H.Tada

所要時間:約13分

図1. 超伝導磁石の下で新型3次元ガス飛跡検出器、タイム プロジェクション チェンバー(TPC、詳しくは後述)のモジュール差し込み作業を行う安鉦根教授。

図1. 超伝導磁石の下で新型3次元ガス飛跡検出器、タイム プロジェクション チェンバー(TPC、詳しくは後述)のモジュール差し込み作業を行う安鉦根教授。

茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)のハドロン実験施設で今、未発見の粒子を探索しようとする新たな実験が行われています。 この新たな実験、E42実験のスポークスパーソンである安鉦根(アンジョンクン)教授(高麗大学校、KEK滞在研究員)にお話を聞きました。

−E42実験とはどのような実験なのでしょうか?

●安教授「E42実験は、H粒子と呼ばれる粒子を探索する実験です。H粒子はストレンジ(s)クォーク(注1)2つを含む6つのクォーク −アップ(u)、ダウン(d)、sクォーク各々2個ずつ− で構成されます。H粒子のように6つのクォークからなる粒子は理論的には存在すると言われているものの、実験ではこれまで発見されていません。H粒子を発見してその構造を理解できれば、クォークからどのように陽子などのハドロン(注1)が作られるのかという謎を解く手がかりを見つけることができます。

本実験は大韓民国、日本、アメリカの3か国から50名が参加する国際共同研究です。」

−どのようにしてH粒子を発見しようとしているのでしょうか?

●安教授「私達はJ-PARCのハドロン実験施設にあるK1.8ビームラインで、K-(ケーマイナス)中間子(注2)を炭素(ダイヤモンド)に入射し、K+(ケープラス)中間子が出てくる反応を調べています(注3)(図2)。K-中間子を炭素標的に衝突させると、K+中間子と一緒にsクォークが2つ含まれる粒子が生成されます。この粒子が崩壊してできる複数の粒子を測定し、それがH粒子の崩壊から出来る粒子の組み合わせであれば、H粒子が生成された証拠を捉えたことになるのです。H粒子が崩壊して出来る粒子の組み合わせは、具体的には、①グザイマイナス粒子(注1)(d、s、sクォークで構成される粒子)と陽子(u、u、dクォークで構成される粒子)、あるいは②ラムダ粒子(u、d、sクォークで構成される粒子)2つです。最終的に①か②のどちらかの組み合わせに崩壊していることを私達は測定しようとしています。」

図2. E42実験施設外観。

図2. E42実験施設外観。

−K-中間子からK+中間子と一緒に出てくる粒子を調べることで、H粒子という未発見の粒子の証拠を見つけることが出来るのですね。

●安教授「実は、sクォークが2つ含まれる粒子の組み合わせから発見できることはH粒子の証拠だけではありません。H粒子の質量も推定することができるのです。

H粒子の質量がグザイマイナス粒子と陽子の質量の合計値よりも重い場合、①あるいは②に崩壊します。H粒子の質量がラムダ粒子2個分の質量(2231.4 MeV:メガ電子ボルト)より重く、グザイマイナス粒子と陽子の質量の合計値(2260.0 MeV)より軽い場合は、H粒子は②に崩壊します。

一方、H粒子の質量がラムダ粒子2個分の質量よりわずかに軽い場合は、H粒子は①にも②にも崩壊できません。この時H粒子はラムダ粒子と陽子、そしてπ-(パイマイナス)中間子(反u、dクォークで構成される粒子)に崩壊します(注4)。E42実験ではこの崩壊も観測することができます。

ここで、"わずかに軽い"とは、ラムダ粒子2個分の質量から38 MeV(メガ電子ボルト)を引いた値よりは重いことを意味します。つまり、H粒子の質量は、ラムダ粒子、陽子、π-中間子の質量の合計値(2193.5 MeV)よりは重くなければなりません。今までの研究結果から、H粒子の質量はラムダ粒子2個分の質量より7.3MeVを下回る(2224.1 MeVを下回る)可能性は無いことはわかっています(図3)。」

図3. H粒子の質量と崩壊先の粒子の質量の和の関係。粒子は質量(の合計値)が軽い先へは崩壊できます。

図3. H粒子の質量と崩壊先の粒子の質量の和の関係。粒子は質量(の合計値)が軽い先へは崩壊できます。

−K+中間子と一緒に出てくる粒子の組み合わせを測り、運動量とエネルギーの保存則を用いて崩壊前の状態を計算することによってH粒子の質量が分かってしまうのですね。

−では次に、E42実験の実験手法や装置について聞かせてください。これらにはどのような特徴があるのでしょうか?

