日本政府が岩手県への誘致を検討している全長約30キロの直線衝突型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」に向け、シミュレーションによる新物理の探索領域の解析とILD(国際大型検出器)の開発を進める素核研・研究チームが、10月の活動報告を行いました。
報告書の中で「特筆すべきこと」として強調されているのが、ILCの目指す素粒子実験の”エネルギー領域”を巡る議論が進展したこと。さらに、エネルギー領域が250GeVでの素粒子実験におけるヒッグス粒子の精密測定に関するシミュレーションの検討や、測定器開発に関する研究の進ちょく状況などを報告しています。
ILCは、電子と陽電子を、それぞれ全長11キロの線形加速器で加速して衝突させ、どのような粒子が生まれるかを観測。それにより、素粒子の質量の起源となるヒッグス粒子の詳細な性質やダークマターの正体など、素粒子物理学の未解決問題を解き明かすことを目的としており、アジア・ヨーロッパ・アメリカの各国が国際協力で進めています。
ILCの目指す素粒子実験のエネルギー領域は当初、5000億電子ボルト(500GeV)でしたが、建設費が1兆円超と膨大なことや、ヒッグス粒子が125GeVの質量を持つことを発見したLHC(大型ハドロン衝突型加速器)の実験結果などを踏まえ、2500億電子ボルト(250GeV)に半減して早期に建設し、ヒッグス粒子を詳細に調べてはどうか、という意見が国内外の物理学者の間で多数を占めるに至りました。これを受け、日本国内で活躍する高エネルギー物理学者の団体である高エネルギー物理学者会議(JAHEP)は、検討委員会を設置して議論を重ね、2017年7月、「ILCを重心系250GeVのヒッグスファクトリーとして、早期に建設することを提案する」との声明を発出。報告書では、この声明について、国際的なILC推進の団体であるリニアコライダーボード(LCB)、国際将来加速器委員会(ICFA)での議論を経て、物理学者の国際コミュニティに正式に承認される見込みであること。さらに、文部科学省の「国際リニアコライダー(ILC)に関する有識者会議」でも検討が予想されるとしています。
ILD測定器の開発では、電子と陽電子の衝突で生まれた粒子が、衝突点から飛び散っていく”飛跡”を再構成するため、ガスだけでワイヤーを張らない三次元飛跡検出器MPGD-TPCが設置される予定で、KEKと佐賀大学、広島大学などの国内グループは中国の清華大学、IHEP(中国科学院高能物理研究所)と協力し、飛跡の測定精度を上げる効果のあるGEM 型ゲート(電子は通すが、陽イオンを阻止する膜)の開発を進めています。報告書では、1年前にドイツDESY研究所で行われたビーム実験の詳しい解析で、研究チームが試作したGEM型ゲートが、陽イオンの阻止率が高いまま、電子の透過率を82%と従来の5割程度から飛躍的に高めたことを明らかにしています。
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