> KEKトップ > 加速器施設トップ > 加速器研究施設(各研究系)トピックス > 2012/3/8
Last Updated:
加速器研究施設トピックス 2012/3/8

J-PARCの国際協力について
〜LHC入射器アップグレードのためのCERN-KEK共同研究〜

 

LIU(LHC Injector Upgrade)プロジェクト

CERN(欧州原子核研究所)ではLHC実験のため2010年からLIU(LHC Injector Upgrade)プロジェクトを開始しています。これはLHCに入ってくるビームの強度と質を高め、ルミノシティの向上を目指すためのものです。LIUでは新たにLinac4と呼ばれる線形加速器を建設する他、既存のPSB、PS、SPSの3つの加速器の性能向上を行います。今回の共同研究はPSBとPSの二つのシンクロトロンのためのものです。図1にLHCの入射チェーンを示します。Linacで加速されたビームは最初にPSBに入り1.4GeVまで加速されています。加速された粒子はPSBから取り出されPSに入り、25GeVまで加速されます。更にこのPSから取り出された粒子はSPSへ入射、加速、射出され、LHCへと入射されます。今回のLIUプロジェクトではPSBのエネルギーを1.4GeVから2GeVまで上げることでPSに入ってからの空間電荷効果*1による横方向のエミッタンス増加を抑えることと、PSでの加速の後半から(γトランジション*2通過後から)発生する結合バンチ不安定性(Longitudinal Coupled Bunch Instability*3)を広帯域空洞で発生できる多周波数を使って抑えることを目的としています。そしてPSBを2GeVの加速器にする際に必要となるのが高インピーダンスの磁性材料FT3L*4を使った高勾配加速空洞です。今回の共同研究では、PSBでのFT3L空洞、PSのダンパー空洞*5、そしてこれらに共通の高周波制御(LLRF-Low Level RF)の3つが主要な柱となります。

img1 <図1> LHCへの入射チェーンの模式図(実際の大きさとは異なる)。新しいLinac4で加速された陽子(H-)はPSBへと入射される。LIUによりPSBのエネルギーは2GeVとなり、加速後PSに向けて取り出される。PSでは25GeVまで加速され、SPSへと向かう。SPSで450GeVまで加速されたのち最後にLHCへと入射される。図中で最も大きなリングがLHC(IPAC11会議、Linac4報告より)。

 

FT3L空洞

FT3L空洞は金属磁性体FT3Lを用いた加速空洞です。J-PARCビーム増強の切り札的存在で、J-PARCでは震災直後の2011年6月に多くの方々の協力を得て加速器用の大型磁性体コア(85cm)の製造に成功しました【KEKプレスリリース2011年8月3日】。PSBで使用を予定しているFT3Lコアは直径が33cmのため、昨年から日立金属タイ工場で製造できるようになりました。図2は2009年に製造した直径27㎝のFT3Lコアの写真です。この27㎝コアの製造をきっかけにJ-PARCやCERNでの使用の検討が始まりました。
FT3Lはナノメーターサイズの微結晶を含む金属磁性体ですが、結晶化の過程で高磁場をかけることにより、低い高周波損失を実現しています。高周波空洞として使用した状態で印加される高周波磁場の向きと垂直に結晶化時の磁場処理をすることが鍵となります。これにより、ナノ結晶の磁化容易軸は一方向に揃いますが、高周波磁場はこの軸の左右にナノ結晶の内部磁場を揺する動きとなるため、損失が少ないのだと理解できます。
図3、4はPSBに設置されたFT3L空洞です。PSBは世界に唯一の4階建て加速器で4台の加速器がほぼ同時に陽子ビームを加速し、PSに高周波一周期ずつずらして入射していくことで、短時間にビーム入射を終えることができます。この4台のうち一番上の段の加速器にFT3L空洞は設置されました。この空洞でビーム加速試験、ビーム負荷試験などを行い、その結果に基づき、2013-2014年の長期の加速器停止期間を用いて他の3台の加速器にも空洞を設置していくことを予定しています。この加速空洞には高特性の磁性体FT3Lを使う以外にもユニークな特徴があります。その一つは加速器トンネルの中で半導体アンプを空洞に直結し、高速なフィードバックにより、ビームを安定に加速するというものです。このための半導体アンプの放射線耐性の試験も共同で計画されています。更に、J-PARCで用いられているビーム信号のフィードフォワードという技術の応用も検討されています。

