ハイライト

原子核の発見から100周年

2011年6月2日

今年は超伝導発見から100年の年で、世界各国で様々な記念イベントが開催されています。今から100年前の1911年は、超伝導の発見だけではなく、他にも大きな科学的な発見が得られた年でした。そのひとつが、KEKの研究とも非常に関係深い「原子核の発見」です。1911年、ニュージーランド生まれのイギリスの物理学者、アーネスト・ラザフォード氏(図1)が「原子核」の存在を証明したのです。

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図1

アーネスト・ラザフォード氏

ギリシャ時代にも考えられていた「原子」という概念は、1810年頃にイギリスの化学者、物理学者、そして気象学者でもあったジョン・ドルトン氏によって近代によみがえりました。原子を表す「アトム」という言葉はギリシャ語で「これ以上分けられないもの」を意味しており、当時、原子はそれ以上分解することはできず、内部に構造は存在しないと考えられていたのです。

その後、多数の科学者によって様々な実験が行われ、原子にもさらなる内部構造があることを示す実験結果が積み重ねられて行きました。そして1897年、イギリスの物理学者、J.J. トムソン氏が「陰極線の実験」によって電子を発見します。この実験で、電子はマイナスに帯電した粒子で、どんな物質からも出てくることが確認されました。これで、原子は最も小さな粒子ではなく、中にはもっと小さな構造があることが証明されたのです。

電子はマイナスの電気を帯びていますが、原子自体は電荷を帯びていません。そこで、トムソン氏は、正電荷のひろがりの中に、干しぶどうのように電子が散りばめられている「ブドウパン・モデル」あるいは「プラム・プディング・モデル」と呼ばれる原子モデルを提案しました。

他の物理学者たちも、次々と原子モデルを提唱しました。1902年には、ギルバート・ルイス氏(米)が、電子が立方体の8つの角に存在するとする「立方体モデル」を発表しました。これに対して、ジャン・ペラン氏(仏)と長岡半太郎氏が、中心にプラスの電荷を持つ核があり、その周囲を電子が回転運動するモデルを発表しました。これらはそれぞれ「核-惑星モデル」「土星型モデル」と呼ばれていました。原子モデルは、ちょっと美味しそうな名前の模型から、宇宙の形へと大きく発展していったのです。

この「原子模型」論争に終止符を打つことになったのが、今から100年前に証明されたいわゆる「ラザフォードの実験」です。このように呼ばれることが多いのですが、実はラザフォード氏自身は実験には参加していませんでした。彼の助手であったハンス・ガイガー氏と学生だったアーネスト・マースデン氏が、1909年、金のうすい箔にアルファ線(正の電荷をもったヘリウムの原子核)をあてる実験を行ました。その結果、アルファ線の大部分は金箔を透過するのに、一部のアルファ線は大きな角度で散乱される現象を確認したのです。この現象は、ぶつかると大きく跳ね返る「何か硬いもの」=原子核の存在を示唆するものです。

アルファ線が金の原子と衝突すると、核から離れたところを通過するアルファ線は小さな散乱角で跳ね返ります。ところが、核のすぐそばを通過する一部のアルファ線については、正電荷同士が強く反発し合って大きく軌道が曲げられ、散乱角の大きな散乱が観測されるのです。

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図2

国際原子力機関(IAEA)のマーク

この結果からラザフォード氏は、プラスの電荷の集中した小さな中心核(原子核)のまわりを、太陽の周りを回る惑星のように多数の小さな電子が回っている原子模型「ラザフォードの原子模型」を完成させます。ここから、原子物理学が大きく進展することになりました。

その後の研究の進展で、ラザフォードの模型も正確ではないことが明らかになりました。しかし、この模型は未だに原子を概念的に伝えるために、また、原子を象徴する絵として多く使われています。例えば、国際原子力機関(IAEA)のマーク(図2)にも使われています。

ラザフォード氏は、原子核の発見のみならず、これまでの物質についての常識を覆す多くの発見を成し遂げました。ラザフォード氏は、α線とβ線を発見し、また、中性子の存在を予言しました。また、最近聞くことの多い放射性物質の「半減期」のコンセプトを提唱したのもラザフォード氏。「原子物理学の父」と呼ばれる由縁です。

ラザフォード氏は、多くの後進を育てたという意味でも「父」でした。ラザフォードは慈愛心に溢れた人柄で、彼が担当する若い研究者たちを「ボーイズ(息子たち)」と呼んでいたそうです。彼の指導を受けていた中に、ジョン・コッククロフト氏(英)とアーネスト・ウォルトン氏(アイルランド)がいます。彼らは、1932年に整流型加速器「コッククロフト・ウォルトン型加速器」を開発しました。KEKにもこの型の加速器があります(図3)。昭和のSF映画に出て来そうな近未来的なフォルムは、見学者からの人気が高く、社会科見学の書籍の表紙にも写真を使って頂いています。

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図3

コッククロフト・ウォルトン型前段加速器。水素原子に1個の電子のついた負水素イオンを作り、75万電子ボルトの直流電場で光速の4%まで加速します。

荷電粒子は、逆電荷の電極に引きつけられることによって加速します。コッククロフト・ウォルトン型加速器は、多数のコンデンサと整流管を組み合わせた装置で、高い静電界をつくることで荷電粒子を引き寄せて加速します。

実はラザフォード氏は、このコッククロフト・ウォルトン型加速器の開発には懐疑的だったそうです。しかし、この加速器の開発は、現在の加速器研究の発展に大きく貢献しました。この装置で得られるエネルギーには限界があるため、後に、複数の電極を直線状に並べた線形加速器が開発され、現在の加速器研究へとつながっています。

原子核の発見から100年経ち、素粒子原子核研究は現在、宇宙を形作る最小の単位「素粒子」の秘密を大型の加速器を使って研究しています。その原理はラザフォードが行ったように粒子と粒子を「ぶつける」こと。KEKでは、電子と陽電子をぶつけ、B中間子と反B中間子を大量に作りだし、小林・益川理論を検証しました。21世紀も粒をぶつける研究が宇宙の謎を解明します。


  ※ 陰極線の実験
1897年にJ.J.トムソンが行った実験のこと。当時、真空中でフイラメントを加熱すると、マイナス極の方から光る線「陰極線」が出ることが実験的に知られていたが、その正体は謎だった。トムソンは、真空管内に走る陰極線に電界をかけ、その進行方向に変化が起きる(曲がる)ことを観測した。これは、陰極線が「電荷を持った粒子」であることを証明したことになり、電子の発見につながった。



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