●安教授「初めにE42実験で使用するK1.8ビームラインについて簡単に説明しましょう。J-PARCハドロン実験施設では、30GeVまで加速した陽子のビームを金で出来た二次粒子生成標的に衝突させます(図4)。そうしてK中間子やπ中間子等のビームを生成し、そのビームをハドロン実験施設内に3本あるビームラインに送りこんでいます。各々のビームラインには実験装置が設置されていて、そこで様々な実験が行われています。このビームラインの1つがK1.8ビームラインです(図5)。KはK中間子を、1.8という数字はビームラインで輸送できる二次粒子の最高運動量(GeV/c)を表しています。

図4. J-PARCの加速器の鳥瞰図。

図4. J-PARCの加速器の鳥瞰図。

図5.ハドロン実験施設内のビームライン。主リング(MR)と呼ばれるシンクロトロン加速器で加速された陽子のビームは図の左側から入ってきて(黒矢印)、金で出来た二次粒子生成標的(青丸)に衝突します。そこで生成されたK中間子やπ中間子等のビームをK1.8ビームライン(赤線)等に送り実験に使用します。

図5.ハドロン実験施設内のビームライン。主リング(MR)と呼ばれるシンクロトロン加速器で加速された陽子のビームは図の左側から入ってきて(黒矢印)、金で出来た二次粒子生成標的(青丸)に衝突します。そこで生成されたK中間子やπ中間子等のビームをK1.8ビームライン(赤線)等に送り実験に使用します。

さて、H粒子の存在が最初に予想されてから40年が過ぎました。KEK-PS E224実験(注5)が終了してからはちょうど30年になります。H粒子研究に関して、理論面では、ハドロン構造を説明するモデルの研究から計算量子色力学へと研究が発展し、H粒子の質量や崩壊過程などその姿が見え始めています。一方実験面では、今まで数多くのH粒子探索実験があったものの、その存在の有無について決定的なデータは得られていません。

ですが、これから説明する2つの特徴を主な理由として、E42実験はH粒子が存在するのか、いよいよ決着をつける実験となります。最初の特徴として、E42実験ではH粒子のようにsクォーク2つを含む粒子だけを生成できるような反応に注目しました。K-中間子を入射しK+中間子が放出される反応の中で生成される粒子は必ずsクォークを2つ持つので、その反応を起こすことのできるK1.8ビームラインは本実験に適しています。さらにK1.8ビームラインにはもう一つ長所があります。1.8 GeV/cという運動量のK-中間子は、sクォークを2つ持つ粒子を生成する確率(断面積といいます)が一番高くなるのです。かつ、1.8GeV/cという運動量は、H粒子が取り得る質量の範囲の粒子しか生成できないような低い値です。ですので、データ解析の邪魔となるような、測定したい粒子以外の粒子が余分に出ないという意味でもE42実験ではK1.8ビームラインを採用しました。加えて、J-PARCの大強度K中間子ビームのおかげで大量のデータを取得できます。衝突型加速器を利用する実験施設や他のビームではH粒子の信号以外の粒子がたくさん生じるので、H粒子の探索という意味では適していません。