img2
<図2> 磁場中熱処理したばかりの27㎝FT3Lコア。PSBではこれより少し大きめの33㎝が使われる。この27㎝のコアの特性を元に空洞設計が行われた。
 
img3
<図3> CERN PSBに設置されたFT3L空洞。5台の空洞から構成され、1台当たり2枚の磁性体コアが装荷されている。空洞の手前には駆動用の半導体アンプが設置されている。PSBは写真から分かるように4階建ての加速器構成となっている。同時に粒子を加速し、PSに入射する。
img4
<図4>FT3L空洞の中。5つの空洞セルから構成されていることが分かる。磁性体コアはそれぞれ銅板に固定され、冷却される。手前のフレームは半導体アンプのためのガイドである(セルンのM. Paoluzzi氏より)。

 

ダンパー空洞*5

PSではγトランジション*2通過後から縦方向の結合バンチ不安定性(Longitudinal Coupled Bunch Instability*3)が問題となっています<図5>。結合バンチ不安定性は複数のバンチ(ビームの塊)が周回するとき、前のバンチが後ろのバンチに振動を与えることで、ビームのエミッタンスを増やし、ビーム損失を招く現象です。高ルミノシティでの実験を目指すLHCのためには解決しなければならない問題の一つです。この不安定性には振動の仕方でモードと呼ばれる数があり、PSでは多くのモードが観測されています。実験ではこれらのうち2つのモードを空洞によって抑える試みをしたところ、エミッタンス増加なくビーム強度があがりました<図6>。この共同研究でKEKはこの秋に専門家を派遣し、多数のモードを消すための広帯域空洞を設計、製作に協力する予定です。CERNでは、このダンパーを用いてLHCでのルミノシティ向上につなげようとしています<図7>。

img5
<図5> PSの加速サイクル。青線は電磁石の電流パターン、赤はビーム強度である。γtr(γトランジション)を過ぎた後High-energy BU(高エネルギーでのエミッタンス増加:Blow Up)が発生し、エミッタンスの増加が起きている。PSではSPSでの加速のため、入射時にハーモニック数(高周波バケツの数)を7から21に3倍に増やし、加速終了後にも21から84へと4倍に増やしている。PSBからの入射とハーモニック数変更時にもLow-energy BUが起きている。
img6
<図6> CERNのH. Damerau氏らにより2009年から2011年の実験で得られたビーム強度とエミッタンスの相関図。ダンパーに改造した空洞によってビーム強度が増えたことが分かる(IPAC11会議報告より)。
img7
<図7> 2005年に重イオン加速器LEIR(Low Energy Ion Ring)に設置された広帯域空洞。ダンパー空洞としてこのLEIR空洞をベースに検討している。

 

ビーム加速制御、LLRF

LLRF(Low Level RF)は加速システムの頭脳にあたります。ここでは加速に必要な高周波信号の周波数と位相をビームの位置とエネルギーに応じ発生させます。特に大強度の加速器では、ビーム自身により加速装置に高周波電圧が誘起されます(ウエイク場)が、これが誘起しないようにすることが重要です。この手法として加速空洞のギャップ電圧を用いたフィードバックという手法とビーム電流を元に処理したものを加速電圧に足しこむことで打ち消すフィードフォワードという手法があります。J-PARCでは金属磁性体空洞とフィードフォワードを組み合わせることで再現性のよい、ビーム負荷補償システムを構築しました。今回の共同研究ではこの技術を生かし、PSBとPSの両者の空洞でビームが誘起する電圧を補償することを検討しています。

img8 <図8> 図はビームによるウエイク電圧の影響とフィードフォワードによるウエイク電圧の打ち消しの効果を示したものです。加速空洞の元々の高周波電圧は赤線のように正弦波となっていますが、大強度のビームが周回すると緑色で示したように電圧がひずみ、位相がずれます。これではビーム損失やエミッタンスの増大を招くこととなります。これにフィードフォワードを使った補償を行うことで青線のように元の正弦波(赤線)と同じ電圧に戻すことができます。J-PARCではこのフィードフォワードを用いて大強度のビームを加速しています。

 

<用語解説>

*1空間電荷効果
空間電荷とは加速器や電子管などの中の電子、陽子、イオン群の正また負の電荷のことで、空間電荷効果はこの電荷間で発生する斥力による効果のことを言います。シンクロトロンではこの斥力により、外部収束系が定める粒子の運動(ベータトロン振動数)がビーム強度により変化することとなり、ビーム損失やエミッタンスの増加を招くことがあります。この効果は速度の遅い粒子で大きく、強度の高い陽子加速器では大きな問題となります。

