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加速器研究施設トピックス 2013/2/22

コンパクトERL主加速器超伝導空洞ハイパワー試験

次世代放射光源を目指すエネルギー回収型ライナック(ERL)の実現に向け、KEKにあるERL開発棟では現在、コンパクトERL(cERL)(図1)の開発が進められております。cERLは、高輝度電子銃、入射部超伝導空洞などからなる高輝度大電流ビームを生成する入射部と、周回するビームのエネルギー回収を行う主加速器超伝導空洞などからなる周回部、及びビームダンプ部からなります。現在、cERLの建設が進む中、2012年10月にcERLのビームラインに主加速器部の超伝導空洞のクライオモジュール(写真1)が設置されました。超伝導空洞は超伝導状態を保つため、ビーム運転中、2K(-271℃)の液体ヘリウムを満たした容器に、内装(ジャケット化)されます。また、容器の温度を極低温に保つため、ジャケット化された超伝導空洞への常温からの入熱を防ぐために大きな断熱槽によって覆われることになります。これらを称してクライオモジュールと呼びます。今回は、設置後、2012年12月に行われたクライオモジュールのハイパワー試験結果について報告いたします。

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< 図1 > cERL全体像。

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< 写真1 > cERLビームラインに設置された主加速器部クライオモジュール。

 

ERL主加速器用超伝導空洞に要求される空洞性能

図2はERL主加速器部のクライオモジュールの概要です。主加速器部では2つの1.3GHzの9セルのニオブ(Nb)製の超伝導空洞が置かれ、ここで合計30MV程度まで加速することを想定しております。ERLの特徴は、主加速器を通じ、一旦加速されたビームが、周回後に再度、主加速部に入り、減速されることでビームエネルギーを空洞で回収し、そのエネルギーが、新たに入射されたビームの加速に再利用することが可能な点であります。それ故、通常のリング型光源と違い、入射部の新鮮な高輝度ビームを常に連続的に(1.3GHzで)周回させることが可能であり、ERLが次世代光源といわれる所以であります。蓄えた回収エネルギーを損なわないために、空洞壁での抵抗ロスが常伝導空洞の100万分の1程度に小さい主加速部での超伝導空洞は開発の要となりますが、特にERL用の主加速器部の超伝導空洞にとって重要となるのは、開発当初の目標である100mA程度の大電流を回す際に有害となる1.3GHz以外の高次の共振周波数であるHOM(Higher Order Mode)をいかに除去するかが問題となりました。すなわち、空洞の要求としては、高加速勾配の15-20MV/mを常時保持しつつ、大電流に耐えうる空洞の開発が重要となりました。開発当初(2006年から2012年現在に至るまで)、このような高加速勾配かつ大電流を満たす前人未到の超伝導空洞は存在しておりませんでした。そこで、まず、われわれは高加速勾配を目指した国際リニアコライダ(ILC)用に作成された9セルのTESLA空洞をベースとし、大電流運転に耐えうるように空洞設計に改良を施しました。特に最終目標である100mAもの大電流ビームを周回させる空洞設計を施し改良したのがERL用に特化したERL-model-2空洞(写真2)です。この設計にて、有害なHOMがほぼすべてビームパイプの外に出てHOMダンパーと呼ばれるところに吸収する設計としました。また、このHOMダンパーには大電流運転に実績のあるKEKBの超伝導空洞に使用しているフェライトの吸収体を使用することにいたしました。このように超伝導空洞の最先端技術をベースとし、さらにERL独自の改良を加えたものがERL-model-2空洞であり、従来のTESLA空洞では設計上、20-40mAの電流までしか回収することができないところ、ERL-model-2空洞では9セル空洞で、設計上、最大600mAまでの電流が回収可能となりました。
 

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< 図2 > cERL用主加速器部クライオモジュール概要。

