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ATLAS実験について語るATLAS日本共同代表の花垣教授/<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

ATLAS実験について語るATLAS日本共同代表の花垣教授/ KEK IPNS

フランスとスイスの国境にあるCERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型陽子衝突型加速器)は2012年の夏、素粒子に重さを与えるというヒッグス粒子を発見したことで有名です。エネルギーフロンティアを切り開く実験によって新粒子を作り出し、原始宇宙の謎に迫るという世界でも稀有な取り組みですが、そこに多くの日本人が参加し、立役者となって来たことをご存知でしょうか。

CERNは加盟する欧州22カ国による共同事業ですが、LHCとその検出器の初期投資だけで約5000億円の費用がかかり、日本はオブザーバー国ながらも、建設費用の一部負担だけでなく、加速器、実験装置の製造、データ解析、研究などさまざまな形で協力してきました。とくに、日本が協力したATLASは衝突で生じた新粒子の崩壊をとらえる巨大な測定器で、2012年夏、同じLHCのCMS測定器の結果とあわせ、とうとうヒッグス粒子と見られる信号を見つけたと発表し、世界中で大きなニュースになりました。

ATLAS日本グループの共同代表で、素核研教授の花垣和則教授に、現在も続けられるLHCでの実験や将来計画について解説してもらいました。

フランスとスイスの国境の広大な敷地に位置するCERNの巨大加速器/CERN

フランスとスイスの国境の広大な敷地に位置するCERNの巨大加速器/CERN

 

周長27キロの巨大加速器で、陽子と陽子を衝突

——世界最大の加速器、LHCについて教えてください。

LHCは陽子と陽子を衝突させる加速器で、周長は27キロメートルと世界最大です。2009年から運転が始まりましたが、その衝突のエネルギーも世界最高の13TeVに達しました。この加速器で行っている実験は主に四つあり、そのうちの二つがATLAS実験とCMS実験で、高エネルギー陽子・陽子衝突を用いてヒッグス粒子など未知の新現象をとらえることを目的としています。

——ATLAS実験について詳しく教えてください。

ATLAS検出器は直径22メートル、長さ43メートルの巨大な円筒形を横に倒した形で設置されており、重さは7000トンあります。その中心に陽子の衝突点があり、加速した陽子ビームの通り道が円筒を突き刺すような形になっています。衝突点では電子、μ粒子、光子、陽子、中性子などが生じるのですが、その崩壊で生じたイオン、電子、光子の飛跡とエネルギーを観測することで、どんな反応が起きていたかを知ることができます。実験には、世界中から約3000人の研究者が参加しています。

直径22メートル、長さ43メートルの巨大測定器ATLASの構造図/KEK IPNS

直径22メートル、長さ43メートルの巨大測定器ATLASの構造図/KEK IPNS

 

建設時のATLAS。正面の人物でその大きさが分かる/CERN

建設時のATLAS。正面の人物でその大きさが分かる/CERN

日本は積極参加 巨大な測定器ATLAS実験に貢献 

——日本はどのように貢献してきたのですか。  

LHCの建設には約5000億円かかりましたが、日本政府はこのうち約138億5000万円を拠出しました。日本の研究者、技術者、企業もLHCやATLASの設計・建設にかかわりました。例えば、収束用超伝導四極磁石(東芝)、超伝導ケーブルの製造(古河電気工業)、電磁石用特殊鋼(新日鉄住金、川崎製鉄)、極低温ヘリウム冷却設備(IHI)、シリコン検出器・光電子倍増管・光検出ダイオード(浜松ホトニクス)などがあります。このような理由からも、日本はまさにヒッグス粒子発見の立役者といえます。

——ヒッグス粒子はどのように見つけられたのですか。

ヒッグス粒子を直接観測することはできないので、その崩壊でできた粒子を代わりに探します。CERNでは、比較的見つけやすい二つの光子、二つのZ粒子、W+とW-粒子、τ粒子と反τ粒子、ボトムクォークと反ボトムクォークのペアに焦点を絞って探し、ヒッグスとみられる粒子がエネルギーの高い光子の対に崩壊した事象を見つけました。Z粒子への崩壊から生じる四つのレプトン(電子、陽電子、μ粒子、反μ粒子)への事象も観測し、126GeVという質量を持つ新しい粒子の存在を立証しました。