*2γトランジション
シンクロトロン(特に陽子)ではエネルギーが低い場合、エネルギーが高い粒子ほど速く周回します。しかし、エネルギーが高く、相対論的な粒子となった場合、速度に大きな差はなくなりますが、エネルギーが高いと加速器軌道の外側を周回するための距離が長くなり、周回時間は長くなります。この二つの状態の移り変わる瞬間がγトランジションです。この時、すべての粒子はエネルギーの違いに関係なく同じ速度で周回します。このトランジションは多くの陽子加速器においてビーム損失やエミッタンス増加を招く難題でした。J-PARCではこのトランジションが無くなるように電磁石を配置することでこの難題を解決しました。

*3Coupled Bunch Instability
シンクロトロンの中を多数のバンチが周回し、しかもリングの中に高いQ値を持つ共振器が存在したとすると、あるバンチが共振器を通過した時に発生した電磁場(ウエイク場と呼ぶ)は次のバンチが到達した時にも残っている可能性があります。このようにあるバンチが別のバンチに振動をあたえる現象が積み重なり、深刻な影響を与える現象をCoupled Bunch Instabilityと呼びます。発生するウエイク場の影響の方向により縦方向=ビームの進行方向(Longitudinal)と横方向(Transverse)の2種類がありますが、今回のPSで問題となっているものはLongitudinalなものです。

*4FT3L
日立金属(株)が製造しているナノメーターサイズの微細構造を持つ磁性材料ファインメット®のうち、磁歪を最小化した組成を持ち、磁場中で結晶化のための熱処理を行った材料。約40cmまでは同工場において製造可能ですが、それ以上については製造装置がなかったため、J-PARCでは大型の電磁石を用いて大型FT3Lコアの製造実証試験を行いました。この試験結果に基づき、大型コアの量産装置の建設が進められています。
なお、33cmコアを製造した工場はタイのアユタヤ県にあり、CERNにコアを出荷した数日後に洪水の被害を受けました。現在、関係者の努力により工場は復旧しつつあり、まもなくPSB用のコアの製造装置も復旧できる見込みです。

*5ダンパー
加速器ではビームを不安定にする加速器内のウエイク場の影響を外部電場または磁場により能動的に打ち消す装置をダンパーと呼びます。Longitudinalダンパーはウエイク場によって加減速された粒子を逆向きに加減速し、ビームを安定化します。

 

関連Webサイト
KEKプレスリリース2011年8月3日J-PARCで加速器用超高性能磁性体コア量産に成功
http://legacy.kek.jp/ja/news/press/2011/080315/
加速器研究施設トピックス 2011/6/27
https://www2.kek.jp/accl/topics/topics110627.html
加速器研究施設トピックス 2010/06/07〜高勾配加速システムの実現と更なる高勾配化へ〜
https://www2.kek.jp/accl/topics/topics100607.html

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ
→ CERN(欧州原子核研究所)について  
http://public.web.cern.ch/public/
→ LHCについて
http://public.web.cern.ch/public/en/lhc/lhc-en.html
→ LIUについて "PLANS FOR THE UPGRADE OF THE LHC INJECTORS", R. Garoby他
https://epaper.kek.jp/IPAC2011/papers/weps017.pdf
→ PSについて
http://public.web.cern.ch/public/en/Research/PS-en.html
→ SPSについて
http://public.web.cern.ch/public/en/Research/SPS-en.html
→ PSB, LEIRについて
http://public.web.cern.ch/public/en/Research/AccelComplex-en.html
→ J-PARCについて
http://j-parc.jp/
→ Coupled Bunch Instabilityについて 大穂セミナー「大型ハドロン計画の大強度陽子加速器」6 .ウェイク、インピーダンスとビーム不安定性  陳 栄浩(KEK)
http://accwww2.kek.jp/oho/OHOtxt/OHO-1996/txt-1996-Ⅵ.pdf
→ Feed forwardについて Multiharmonic rf feedforward system for beam loading compensation in wide-band cavities of a rapid cycling synchrotron, Phys. Rev. ST Accel. Beams 14, 051004 (2011),
http://prst-ab.aps.org/abstract/PRSTAB/v14/i5/e051004
→ ナノ結晶軟磁性材料「ファインメット®」について
http://www.hitachi-metals.co.jp/prod/prod02/p02_21.html

 

〜 記事提供 : 加速器第一研究系 大森 千広 氏〜

originトピックス リスト