ニュース

g-2理論研究の最前線 ― 第7回ミューオンg-2理論計算イニシアチブ研究会を開催

9月9日~13日にミューオンの異常磁気能率(g-2)の理論に関する研究会がKEKつくばキャンパスにて開催されました。2017年から始まった本研究会は、これまでに米国、ドイツ、英国、スイスで開催され、第7回となる今年は、国内外から120人を超える研究者が集まり、オンラインでも世界各国から多くの研究者が参加しました。ミューオンの異常磁気能率(g-2)は素粒子標準理論を用いて極めて高精度で計算できます。同じく超高精度で測定した実験値との比較によって、素粒子標準理論を超える物理現象の証拠を探る研究が進んでいます。本研究会は、理論・実験分野の第一線で活躍する研究者が集まり、ミューオンg-2研究の最新の成果について議論しました。

研究会では、ハドロン真空偏極に関して新しい研究結果の発表がありました。ハドロン真空偏極は、仮想的なハドロン(パイオンやK中間子など)が真空中に一時的に現れては消える量子力学的な現象で、ミューオンg-2の理論値にも影響を与えます。格子QCD(量子色力学)計算による新しい結果の報告や、KEKにある電子陽電子衝突型加速器SuperKEKBで行われているBelle II実験を含む国内外の6か所の加速器施設で行われているハドロン真空偏極測定の最新結果が報告されました。これらの最新の結果は、ホワイトペーパーとして論文にまとめ、2025年初頭に発表する予定です。

ミューオンg-2の測定については、フェルミ国立加速器研究所 (FNAL)で行われた実験の最終結果の発表に向けた準備状況の報告があり、日本からは茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCで準備が進んでいる世界初のミューオン加速器を用いる新しい実験の状況が報告されました。

 

また、本研究会では特別講演として、2023年に逝去された木下東一郎コーネル大学名誉教授の業績を振り返る講演が行われました。
木下名誉教授は量子電磁力学の黎明期から、g-2の理論研究において高次の効果も含めた高精度計算を行い、歴史的な貢献をされました。講演者の仁尾真紀子氏(理化学研究所 仁科加速器科学研究センター)は、1990年初頭から木下名誉教授のもとで学生として研究活動を行い、木下名誉教授から引き継いでg-2の高精度計算を主体に研究をしています。仁尾氏は木下名誉教授の功績について次のように語りました。「木下先生は1950年代に朝永振一郎先生の研究室でキャリアをスタートされ、その頃の研究が基礎となって、1960年代にCERNでミューオンg-2実験と出会い、その計算に着手しました。その後、研究は大きく発展し、今では世界的な広がりを見せています。木下先生は、1950年代に素粒子理論の数値計算を、当時世に出始めたばかりのコンピュータを使って行った、まさに先駆者です。」

ミューオンg-2理論計算イニシアチブの議長である、アイダ・エルハドラ (Aida El-Khadra)氏(イリノイ大学)に話を聞きました。

質問)g-2理論研究における、理論予測値の現在の状況を教えてください

Aida氏)現状はまだ混乱しており、eeからππへの断面積の実験的測定は互いに一致していません。このことが標準理論の予測をとても難しくしています。標準理論の予測誤差の4分の3以上は、ハドロン真空偏極の誤差から来ています。実験サイドではより良い理解に向けて取り組んでいるので、少し時間はかかりますが今後はより多くの情報によってこの問題が解決されると楽観的に考えています。また、格子QCDを使った方法もあります。私は格子QCDの理論家でもあるので、自分で言うのもなんですが、この方法は非常に進歩しており、次に出すホワイトペーパーでは、格子QCDに基づいた完全なハドロン真空偏極の予測ができるのではないかと期待しています。この予測値は実験結果に近いように見えますが、すべての情報が揃うまでは様子を見なければなりません。FNALでの実験結果が発表される前、2025年初頭にはホワイトペーパーの準備が整うと考えています。

質問)今回の研究会の印象はどうでしたか?

Aida氏)KEKは素晴らしい場所です。FNALでのg-2実験が終わった後に引き継がれる予定のJ-PARCで行われる実験も楽しみにしています。研究会では多くのグループから話を聞き、最終的なディスカッションを行い、ホワイトペーパーを準備する予定です。今回の研究会は、私たちの目標を達成するために必要なことを整理し、実行に移すための重要な会議でした。また、非常に多くの学生が参加してくれました。名古屋大学の飯嶋 徹先生には、研究会の前週に名古屋で学生向けのスクールを開催していただき、本当に感謝しています。ヨーロッパやアメリカからスクールに参加した学生達が続いて研究会にも参加してくれました。これは本当に素晴らしい。新しい世代を迎えるのは本当に良いことです。

次回は、2025年9月にパリで行われます。

関連リンク

ページの先頭へ