 
空洞の性能を決めるパラメータとして加速勾配(Eacc)以外にQ値(Q0)というものがあります。Q値が低いほど、一定の加速勾配を立てる際の空洞の消費電力が多くなることを表します。特にこの消費電力は空洞の壁面から直接、極低温中の2Kの液体ヘリウムへ伝わるため、連続(CW)運転するERLの超伝導空洞にとって、液体Heへの熱負荷が小さくなるようQ値が非常に高いことが重要になります。具体的にはERLでは加速勾配が15MV/m以上でQ0 > 1×1010という値が目標であり、改良したERL-model-2空洞がこれらの値を実現できるかが、ERL実現の鍵となります。cERL用に2台のERL-model-2空洞(写真2)を製作し、性能評価試験(縦測定)を行いました。図3が縦測定の結果です。縦測定とは、到達加速勾配(Eacc)とQ値をモジュール組み立て前に事前に測定するための、空洞単体性能評価を行うことを意味します。具体的には空洞単体を2Kの液体Heが満たされたクライオスタット内に浸し、空洞内にパワーを送り性能評価を行いますが、縦測定の結果、図3に示すようにcERL用の2台の空洞はこの要求を満たすことが分かりました。この成功を受け、2012年度はこの2台の空洞を、cERLの建設に合わせ、ビームラインに組み込むこととなりました。
 

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< 写真2 > cERL用に製作された2台のERL-model-2空洞(#3 & #4)。
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< 図3 > 縦測定での2空洞の性能結果。横軸が加速勾配(Eacc)、縦軸がQ値(Q0)を示す。

 

クライオモジュールを用いたハイパワーテスト結果

性能評価が終わった空洞は、そのままビームラインに設置されるわけではありません。縦測定後に2K温度のHe液体を保持した容器を溶接(ジャケット化)し、さらに入熱を防ぐための大きな断熱槽によって覆われたクライオモジュールとして、最終的にビームラインに設置されます。特にビームライン上では空洞単体で行った性能試験と違い、実際ビームを通しても、ビームに影響しないように、図2に示すようにHOMダンパーや大電力パワーを送る入力カプラー、空洞の周波数を調整するチューナーなどの他の重要コンポーネントが付いた状態にして、組み立てる必要があります。また、入熱を抑えるような熱設計、Q値を損ねないように外部磁場が入らないような磁気シールド設計、ビームに影響しないような空洞のアラインメントなどを全て含めて組み立てられ、それらが損なわれないようにビームラインに設置されることとなります。このように単体試験時と比して、比べ物にならないほどの複雑な構造を持つクライオモジュールでは、組立に細心の注意が必要となります。特に空洞をビームラインに設置するための組立過程にて縦測定で得られた空洞性能を損なわないことが重要になります。これらの工程を経たクライオモジュールでのパワー試験とは言わば、ビーム運転に向けた超伝導空洞の総合試験であり、ここでの性能が実際のビーム運転時の性能となります。
 

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< 図4 > ビームライン設置後のクライオモジュール内2空洞のハイパワーテスト結果。横軸が加速電圧(Vc)、縦軸がQ値(Q0)を示す。

 
クライオモジュール組立後のハイパワー試験の概要と結果を示します。2012年11月半ばからクライオモジュールの冷却を開始し、順調に11月末に2K温度に到達しました。室温から2Kまでの冷却時の空洞中心の変化も0.4mm以内に収まっておりました。また、チューナーを用い、2K温度下にて、周波数が1.3GHzに調整可能であることを確認しました。これら極低温環境下でモジュールの一つ一つの機能が動作するかの確認を行った後、12月10日、17日の週の2週に渡って、クライオモジュール内の2空洞のハイパワー試験を行いました。図4にパワー試験の結果を示します。横軸は加速電圧(Vc)を示しております。空洞の長さがほぼ1mであることから加速勾配(Eacc)にほぼ等しい値を示しております。結果、Q値は10MV以下では1×1010を超えた性能を維持しておりましたが、縦測定時と比べて10MVを超えた値ではQ値の劣化が激しく見られることが分かりました。特に、高電界に行くにつれて大量の放射線が発生されていることが分かりました。従って、2Kの発熱が大きく、長期(1時間程度)ではQ値の劣化により、現冷凍機の冷凍能力を超えたため、各空洞は13.5-14MVまでの電圧しか保持できない結果となりました。なお、実験では短時間(数分)ならば、最大16MV以上の加速電圧を各空洞で立てることが可能であることも分かりました。目標である15MV以上の空洞電圧は冷凍能力を改良することで改善可能であることも分かりましたが、空洞のQ値は縦測定時に比べ、小さくなって(劣化している)いることがわかりました。

