多摩六都科学館からのリポートをお伝えします。
2021年3月6日(土)に、高エネルギー加速器研究機構(KEK)と多摩六都科学館が共催で行う講演会、「巨大加速器LHCで探る宇宙 -Phantom of the Universe-」を多摩六都科学館のプラネタリウムドーム「サイエンスエッグ」で行いました。小学5年生から大人まで67名の市民が参加しました。この講演会は、KEKの研究から得られた知見を広く市民に普及する機会を設けるために、年数回の共催イベントの1つとして企画されました。
最初に、CERN(欧州原子核研究機構)が運営する世界最大の陽子衝突型加速器LHCでの実験を解説するため、アウトリーチ担当の研究者などが監修して作成したプラネタリウム専用の映画「Phantom of the Universe —The Hunt for Dark Matter —」を見ました。
宇宙の研究をしていた、科学者のフリッツ・ツビッキーやヴェラ・ルービンは、恒星などの銀河で観測される天体だけでは質量が不足して、銀河全体の回転運動の説明ができないことを指摘し、不足した質量を補う何かを「暗黒物質」と呼び、その存在を予言しました。この暗黒物質を発見するための実験として、大量のキセノンと暗黒物質の相互作用による反応を調べる実験や、LHCで陽子同士をぶつけ、未知の素粒子を生成しようとする実験などが行われていることが作中で紹介されています。
次に、Phantom of the Universe —The Hunt for Dark Matter —の解説と最新の研究や今後の計画について、花垣和則 教授(KEK素粒子原子核研究所、ATLAS日本共同代表)が講演しました。
素粒子物理学とは、宇宙がどのような素粒子からできているか、その素粒子に働く力学法則を探る学問です。私たちの体や天体などを分けていくと素粒子で作られ、素粒子同士は力を媒介する素粒子のキャッチボールのようなやり取りで結び付いています。しかし、これまでに知られている素粒子の中に暗黒物質の性質を満たす素粒子はありませんでした。
LHCでは、陽子同士の衝突反応から発生する既知の素粒子を全て検出するようにセンサーが取り付けられています。もし、衝突反応の前後のエネルギーや運動量が等しくない反応が見つかれば、未知の素粒子の存在を意味します。
LHCの衝突点のひとつに、ATLAS検出器という素粒子の巨大検出器が置かれています。ATLAS検出器を用いたATLAS実験には、KEKを含めた国内外合わせて38か国、約180の研究機関からの約3000人の研究者が参加しています。ATLAS実験では2012年に、物質に質量を与える素粒子である「ヒッグス粒子」(注1)を発見しました。その後もATLAS実験では、ヒッグス粒子の特性を徹底的に検証するとともに、新粒子の探索も行っています。今回は特別な許可を得て、江成祐二 助教(東京大学素粒子物理国際研究センター)が、施設の入り口からATLAS検出器の奥深くまで、ヘルメットに取り付けたカメラで撮影を行いました。その映像は、入場する際に網膜認証をし、エレベーターで地下100mまで降り、ATLAS検出器の点検用の狭い通路、階段、はしごを進み、検出器の中のセンサーなども映した貴重な映像でした。ZoomでCERNに滞在している江成助教に中継をつなぎ、花垣教授も入ったことがない検出器内部のことをお話してもらいました。
最後の質疑応答では、参加者からの質問に花垣教授が答えました。暗黒物質の候補、検出器の技術的なこと、研究者のライフワーク、花垣教授が素粒子物理学者になった動機など、幅広く質問が寄せられました。
現在の西東京いこいの森公園(西東京市)となっている場所に、1955年(昭和30年)7月、当時の東京都田無町に東京大学原子核研究所が設立されました。1971年に高エネルギー物理学研究所と組織再編され、2001年(平成13年)3月まで田無で素粒子や加速器の研究活動が行われました。昭和から平成にかけて田無がこれらの研究を支えた地域であり、そのような場所の近くに多摩六都科学館はつくられました。
今回の講演会は、素粒子などの研究活動に理解を示し、支援していただいた市民の皆様や、移転した後も多摩地域の市民に向けて普及活動を行う研究者らが積み重ねてきた努力によって実施できました。多摩六都科学館は、これからも市民と研究者を結びつける機会を設けていきたいと考えています。
質疑応答編に続きます。
用語解説
注1. ヒッグス粒子
素粒子は物質を構成する粒子と力を伝播する粒子、そしてヒッグス粒子に分類され、中でもヒッグス粒子は物質に質量を与える素粒子です。目には見えませんが、現在の宇宙はヒッグス場で満たされています。宇宙の誕生直後にヒッグス場の性質が劇的に変わり、もともと質量を持たないとされる素粒子が、ヒッグス場との相互作用によって質量を獲得します。この仕組みをヒッグス機構と呼びます。ヒッグス粒子は2012年にATLAS実験と、同じくLHC加速器を用いて行われているCMS実験によって発見されました。