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どんな技術に応用されるのか?

加速器や測定器は最先端技術のかたまりです。構成する部品は多岐にわたり、それらの部品から最大限の性能を得るために、研究者とともに様々な企業が果敢にチャレンジを続けています。その結果、企業には優れた技術力が蓄えられ、様々な形で波及効果を産んでいます。

IT

現代社会に欠かせないIT技術に、素粒子物理学は大きな貢献をしています。ワールドワイドウェブ(WWW)は、現在のインターネットの基本ルールのようなもので、WWWの取り決めによって、私たちはウェブページ間をジャンプして閲覧し、画像や動画を楽しむことができます。WWWは、HTMLという言語で作成されますが、これを発明したのは欧州合同原子核研究機関(CERN)の研究者です。素粒子物理学の研究者たちが研究の情報を共有するためのツールとして開発されたのがはじまりです。WEBサイトが初めて公開されたのは1991年。翌年の国際会議に出席したKEKの研究者がWWWに興味を持ち、CERNの開発者に直接ウェブページの作成法を教えてもらい、日本で初めてKEKがウェブサイトを公開しました(図7)。WWWサーバーに用いたパソコンが、KEKで展示されています。CERNは現在のウェブの経済価値は年間1.5兆ユーロ(1ユーロ130円換算、年間195兆円)と試算しています。桁外れのイノベーションです。

CERNのLHC実験で生成される実験データの量は、年間50ペタ(1015)バイトです。この膨大なデータ量に対応するため、各大学や研究所にある数千のコンピュータを接続し、あたかもひとつのコンピュータであるかのよう利用する技術、GRIDが開発されました(図8)。これは、今日のクラウドコンピューティングと呼ばれるグローバル・ネットワークの先駆けとなりました。多くのコンピュータをつなげて効率よくデータを扱う手法のひとつとして注目されています。

医療

日本国内だけでも1000台以上、世界では1万台に近い加速器が、診断や治療に活躍しています。電子や陽子、さらに重いイオンの粒子を加速すると、物質を電離させる放射線が発生します。この放射線をうまくコントロールすることで、人体の内部の構造や機能を傷つけることなく検査したり、がんなどを治療をしたりできるのです。

加速器を使う代表的な診断装置がコンピュータ断層撮影(CT)です。X線発生装置を身体のまわりに回転させ、反対側にある放射線検出器で電気信号情報をコンピュータで計算して横断面を画像にします。CTは身体を輪切りに撮影して、脳出血や脳こうそく、がん等の診断に使われます。最近ではCTの高速、高性能化が実現し、脳や心臓、肝臓などの臓器を連続的に撮影し、血流循環動態をとらえることも可能となっています。

がんの早期発見が可能な陽電子放射断層撮影(PET)で使用される薬剤の製造にも、加速器が使用されています。加速器を使った放射線治療は、副作用が小さく患者に優しいがんの治療法として注目されています。

さらに、難治がんの治療法として、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)が注目されています。BNCTはがん細胞に選択的に集まるホウ素化合物を治療直前に患者に投与し、病巣部に中性子を照射することによってがん細胞内のホウ素と中性子が核分裂反応を起こし、放出される粒子ががん細胞を選択的に破壊する治療法です。これまでは研究用原子炉を使ってBNCTの臨床研究が行われてきました。現在、小型の加速器を使って中性子を発生させて治療をするBNCTの実用に向けた研究開発が進められています。

加速器は、創薬にも使われます。タミフルやリレンザといった著名なインフルエンザ薬をはじめ、薬の標的となるタンパク質の立体構造(三次元構造)を基に設計された薬が急速に普及しています。標的タンパク質と薬の関係は、鍵穴と鍵にたとえられます。有用な薬を作るためには、鍵穴(標的タンパク質)に正しくフィットする鍵(薬)を作る必要があります。そこで、鍵穴の立体構造を加速器から発生する「放射光」で解析し、鍵の形を分子レベルで設計します。また、放射光を用いて、標的タンパク質が薬と設計通りに結合しているか明らかにします。その結果、従来よりも効果が高く、かつ副作用が少ない薬を短期間・低コストで作れるようになりました。

材料

加速器でつくられる粒子のビームは、新素材の開発や強化、物質の表面処理などに使用され、工業技術の向上に深く関わっています。
加速器と工業技術の深い関係を示す良い例が「自動車」です。自動車は約3万点の部品で構成されます。鉄鋼、非鉄金属、ゴム、プラスチック、紙などの材料が用いられて、開発・生産過程で加速器が活用されています。

例えば、タイヤの製造には電子加速器が使われます。原材料の生ゴムに放射線を照射すると強度が増します。精度の高い成形を行うことも可能となり、タイヤの品質・安全性が向上し、ゴムの使用量の削減にも役立ちます。

例としてJ-PARCの中性子ビームライン、SPring-8の放射光ビームラインとスーパーコンピュータ京を用いた新材料開発技術が挙げられます。加速器を用いたゴム内部の構造と運動性の詳細解析とコンピュータシミュレーションを行い、タイヤの相反性能である低燃費性能、グリップ性能に加え耐磨耗性能の大幅な向上が可能となる新材料開発技術を完成しました。