 

クライオモジュール組立後の空洞性能劣化の原因究明と劣化改善に向けて

空洞性能劣化原因についてはトピックス(https://www2.kek.jp/accl/topics/topics101209.html)にもありましたようにILC関連の超伝導空洞の縦測定などでも色々調べられております。すなわち、主たる原因の一つは空洞内面の溶接欠損やNb内の異物などによる局所発熱による超伝導状態破壊(クエンチ)によるもの、もう一つは内面の突起や組立時の微小な埃、異物の混入による空洞内面での電解放出(field emission)によるエネルギーロスによるものであります。前者はNbや空洞製作時によるものが大きく、前々節にて述べましたように縦測定にて判断可能であり、かつ内面検査、研磨などにより、現在では製造時の品質向上も相まって、フィードバックがほぼ可能なのものになりつつあります。ハイパワー試験にて、短期的に、16MV以上の加速電圧が達成できた理由は前者のクエンチを起こすものが無かったことによります。それに対し、後者は空洞以外の環境によるものが主たる原因となります。特に、空洞内への埃やごみの混入によるものも主な原因であり、空洞内面の電界の強い場所に埃が付着した際にはそこから電子を大量に発生することとなり、空洞に蓄えられたパワーを奪っていくことになります。その結果、Q値の劣化が起こります。図4に示される結果は主に後者によるものです。Q値の劣化に伴って大量の放射線が発生されますが、それはこのfield emissionによる電子が加速されたものであることが一つの原因であります。図5は各発生場所でのfield emissionの様子を具体的に計算したものです。電界の高い部分の空洞のくびれ部分(iris部)に電界発生場所がある場合に電子が軸上に走ることが分かりました。これは今回のハイパワーテストでもモジュール前後のビームライン軸上に置いたPIN diodeや放射線モニターでも顕著に測定されております。空洞劣化を抑えるとともに、放射線発生を抑える観点からも、field emissionそのものを抑えることが今後重要となります。具体的には、埃混入に細心の注意を払うために、写真3に示すようにクリーンルーム環境(class 4)化でモジュール化に向けた再組立を行いますが、このような縦測定後の処理や再組立の方法をさらに一つ一つ見直し、一朝一夕にはいきませんが、改善することが今後の課題となります。
 

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< 図5 > cERL空洞のfield emissionの計算例。各発生点(A,B,C,D)からの発生電子が図の赤線のように加速されている。多数の赤線は加速の位相の違いによるものである。
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< 写真3 > cERLモジュール化に向けた主加速部の超伝導空洞の組立の様子。

 
cERL用のクライオモジュールのハイパワー試験で、高加速勾配での性能劣化は見られましたが、ビーム運転に向けて一通り問題なく機能することがわかりました。今後cERLの建設が進み、ビーム運転がいよいよ始まります。主加速器空洞としてはビーム試験を通じてHOMの評価、ビームへの影響を調べると共に、ビーム運転時の長期的な空洞性能の確保や安定化などが今後の課題となります。特にCWで運転する9セルの超伝導空洞クライオモジュールを用いたビーム運転は世界に先駆けKEKでcERLにて、初めて行うこととなります。この貴重なビーム運転経験を通じ、最終的にERL本機に向けたクライオモジュール設計改善にフィードバックをかけて行けるように進めていきたいと思います。
 

・関連サイト
ERL計画推進室
http://pfwww.kek.jp/ERLoffice/
 

〜 記事提供 : 加速器第七研究系 阪井 寛志氏〜

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