西口創助教が、公益財団法人 高エネルギー加速器科学研究奨励会の顕彰する平成26年度小柴賞を受賞。 受賞対象は「ミューオン稀崩壊実験のための極低物質ワイヤー飛跡検出器の開発」に対する功績です。
ミューオン稀崩壊探索実験は、正ミューオンが陽電子とガンマ線のみに崩壊(μ+ → e+ + γ;以下ミュー・イー・ガンマ崩壊)するような「荷電レプトン世代数の保存則を破る」現象を探索する実験です。 素粒子の標準理論の枠組みではこの崩壊は起こりえません。 しかし、超対称性理論などのような「標準理論を超える新物理」が存在すれば検出可能な大きさの確率で起こると予想されており、新物理探索のプローブのひとつとして注目を集めています。
スイスにあるPSI研究所ではミューオン稀崩壊探索実験のひとつであるMEGメグ実験が行われています。 この実験は、ミュー・イー・ガンマ崩壊の分岐比として5.7 × 10-13の上限値を定め、現在、世界最高の感度を達成しています。 この結果は、新物理の直接探索を推進する高エネルギーフロンティア実験と相補的に、標準模型を超える新物理について大きな制約を課すまでに至っています。
MEG実験の高感度測定には、ミューオン崩壊からのガンマ線を高効率・高分解能で捉えること、背景事象の主な要因である通常のミューオン崩壊(μ+ → e+ + νe + νμ)からの陽電子を素早く検出器から掃出すること、そして精度良く陽電子を測定することが重要です。
西口氏は、陽電子の測定に必要不可欠な「極低物質ワイヤー飛跡検出器」の開発を行いました。 MEG実験のワイヤー飛跡検出器は、陽電子の飛跡を精度よく計測でき、かつ、背景事象となるガンマ線が飛跡検出器の構造体などで生成されることを抑制しなければなりません。 そのため、物質量を極限にまで低減させる必要があります。
ワイヤー飛跡検出器はセグメント化された16個のモジュールから構成されています。 低物質化を実現するために、個々のモジュールはアルミ蒸着の薄いフィルムによりカソード面が構成されています。 さらに、陽電子が飛来する方向に物質がなくなるようにオープンフレーム構造と呼ばれる、飛来方向に大きく口の開いた構造が採用されています。 これにより、陽電子の飛跡中の物質量を放射長の0.2%にまで低減することに成功しています。
また、薄いフィルムから構成される個々のモジュールは、モジュール内外の僅か1Paの気圧差でも変形します。 この変形量は、飛跡の測定精度を極端に落とすため、これを制御するためのガス分配システムの開発も行いました。
今回の受賞は、「極限まで低物質化」という挑戦的な課題に対する西口氏の非凡なアイディアと優れたエンジニアリング能力が、MEG実験の世界最高感度測定の達成に必要不可欠であったことが高く評価されたものです。
西口氏は、現在、大強度陽子加速器施設J-PARCに建設中のCOMET実験の研究開発を中心になって行っています。 今回の受賞対象となった測定器開発で培われた技術は、COMET実験のストロートラッカー開発に受け継がれ、真空中で動作可能な究極の低物質量化検出器の実現に取り組んでいます。
KEKにて開発中のストロートラッカー試作機は、たくさんのストロー状の筒が並んだ構造をしています。 個々の筒にはMEG実験で開発された薄膜フィルムと同等の素材が使用されており、中には1本のワイヤーと活性ガスが充填されています。 この試作機は既に真空中で動作試験を行い、入射荷電粒子の飛跡を検出することに成功しています。
用語解説
ミューオン稀崩壊探索実験
ミューオンを使って「荷電レプトン世代数の保存則の破れ」を検証する実験の総称です。 ミューオンや電子などの荷電レプトンが世代数の保存則を破る現象は、素粒子の標準理論の枠組みでは起こりません。 しかし、超対称性理論などの「標準理論を超える新物理」が存在すれば、実験で検証可能な確率(10-15 - 10-13)で起こると計算されており、新物理探索のプローブとして注目されています。
正ミューオンが、陽電子とガンマ線にのみ崩壊する「ミュー・イー・ガンマ崩壊現象」(μ+ → e+ + γ)を探る実験と、負ミューオンが原子内で電子に変わる「ミューオン-電子転換現象」(μ- + N → e- + N)を探る実験の2種類があります。
MEG(メグ)実験
スイスPSI研究所で行われているミューオン稀崩壊探索実験です。 「ミュー・イー・ガンマ崩壊現象」の探索を行っています。 日本、スイス、イタリア、ロシア、アメリカの5カ国が参加する国際共同実験グループです。 日本グループは、今回の陽電子スペクトロメータの他に、液体キセノン ガンマ線検出器でも中心的役割を担っています。
COMET(コメット)実験
KEK東海キャンパスの大強度陽子加速器施設J-PARCに建設中のミューオン稀崩壊探索実験です。 「ミューオン-電子転換現象」の探索を行います。 日本、イギリス、ロシア、フランス、中国等、総勢13カ国が参加する国際共同実験グループです。 KEKはホスト研究機関として、実験施設の建設を含む研究開発全般で主要な役割を担っています。
小柴賞
公益財団法人 高エネルギー加速器科学研究奨励会が顕彰する褒章のひとつです。 素粒子研究のための粒子検出装置の開発研究において、独創性に優れ、国際的にも評価の高い業績をあげた50歳以下の研究者・技術者に授与されます。
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