2点目の特徴は、新型3次元ガス飛跡検出器、タイム プロジェクション チェンバー(Time Projection Chamber; TPC、図6)を利用する点です。この検出器では、標的から生成されるすべての荷電粒子や、検出器に入るまでの間で荷電粒子に崩壊する、電気的に中性な粒子を測ることができます。これによりH粒子の質量の予測値として取り得る値が広範囲でも、つまり、H粒子の異なる崩壊後の粒子の組み合わせのパターン全てを同時に探索することができます。TPC検出器は外径50 cm、高さ55 cmの八角柱の形をしています。H粒子などが崩壊して粒子が出てくると、内側の領域では約6000個の読み出しチャンネルを用いて水平面で2次元の位置情報を取得します。高さ方向の位置は、ビームの通過時間とTPC内の通過粒子の信号の到達時間(注6)の差から測定します。これら2種の情報を組み合わせて、最終的に粒子の崩壊した様子を3次元で描いた図が完成します。測定効率がほぼ100パーセントなので、H粒子を完全検証するには必要不可欠な検出器だと思います。」

図6.実験施設に設置される直前のTPC検出器。

図6.実験施設に設置される直前のTPC検出器。

−sクォーク2つを含む粒子だけを生成できるK1.8ビームラインと、崩壊して出てきた粒子の3次元情報を異なる崩壊パターンでも得られるTPC検出器がE42実験の最大の特徴なのですね。

−では、E42実験への意気込みを聞かせてください。

●安教授「E42実験は、KEK-PS E224実験が1991年に終了したちょうど30年後に実験を開始しました。E224実験終了から20年後の2011年にE42実験の実験提案書を提出したことからE42実験は始まりました。その後、超伝導電磁石とTPC検出器の開発、それらの性能の検証や改良を行う中で大変多くの方に助けていただきました。それらの支えがあってここまで来ることができたと思います。E42実験を支えた主な研究機関として、韓国の高麗大学校、日本のKEKと日本原子力開発機構 先端基礎研究センターがあります。それらの代表が私、高橋俊行さん(KEK 素粒子原子核研究所)、佐甲博之さん(日本原子力開発機構 先端基礎研究センター)です。また、市川裕大さん(日本原子力開発機構 先端基礎研究センター)と早川修平さん(東北大学大学院理学研究科)、金信亨(キムシンヒョン)さん(高麗大学)の3名がE42実験の中心メンバーです。海外の大学の人が代表として実験を提案し、その大学の学生さん達の博士論文実験になるのは、おそらくJ-PARCハドロン実験施設ではE42実験が初めてなのではないでしょうか。E42実験は本当の意味での国際協力研究にあたると思います。もちろん、J-PARCの大勢の方々からの支えのおかげでここまで来ることができたと思います。

実験準備に関しては、特にTPC検出器試作から7、8年経ちます。長年、試作を重ねる度に新しくなる検出器の性質を理解しながら、検出器の改良やテスト実験での性能評価などを行うのは大変でした。実験開始直前の日に、本番同様のビームを使った試験で新たな問題が明らかになることもありましたが、長年積み重ねた経験ですぐに対応することができました。そのおかげで今は安定して実験データの取得ができています。私には特に信仰している宗教はありませんが、どこかの神様に、今まで通り、最後まで助けて頂きたい気持ちです。」

−KEK側のE42実験代表である高橋俊行 教授からもE42実験への意気込みをお願いします。

◆高橋教授「KEK-PS E224実験は、私が大学院生のころ所属していた研究室のメンバーが中心となっていました。当時私はこの実験には関わっていませんでしたが、実験を行っていた先生方や友人たちからは、研究の楽しさを学びました。当時の実験ではH粒子の存在についてわかりませんでしたが、30年後に自分がH粒子探索実験に参加し、決定的なデータが取得できるとことが非常にうれしいです。今のJ-PARCには、大強度のK-中間子ビーム、安教授たちと一緒に開発してきた高性能の検出器という当時とは比べ物にならない施設・装置があり、H粒子が発見できることを非常に期待しています。」

−最後に、E42実験の先に繋がる、将来J-PARCハドロン実験施設で解明を目指している物理現象はありますか?