長いトンネル内に続く加速器のビームライン/CERN

長いトンネル内に続く加速器のビームライン/CERN

グラフから山のように飛び出た新粒子の証拠

グラフから山のように飛び出た新粒子の証拠

素粒子が質量を獲得するために、ヒッグス粒子が必要だった

——ヒッグス粒子がみつかることにはどんな意味があるのでしょうか。

物理学では、物質の質量を、力をかけて動かそうとしたとき、その動きにくさの指標と捉えます。質量のない世界では、すべての粒子が光速で動き続けることになり、原子核と電子が束縛状態を形成しません。つまり、原子が存在せず、宇宙は今の姿にはなりません。物質がなぜ質量を持つのかにいては長い間、謎とされてきました。宇宙はヒッグス粒子が海のようなもので、このヒッグス粒子に好かれているか、嫌われているかで、その粒子の質量が決まるというのが、ヒッグス場の考えであり、電磁気力と弱い力の統一理論に必要とされていました。つまり、クォークとレプトン、そしてウィークボソンが質量を獲得するための前提として、物理学者のP.ヒッグス博士らが1964年に考え出したのがヒッグス粒子なのです。

ヒッグス粒子が光子二つに崩壊するモード

ヒッグス粒子が光子二つに崩壊するモード

——力の統一とは何ですか。

この宇宙に存在する力として、重力、電磁気力、原子核内で働く弱い力、強い力の4種類が知られていますが、宇宙の初めにはこれらは区別がつかず、一つの力として説明できるはずだと考えています。すでに電磁気力と弱い力の統一まではヒッグス粒子の存在により、完成しました。これに強い力を加えた三つの力を統一する「大統一理論」、さらに重力までも統一してしまう「超統一理論」の構築を目指しています。これらを実現するための一つの理論が、これまでに存在が明らかになった18種類の素粒子に加え、さらに別の18種類の素粒子(超対称性粒子)があるとするものです。この超対称性粒子の一部は、宇宙の物質の約3割を占めるとされるダークマター(暗黒物質)を構成しているとの研究もあり、それが見つかるかも知れないLHCのアトラス実験からは目が離せません。

ヒッグス粒子の性質見極め、素粒子が質量を獲得する仕組みを解明へ

宇宙に存在する4つの力の統一に向けた取り組み

宇宙に存在する4つの力の統一に向けた取り組み

——今後の研究や計画について教えてください。

まず、ヒッグス粒子については、ヒッグス粒子のさまざまな崩壊パターンを研究し、その性質を確かめます。それにより、素粒子が質量を持つ仕組みの全貌を解き明かし、その過程で標準理論を超える理論が何なのかを探っていまきす。最近の成果ですが、ヒッグス粒子が、ボトムクォークと反クォークに崩壊する事象が確認されました。ヒッグス粒子とクォークが結びついた結果がATLASから出たのは初めてで、これでレプトン、クォークともに3世代目がヒッグス粒子と関係があることはわかりましたが、少なくとも2世代目くらいまでは確認しないと、質量を持つ仕組みを理解した、と胸を張れません。
また、ポストLHCの計画として、陽子・陽子の衝突頻度を大きく高めたHL-LHC加速器により、さらに広い質量領域で新しい粒子を探索する計画があります。日本も参画の予定で、文部科学省の「学術研究の大型プロジェクトの推進に関する基本構想ロードマップ2017」に盛り込まれ、2026年の本格運用に向けて動き出そうとしています。
別途、日本が誘致を進めるILC(国際リニアコライダー)計画とともに、多国間の国際協力を進めることで新物理の兆候を発見しようとしています。

これまでに存在が明らかとなった18種類の素粒子

これまでに存在が明らかとなった18種類の素粒子


【LHC加速器とATLAS実験を巡るこれまでの主な成果と今後の予定】(敬称略)


ことば

GeV、TeV

1eV(電子ボルト)は、1ボルトで加速された電子1つのエネルギー。加速器で使う場合、陽子または電子など粒子の加速に使われたエネルギーのことを指す。G(ギガ)は100万、T(テラ)は10億の単位。


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