や、機器の開発や研究実施への貢献度、更には開発した技術を伝承する努力、などが評価され、今年で7回目の授賞式になります。 今年度は加速器研究施設・技師の白井満氏、同先任技師の久松広美氏、素粒子原子核研究所・先任技師の池野正弘氏が選ばれました。今回のNews@KEKでは、これらKEKの財産とも言える受賞技術をご紹介します。 大電流をスムーズに流す [MO型フランジのアンテチェンバーへの応用] 加速器研究施設・技師 白井満氏 将来の加速器は、より多くの実験データを得るために、大電流を蓄積する必要があります。この大電流蓄積型加速器を実現するためには、様々な技術要素が求められます。ビームダクトと呼ばれるビームの通り道は、丸いビームパイプの両側にアンテチェンバーという側室部を持った複雑な形状になります。この時、ダクトの接続部には、この複雑な形状に対応し、かつ、ビームに対するインピーダンス(=電流の流れにくさ)が小さく、熱的強度の高いフランジ(ダクトとダクトをボルトで接合する鍔状の部品)が要求されます(写真1)。 現在のKEKB加速器で用いられているフランジでは、将来電流値を上げた場合に、性能的信頼性に欠け、そのままでは採用できない状況にありました。そこで、白井氏は、MO型※と呼ばれる導波管用フランジを加速器のビームダクトの接合フランジに応用することを試みたのです。 白井氏は、度重なる試験と構造解析によるデザインの最適化及び実機に近い形状のフランジ製作と追試験を経て、MO型を応用したフランジが、求められる条件に照らして実用可能であることを確認しました。さらにこのフランジは、現在のKEKB加速器の計10本程度のビームダクトとベローズチェンバーに使われ(図2)、ビーム電流1.7A(バンチ数:1389、バンチ長:〜7mm)まで、問題なく使用できることが確認されました。 この試験開発の結果により、将来のKEKB加速器の真空システムをアップグレードする時には、このフランジ・ガスケットが採用される予定となっています。 ※KEKの松本浩氏と(株)オオツカが共同開発したフランジとガスケットの組み合わせで、導波管の内断面を凹凸なく接続するために開発された。 チタンの膜を長く等しく [長尺ビームダクト用TiNコーティング装置の開発] 加速器研究施設・先任技師 久松広美氏 KEKB加速器で加速される陽電子ビームが軌道を曲げられるとシンクロトロン光が放出されます。シンクロトロン光はビームパイプ内を直進しビームパイプにあたりますが、このときビームパイプの壁から光電子と呼ばれる電子(二次電子)が出てきます。光電子は負の電荷をもっていますので正の電荷をもつ陽電子ビームに引き寄せられビームのまわりに雲のように集まってきます。これを電子雲といいます。電子雲は陽電子ビームと力を及ぼしあいビームの運動を乱しビーム不安定性を引き起こします。 久松氏は、この電子雲対策として、長さ約4mの銅チェンバー内面に、二次電子放出率(SEY)の低いTiN(チタン)コーティングシステムを構築することを目標としました。コーティングはマグネトロン放電スパッタリングという方法で行いました。まず、コーティングされたチタン膜の高い密着力を実現する条件を探すことに着手しました。SEY測定装置を作成し、チェンバーのテストピースを用いて、ガス分圧の条件は既に実験済みでしたので、温度と膜厚をパラメータとして密着力の高い膜を生成できる条件を決定し、SEYが0.9という期待通りの膜を得ることができました。 次に、長尺テストチェンバーにテストピースで得られたパラメータでコーティングする試験を行いました(図3)。これにはまず、チェンバーの外側にソレノイドを置き、チェンバーの中心軸にカソードとなるチタンパイプを通します。このチェンバー内に放電ガスを供給するのですが、約4mという長尺チェンバーに対して一様なガス圧が得られるようにすることが重要な点でした。これには、試行錯誤を繰り返した末、カソードのチタンパイプに50mmピッチで90度毎らせん状に直径0.5mmの穴を開けることでガス分圧を一様にし、チェンバーのどの位置でも一様な放電条件を実現することができました(図4)。この一連の試験を経て、実機のアンテチェンバーにチタンコーティングを施し、KEKB加速器に設置しました。 将来のKEKB加速器のアップグレードにおいては、ルミノシティー劣化の原因となる電子雲の抑制のために、今回の技術を用いたチェンバーへのチタンコーティングが考えられています。 「一人」が担うスピードと精度 [4GHz 10bit ADCモジュールの開発] 素粒子原子核研究所・先任技師 池野正弘氏 近年の加速器の性能向上に伴い、物理実験には、高輝度・高強度の粒子ビームが用いられるようになりました。池野氏が開発したのは、そのように進化する状況の中で行われる物理実験計測で必要とされる高速波形記憶型アナログデジタル変換回路(FADC)です。池野氏は、2GHz 10bitのIC(集積回路)2個をインターリーブ(同時並行でデータ処理させること)することで、4GHzの高速サンプリングと10bitの高精度を実現しました(市販のオシロスコープなどでは8bitが一般的)。この回路は、計測の要求に応じて2GHz2チャンネルとしても使用可能なものです。 開発にあたっては、アナログデジタル混在回路の難問である雑音対策、高速回路につきものの発熱対策とシグナルインテグリティ(デジタル信号をいかに正しく伝送するか)について、基板層構成、配線、電源・グランドピンの処理などに独自の工夫を施しました。 今回の技術の特筆すべき点は、最終実装に至る前の、回路設計、基板設計、部品実装、デバッグの各工程を、すべて池野氏一人が行ったということです。最終実装は民間企業と共同で行われました。通常、企業などにおいては、各工程の技術は分業で担われています。しかし、KEKのような研究所においては、日進月歩の研究ニーズを満たすために、これらの各工程の技術を決められた期間で信頼性のあるシステムに組み上げなければなりません。これには、各工程を相互に考えフィードバックしつつ開発を行うことに熟練した一人の人間において行うことが極めて有効なのです。 今回の高速アナログデジタル混在回路の開発には、特に、試作サイクルの短縮という点で、この有効性が発揮されました。CERN研究所LHC加速器でのATLAS実験のためのエレクトロニクス開発では、この方法により、総数100種類を超える基板の開発と32万チャンネル分のエレクトロニクスの量産を、実質4年という短期間で行うことができたのです。 大きな研究プロジェクトの遂行の影にも、微に入り細にわたった技術が欠かせないものとして存在感を示しています。KEKの技術者たちの挑戦にこれからもご期待下さい。
|
|
|
copyright(c) 2008, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1 |