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【和光原子核科学センター】センター長交代 ~新センター長は渡邉 裕教授に~

4月1日より、KEK和光原子核科学センター(WNSC)のセンター長が二代目センター長の和田 道治(わだ みちはる)教授から渡邉 裕(わたなべ ゆたか)教授へ交代しました。

埼玉県和光市の理化学研究所内にある和光原子核科学センターでは、原子核物理学の大きな課題の一つである重い元素の起源の解明のため、理化学研究所RIビームファクトリー(RIBF)という加速器施設に設置した原子核実験装置KISS(KEK Isotope Separation System、元素選択型質量分離装置)を用いて、自然には安定に存在しない短寿命な原子核を人工的に創り出し、共同利用実験に供しています。また、今年度からKISSの次期計画KISS-1.5を開始する予定です。

和光原子核科学センターが挑む、重元素の起源とは?

金、白金、ウランといった天然に存在する重い元素はどのように合成されたのか、元素の起源は自然科学上の根源的な問いの一つです。重い星がその一生を終えるときに起こす超新星爆発や2つの中性子星の合体では非常に高温・高密度で中性子が多く存在し、これらの重元素の合成が起こる場所の一つとされています。この環境下では原子核が急速に周りの中性子を捕獲し、安定な原子核に比べて中性子の多い原子核(中性子過剰核)が生成されます。不安定な中性子過剰核は中性子が陽子に変わるベータ崩壊を起こして別の元素となります。この過程を速い(rapid)中性子捕獲過程(r過程)と言います。

r過程では原子核が大量の中性子を捕獲しますが、天体の環境と原子核の性質で決まる中性子の数に達するとそれ以上中性子を捕獲できなくなります。そしてベータ崩壊を起こすと再び中性子を捕獲し始めます。このようにしてアクチニド核や超アクチニド核までの原子核が合成されます。
環境中の中性子密度が低下すると中性子の捕獲が弱まり、合成された中性子過剰核はベータ崩壊を繰り返して安定な金や白金、寿命の長いウランなどの重元素になります。金や白金は原子核が比較的安定となる126個の中性子を持つ中性子過剰核であり、r過程で多く合成されるために天然に多く存在します。

しかし、r過程に関わる中性子過剰核の多くは未知の原子核であるため、r過程がどこでどのように起きるのか、その詳細は解明されていません。

r過程の実験研究を切り開いたKISS

r過程元素合成を包括的に理解する上で重要なのは、r過程に特徴的な中性子過剰核の性質を理解することですが、未知の中性子過剰核の性質は原子核の理論模型で予測せざるを得ません。実験的に知られている原子核に比べて極端に中性子の多い原子核の性質の予測は困難であり、その予測値には大きな不定性があります。理論予測の精度を向上させるためには、中性子数126の周辺やアクチニド核領域でより中性子の少ない未知の中性子過剰核の質量やベータ崩壊の寿命などの実験データが必要になります。しかしながら融合反応(※1)や核破砕反応(※2)などの従来の手法ではこの原子核領域にアクセスすることが困難であり、これまで実験研究が進んできませんでした。

KISSではこれらの原子核の合成に適した多核子移行反応(※3)と呼ばれる手法を用いて短寿命核を生成し、レーザーによる元素選択と質量分離器による質量数選択によって目的とする原子核を高純度で分離した後、崩壊核分光装置を用いて寿命や崩壊様式を測定し、また、多重反射型飛行時間測定式(MRTOF)質量分光器を用いて精密に質量を測定します。

KISS次期計画 KISS-1.5

今年度からKISSの次期計画KISS-1.5を開始して研究を発展させます。生成した短寿命核を高効率で収集・輸送できる装置群の開発や高精度の質量測定を可能とするMRTOF質量分光器を組み合わせることで、KISS施設の能率をこれまでの100倍にあげて、中性子過剰アクチニド近傍領域へのアクセスを飛躍的に拡大し、未到領域の質量測定と崩壊核分光を行います。これにより、重元素の起源解明に向けて中性子過剰な原子核の性質やr過程元素合成の包括的な理解を深めることが期待されています。

和田教授と渡邉教授にこれまでの振り返りと今後の展望について聞きました

和田教授:
「この5年間は先人の努力によって開発された世界に冠たるKISSがようやく収穫期を迎え、核研(東大原子核研究所)時代から開発してきた高周波カーペット(※4)とMRTOFが花開き、幾つかの重要な成果が挙げられ楽しく研究活動を行うことができました。一方、センター運営面ではKISS-II計画を開始することができず、忸怩たる思いです。次の世代には大きな飛躍を期待します。」

渡邉教授:
「理化学研究所との研究協力を一層強化してKISSの次期計画KISS-1.5を推進するとともに、RIBF加速器施設の他の実験装置を使用した網羅的原子質量精密測定を発展させます。それにより宇宙での元素合成過程の解明や、原子核の理論模型の精密化に向けて着実に歩を進めていきたいと思います。」


用語説明:

※1 融合反応:
原子核同士が反応してより重い原子核を作る反応。

※2 核破砕反応:
高速の粒子や重イオンを標的に衝突させて重イオンや標的の原子核を分解してより軽い原子核を作る反応。

※3 多核子移行反応:
二つの原子核の間で陽子や中性子を移行させて別の原子核を作る反応。

※4 高周波カーペット:
原子核反応で生成された高速の短寿命核イオンビームをヘリウムガス中で減速・冷却し、イオントラップに捕集して精密分光実験を行うために開発された装置。この装置では、ガスの容器の壁や電極にイオンを付着させずに引き出すための仕組みとして、「高周波カーペット」と命名された平板のプリント基板上に高周波を印加した多数のリング電極からなる構造が採用されている。これは和田教授らの発明であり、今日では標準技術として世界中の加速器施設で用いられている。

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