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J-PARCのハドロン実験施設で行われたE13実験に参加した研究メンバー=2015年6月26日、実験グループが撮影/<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

J-PARCのハドロン実験施設で行われたE13実験に参加した研究メンバー=2015年6月26日、実験グループが撮影/ KEK IPNS

J-PARCハドロン実験施設で行われた実験で、重いハイパー核※1であるフッ素19ラムダハイパー核(19ΛF)の励起状態※2を生成し、その脱励起過程をガンマ線分光により精密に測定し、フッ素19ラムダハイパー核の励起準位構造※3の一部を明らかにしました。

ハイパー核に含まれるラムダ粒子※1と原子核表面の核子(陽子・中性子)のスピンの向きの違いによって、ハイパー核の基底状態のエネルギーは2つに分かれます。そのエネルギー差は、ラムダ粒子と核子の間に働く核力のスピンに依存する部分の強さによります。今回の実験で、このエネルギー差を19ΛFについて精度よく測定しました。この測定結果は、我々が以前に測定した軽いハイパー核(ヘリウム4ラムダハイパー核(4ΛHe)やリチウム7ラムダハイパー核(7ΛLi))の同様のエネルギー差とともに、理論計算の予想値とよく一致していました。これは、これまでに得られた核力の知識から、軽いハイパー核だけでなく重いハイパー核の構造も充分に理解しうることを示しています。

実験で得られたハイパー核の励起順位構造

実験で得られたハイパー核の励起順位構造

中性子星の内部は、強い重力で原子核を圧縮したような物質でできており、そこにはラムダ粒子が存在している可能性が指摘されています。しかし、高密度の原子核中でのラムダ粒子の振舞いがよく分かっていないために、本当にラムダ粒子が中性子星内部に存在しているかどうかは謎のままです。今回のような研究を今後さらに進め、より重いハイパー核の構造を精密に調べて、ラムダ粒子が核内で受ける力が周囲の密度(原子核の大きさや状態によって変わる)によってどう変化するかを詳しく知ることによって、この未解決問題に決着をつけ、中性子星の内部構造を解明するとともに、中性子星がいくらの質量を超えるとブラックホールになってしまうかを理解することができると期待されています。

本研究の成果は、物理学の国際的な専門誌である「Physical Review Letters」の電子版に掲載されました(米国時間の3月29日付)。

J-PARCのハドロン実験施設で行われたE13実験の装置

J-PARCのハドロン実験施設で行われたE13実験の装置

【用語解説】

※1.ラムダ粒子とハイパー核

素粒子であるクォークは6種類あり、物質を形づくるもととなっている陽子と中性子は、最も軽いアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の組み合わせでできています。陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク(uud)、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォーク(udd)からなります。クォーク3つからなる陽子・中性子の仲間の粒子(バリオンとよぶ)は他にもたくさん存在することが分かっています。その一つがラムダ粒子で、3番目に軽いストレンジクォーク(s)と、アップクォーク、ダウンクォークそれぞれ1個(uds)からなるバリオンで、中性子と同様に電荷を持ちません。なお、ラムダ粒子のようにストレンジクォークを含む粒子は、「ストレンジ粒子」(直訳すれば「奇妙な粒子」)と呼ばれています。加速器で作られたラムダ粒子は、すぐに崩壊してしまうので、地球上にある通常の物質中には存在しません。しかし、加速器で作ったラムダ粒子を原子核にいれると、陽子・中性子とともに原子核を構成することがわかっており、ラムダ粒子をふくむこのようにな原子核をハイパー核とよびます。J-PARCハドロン実験施設は、ハイパー核の研究に適した世界でも数少ない施設の一つで、国内外の研究者によって実験研究が盛んに進められています。

通常核とラムダ粒子が加わったハイパー核の比較

通常核とラムダ粒子が加わったハイパー核の比較

※2.原子核の基底状態と励起状態

原子核内の陽子や中性子は、お互いの間に働く強い力(核力)により強く束縛されています。エネルギーの最も低い状態のときが安定した状態であり、これを基底状態といいます。原子核同士の衝突などで原子核がエネルギーをもらうとエネルギーの高い励起状態になりますが、ほとんどの原子核ではこのような状態は不安定で、その状態を長く保つことが出来ずに、極めて短い時間(およそ10-6秒以下)のうちにガンマ線としてエネルギーを放出し、元の安定した低エネルギーの基底状態に戻ります。

※3.原子核の励起準位構造

 最も簡単な水素原子では、量子力学の要請により、電子は軌道半径やエネルギーがとびとびの値をもつ特定の「軌道」のみに安定して存在できるため、とびとびのエネルギーを持つ励起状態が存在することとなります。同様に、多数の粒子が集まって(束縛して)できている原子や原子核のような粒子系は、とびとびの値をもつ様々なエネルギーの励起状態をもちます。こうした多数の励起状態(励起準位)をエネルギーの関数として示したものが励起準位構造で、その粒子系の構造(内部の粒子がどう運動しているか)を反映しています。

※4.J-PARCハドロン実験施設

茨城県東海村にあるJ-PARCは、大強度の陽子ビームで生成する多彩な2次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核の研究や物質科学・生命科学の研究に利用されています。ハドロン実験施設では、30ギガ電子ボルトの陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やパイ中間子などの二次粒子による「ハドロンビーム」を作り、これを用いて原子核や素粒子の研究を行なっています。本実験が行われたK1.8ビームラインには、ビーム粒子と標的から放出される粒子のエネルギーを測定する世界最高性能の磁気スペクトロメータが備えられており、2015年6月に行われた今回の実験(E13)では、作られたフッ素19ラムダハイパー核(19ΛF)が生成された事象をこれらの装置によって選び出しました。

詳しくはこちらのプレスリリースをご覧ください。


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