●安教授「2003年に兵庫県にある大型放射光施設 SPring-8のLEPS実験施設でΘ+(セータプラス)という粒子の発見が報告されました。これは反sクォークをもつペンタクォーク粒子(5つのクォークからなる粒子)にあたります。他の多くの実験からもその存在を検証され、大変注目されましたが、2003年の実験からデータ量を増やした後続実験や、より高いエネルギーの実験からはΘ+粒子を再確認できず、研究者達の関心からは離れています。

しかし、つい最近スイスにあるCERN (欧州原子核研究機構)のLHCb 加速器施設からsクォークより重いチャーム(c)クォークを持つペンタクォーク粒子Pcの発見が報告され、従来のバリオンや中間子とは異なるクォークの構成を持つ、エキゾチック粒子と呼ばれる粒子が再注目されています。ですが、Θ+粒子が存在するかという謎は、現在も実験的に完全検証はされていません。このΘ+粒子の存在を世界で唯一完全検証できる場所は、大強度・高純度のK中間子ビームが得られるJ-PARCしかありません。将来的には、E42実験の後にΘ+粒子探索実験にも取り組みたいと思っています。ハドロン実験施設の拡張計画で建設が予定されているK10ビームラインを使い、より多くのエキゾチック粒子の研究に専念したいです。」

用語解説

注1. クォークとハドロン、バリオン
素粒子は、物質を構成する粒子と力を伝播する粒子、そしてヒッグス粒子に分類できます。この内、物質を構成する粒子には3つの世代があり、クォークとレプトンのグループに分けられます。クォーク3つで構成される粒子をバリオン(重粒子)と呼び、陽子や中性子もバリオンの仲間です。陽子はアップ(u)クォーク2つとダウン(d)クォーク1つで、中性子はuクォーク1つとdクォーク2つで構成されています。バリオンには陽子や中性子の他にもいくつか存在することが分かっています。バリオンや中間子など、クォークや反クォークが複数個結び付いてできた粒子を総称してハドロンと言います。

注2. 中間子
クォークと反クォーク(クォークの反粒子)の2つが結合した粒子。中間子には様々な組み合わせがあり、例えばsまたは反sクォークを含む中間子はK中間子と呼ばれます。負の電荷を持つK-中間子はsクォークと反uクォークから、正の電荷を持つK+中間子は反sクォークとuクォークで構成されています。他にも、u、dクォークとそれらの反クォークで主に構成されるπ(パイ)中間子などがあります。

注3.
ここで、K-中間子はストレンジネス量子数(素粒子の性質を表す値の一つでsクォークは-1、反sクォークが+1)が-1という値をとりますが、K+中間子のストレンジネス量子数は+1になります。ストレンジネス量子数は強い相互作用という力で保存されるので、K+中間子が出てくる時にストレンジネス量子数が-2の粒子が一緒に生成されます(+1と-2を合計して、ストレンジネス量子数が-1になります)。具体的には、sクォークが2つ含まれる粒子が生成されます。

注4.
H粒子の質量がラムダ粒子2個分の質量よりわずかに小さい場合、H粒子は段階的に崩壊します。まず、H粒子に含まれるsクォークがuクォークとW-ボゾンに崩壊します(u、u、d、d、s、u、W-で構成されます)。次に、W-ボゾンが反uクォークと d クォークに崩壊します(u、d、s、u、u、d、反u、d)。つまり、H粒子はラムダ粒子(u、d、s)、陽子(u、u、d)、π-中間子(反u、d)に崩壊するのです(図7)。

図7. H粒子の質量がラムダ粒子2個分の質量よりわずかに小さい場合のH粒子の崩壊過程。

図7. H粒子の質量がラムダ粒子2個分の質量よりわずかに小さい場合のH粒子の崩壊過程。

注5. KEK-PS E224実験
KEK-PS とは、KEKつくばキャンパスで1977年から2005年の間に稼働していた12GeV陽子シンクロトロンのことで、日本で初めて建設された大型加速器です。KEK-PS E224実験では、H粒子を探索しましたが、有意な証拠は得られませんでした。

注6. TPCでの通過粒子の信号
TPC内を通過する(電荷を持った)粒子は、ガスを電離して、電子と陽イオンを生成します。TPC内には、電場がかけられており、電子は電場に沿って陽極に移動し、電極付近で増幅され信号として取り出されます。電場がかかったガス中の電子の移動速度はほぼ一定なので、粒子の通過から信号の検出までの時間を測ることにより、移動距離、すなわち、電極からどれだけ離れたところを通過したかがわかります。


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