従来の技術では困難であったゴムの構造と運動性の関係の解明が、放射光(X線)と中性子を使い分けることで可能になりました。解明したモデルによるコンピュータシミュレーションで分子構造を設計し、高性能なタイヤの製造を可能にしました。

農業

おいしい農作物をつくるために欠かせない品種改良にも加速器が使われています。重粒子線ビームを植物に当てると、細胞内のDNAがダメージを受けます。細胞はダメージを自己修復しようと動き出しますが、その際、植物に突然変異が起こることがあります。このことを利用して、植物の色や形、性質を変化させることができるのです。

加速器を使うと2~3年で品種改良を行うことができます。これは、5~10年の期間を要する交配を繰り返し行う方法より効率的です。どんな品種になるか予想できないという課題もありますが、塩害に強い稲や、開花時期を調整し二季咲きにした桜など、開発に成功した事例が多数報告されています(図14)。

農薬を使わない害虫駆除法として「不妊虫放飼法」があります。人工的に不妊化したオスの害虫を大量に野外に放ち、自然繁殖を防ぐ方法です。害虫の不妊化には、加速器でつくった放射線が使用されます。日本では1970年代より行われ、沖縄を中心にゴーヤやキュウリなどに大きな被害を与えていたウリミバエの駆除に成功し、日本全国にゴーヤが出荷できるようになりました。

環境・エネルギー

火力発電所では、酸性雨の原因となるイオウ酸化物や窒素酸化物が多く排出され、環境への悪影響が世界的な問題となっています。近年、小型の加速器が作り出した電子線を排ガスに照射することで、大気汚染物質を効率よく除去する技術が開発されました。この技術は、火力発電に依存する中国の成都や杭州、ポーランドのポモジャーニの火力発電所で実用化されています。

100万キロワット級の原子力発電所からは毎年約20トンの使用済燃料が発生、その処理処分は原子力開発を進める上で重要な課題です。廃棄物処分の大幅な負担軽減を目指し、半減期が数万年に及ぶ長寿命の高レベル放射性廃棄物を核変換して、半減期が数百年の核種へと短寿命化する「加速器駆動核変換技術」が研究開発されています。ここで用いられるのが加速器駆動未臨界炉(ADS)です。ADSの研究はJ-PARCでも行われています。

ADSは主に大強度陽子加速器と未臨界炉の2つで構成されます。大強度陽子加速器で核破砕反応に必要なエネルギー(数百メガ電子ボルト~数ギガ電子ボルト)まで陽子を加速し鉛・ビスマスといった液体金属などのターゲットに衝突させることで中性子を発生させて、ネプツニウム、アメリシウム、キュリウム等の高レベル放射性廃棄物を燃料とする未臨界炉に導き、これらの長寿命核種を短寿命核種へと核変換します。ADSは、炉心が未臨界であるため原理的に暴走事故は起こらず、停止させれば炉も停止するため、安全性が高いのです。深地層に最終処分する高レベル放射性廃棄物の量を減らし、地層処分が必要な超長期の隔離期間を大きく短縮することができます。

エネルギー問題・地球環境問題を解消するため、太陽エネルギーを人類が用いることのできるエネルギーに変換する「人工光合成」の研究が進められています。2012年に東京工業大学、KEKなどの研究グループは、人工的に作られた分子が光エネルギーを分子内に蓄える際の構造変化を、加速器からの放射光で観察し、人工光合成システムを直接的に初めて解明しました。本分子は、光合成を制御する天然の分子より長時間、吸収した光エネルギーを保持できることから、今後さらに効率的な人工光合成システム開発の進展が期待されます。

安全

鉄道、橋梁、発電所、プラント等の大型構造物の安全性が容易に確認できれば、各種設備を長期にわたって使用することが可能になり、自然環境の破壊を防ぐことにもつながります。このような安全性確認を行う検査方として、物を壊さずに内部の傷や劣化状況を調べる非破壊検査が注目されています。小型直線加速器でつくった高エネルギーX線や中性子線を対象物に照射することにより、目視では確認できない内部の傷や劣化を見つけだすことが出来ます。また、この検査方法を活用して、空港での手荷物検査や貨物のセキュリティチェックも行われています。

現在、理化学研究所では、加速器小型中性子源システムによるインフラ非破壊観察技術開発が推進されており、装置の小型可搬化開発が進められています。

歴史

加速器は、遺跡や仏像の年代測定にも用いられます。年代は、試料に含まれる放射性同位体の量から測定しますが、この放射性同位体のイオンを測定可能な種類に変える仕組みとして、加速器が用いられています。

埋蔵文化財を傷つけることなく検査するためにも加速器が使われます。一般的なレントゲン撮影(X線透視技術)のほか、中性子イメージングを使うと、相補的な情報を得ることが可能です。例えば、金属の腐食部分は、金属の密度が減少しているのでX線が透過し易くなるのに対し、そこに水素を含む腐食生成物が発生していると中性子は透過し難くなります。金属容器内に存在る紙、布、植物等の有機物は中性子ラジオグラフィではっきりと確認できます。