H.Tada

所要時間:約5分

The 30th Workshop on General Relativity and GravitationにてOutstanding Presentation Awardを受賞したMinxi He研究員。

The 30th Workshop on General Relativity and GravitationにてOutstanding Presentation Awardを受賞したMinxi He研究員。

The 30th Workshop on General Relativity and Gravitation in Japan (JGRG30) にて、理論センターのMinxi He研究員がOutstanding Presentation Awardを受賞しました。JGRGは一般相対性理論と重力に関する研究会で、1991年から日本で毎年開催されています(参考:https://www.tsujikawa.phys.waseda.ac.jp/jgrg30/ )。Outstanding Presentation Awardは、本研究会にて優れた発表をした人に贈られる賞です。

He研究員は「Reheating Process in Mixed Higgs-R^2 Model」というタイトルで発表しました。He研究員は宇宙誕生初期、特にインフレーションから熱いビッグバンまでの過程を「混合ヒッグスR2モデル」というインフレーションモデルを用いて研究しています。

宇宙は「熱いビッグバン」と呼ばれる高温高密の火の玉のような状態から始まったと考えられています。火の玉状態だった宇宙は膨張して冷えていき現在の姿になりました。ビッグバン理論は、宇宙が膨張していることや、宇宙誕生から約38万年後の光である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が観測されていること、宇宙初期には水素やヘリウムといった軽い元素がたくさん作られたことなどを説明した理論です。ところが一方で、ビッグバンだけでは説明できない事実も多くあります。例えば、観測されている宇宙は全体的に見ればどこも同じように見えますが、様々な形の星や銀河が存在するなど局所的には違いが見られます。このような宇宙は、ビッグバンの前にインフレーションという時代があったと考えると説明できます。インフレーションにより宇宙は急激に(加速的に)膨張しました。ところが、急激に膨張した後の宇宙は物質の密度が非常に小さいスカスカの状態になるはずです。これではインフレーションの後に生じるビッグバンの時代において、宇宙が高温高密であることと矛盾してしまいます。

そこで、インフレーションとビッグバンを結びつけるため、両者の間に再加熱期という時代が登場します。この再加熱期に、インフレーションを引き起こしたエネルギーが物質に転換され、宇宙には物質が満ち満ちます。こうして上記で述べた全ての問題が解決できます。He研究員は、この再加熱の過程について、つまり、インフレーション後にどのようにして熱いビッグバンが生じたのかを調べています。

インフレーションはインフラトンと呼ばれるスカラー粒子(注1)が集まって引き起こされたと考えられています。そして一般相対性理論と共に現代物理学の基礎を築く標準理論において、唯一のスカラー粒子であるヒッグス粒子は、インフラトンの有力候補の一つです。そのため、インフレーション期のような宇宙初期の物理学とヒッグス粒子は深い関係がある可能性があります。ヒッグス粒子を用いてインフレーションを説明しようとしている研究は既に多くありますが、これらの研究には再加熱期に紫外問題が生じてしまいます。これは、ヒッグス粒子でインフレーションが生じたと考える時、再加熱期のエネルギーが通常の摂動論(注2)で使えるエネルギーの上限値を超えてしまい、摂動論が無効になってしまう問題です。つまり、ヒッグス粒子のみがインフレーションを引き起こしたとする「ヒッグスインフレーション」は、インフレーションから再加熱までの時代を説明する適切な理論でないことを示唆しています。

この問題を解決するため、「混合ヒッグスR2モデル」という新しいインフレーションモデルが誕生しました。混合ヒッグスR2モデルはR2モデルとヒッグス粒子を組み合わせたインフレーションモデルです。R2モデル(またはスタロビンスキーモデル)とは、インフレーションモデルが提案された初期(1980年)に登場したモデルで、これまでのところ、ヒッグスインフレーションモデルと共に観測的にもっとも支持されているインフレーションモデルの一つです。

先行研究の結果、ヒッグスインフレーションを考える時は、量子論的効果によってR2モデルを組み合わせる必要があることが分かっています。さらに、混合ヒッグスR2モデルには紫外問題が生じないことも明らかになっています。そのため、混合ヒッグスR2モデルはインフレーションから再加熱までの時代をヒッグスインフレーションとR2項という二つの要素だけで説明できます。He研究員は、混合ヒッグスR2モデルを用いて宇宙の再加熱の過程を精力的に解析しています。今回の賞は、その再加熱過程の研究が評価されたものです。

He研究員にお話を聞きました。
―受賞した感想を聞かせてください。

●He研究員「このような賞を受賞できて非常に光栄です。共同研究者の皆さんに感謝しています。また、私の研究を理解してくださったJGRG委員にもありがたく感じています。とても励みになりました。この先も、より興味深く堅実な研究を行いたいです。」

―どのような謎の解明に興味がありますか。

●He研究員「私は宇宙初期に興味があるのでこの先もインフレーションと再加熱の研究を続けます。さらに他にも宇宙初期と関連のある話題では、原始ブラックホールや重力波のような興味深く未解明な問題は多くあります。もちろんそれらも研究する価値があります。これらの研究分野にも貢献できたらと考えています。」

用語解説

注1. スカラー粒子
素粒子にはまるで自転しているかのような性質があり、この性質をスピンと呼びます。スカラー粒子はスピンしない粒子のことです。

注2. 摂動論
物質同士の(今回で言うとヒッグス粒子と物質の)相互作用が小さいと仮定し、主要な相互作用から一つずつ順次取り入れて計算する方法。


関連リンク

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