最極微の世界を捉える「標準モデル」
物質を細かくしていくと、現在、人間が観測できる最極微の世界でたどり着く物質を構成する根源の基本粒子は図1の様にクォークとレプトンの12種類になります。これらの粒子はゲージ粒子と呼ばれる粒子(グルーオン・光子・Wボソン・Zボソン)を交換し、相互に力を及ぼしあっています。この世界を科学者は「標準モデル」と呼ばれる理論で捉えています。現在、この理論から外れた現象はまだ一つも見つかっていません。しかし、「標準モデル」に無くてはならない"ヒッグス粒子"は未だに見つかっていません。ヒッグス粒子はヒッグス場があれば現れる粒子です。「標準モデル」ではヒッグス場の存在が不可欠です。
ヒッグス場が重いW/Zボソンの謎を解く
物質の基本粒子間相互に力の作用をもたらすゲージ粒子は、ゲージ対称性という性質から、重さ(=質量)が厳密にゼロであるという規則があります。そこで発見されたWボソンとZボソンが陽子の約100倍もの質量を持つことは大きな謎でした。多くの科学者が悩んだ末、ついにワインバーグやサラムら理論家たちは「(ゲージ対称性が自発的に破れてその結果)ヒッグス場があるはずだ」と結論しました。WボソンとZボソンはヒッグス場の抵抗を受けて動きが鈍り質量があるように振舞うと見なされます。このヒッグス場を質量の起源とする「標準モデル」は、1970年代に多くの実験によって実証されました。
ヒッグス粒子の発見競争始まる
ヒッグス場があるとヒッグス粒子があるはずです。その性質は「標準モデル」を使えば計算でき、右表はヒッグス粒子の質量を1400億と2000億電子ボルトとしたときの性質です。質量がエネルギーと同じであるというアインシュタインの原理から、素粒子物理学では粒子の質量をエネルギーの単位・電子ボルトで表します。この表でヒッグス粒子の質量そのものは標準モデルでは計算できませんが、ヒントはあります。LEP加速器(CERN)で見つからなかったのでヒッグス粒子は1100億電子ボルトよりは重いはずです。さらに1兆電子ボルトよりは軽いと予言されています。
従って、ヒッグス粒子は現存の加速器か建設/計画中の新しい加速器で人工的に発生させて発見できると期待されています。
陽子反陽子コライダー | テバトロン(米国Fermilab) | 稼動中 |
陽子陽子コライダー | LHC(スイスCERN) | 建設中 |
電子陽電子リニアコライダー | JLC(日)NLC(米)TESLA(独) | 計画中 |
の3種の加速器のどれかか、または全てでヒッグス粒子は見つかるはずです。ヒッグス粒子の発見とその性質の詳しい研究は、「標準モデル」の確認のみならずより深い素粒子の真理への出発点となるでしょう。
より深い真理の探求へ
実はより深い真理への手がかりが既にあります。「標準モデル」の3つの力の強さはエネルギーと共に変化し1025電子ボルト(10兆電子ボルトの1兆倍)1点に交わることがわかりました(図2)。3つの力は元は一つの力から分かれたとする大統一理論(GUTS)の予言と合います。また「標準モデル」の最重要パラメ-ターであるワインバーグ角度と呼ばれる値がLEP加速器などで1990年代に精密に測られた結果、実験と予言が0.2%の精度で一致していることが判明しました。3つの力が一点で交わることも、ワインバーグ角度の予言と実験の一致も、現在多くの理論家が研究を進める超対称性理論(SUSY:スピンが整数の粒子と半整数の粒子の対称性)が存在しないと説明が困難です。LHCやリニアコライダーでうまくするとSUSY粒子が続々と見つかるはずです。これから10年の間に新しい物理の発見が始まるらしいとの期待が高まっています。
次の機会にはヒッグス粒子やSUSY粒子の発見をめざして建設が進むLHC計画の現状をお伝えします。
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ
→KEK キッズサイエンティスト:やさしい物理教室:
素粒子の世界:ヒッグス粒子と質量
http://www.kek.jp/kids/class/particle/higgs.html
→ATLAS実験での物理
http://atlphy01.kek.jp/~asai/ATLAS/SOURON.html
→Electroweak Model and constraints on New Physics(専門的)
http://www-pdg.lbl.gov/2001/stanmodelrpp.pdf
→関連記事:リニアコライダーについて
リニアコライダー計画に燃えた北京会議(1)
最極微の世界に迫るLHC計画(1) へ
最極微の世界に迫るLHC計画(3) へ
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[ 図1]
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標準モデルの世界。物質は6種類のクォークと6種類のレプトンからなり、ゲージ粒子を交換して3種の力が引き起こされる。ヒッグス粒子のみが発見されていない。 |
拡大図 (43KB) |
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重 さ | 陽子の | 150 倍 | 213 倍 |
電子ボルト | 140×109 | 200×109 |
LHCでの発生頻度 | 190万個/年 | 110万個/年 |
崩 壊 方 式 | H→b+b | 37 % | 0.02 % |
H→τ+τ | 4.5 % | 0.3 % |
H→γ+γ | 0.3 % | 0 % |
H→Z+Z | 6 % | 27 % |
H→W+W | 46 % | 72 % |
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表:標準ヒッグス粒子(H)の性質 |
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[ 図2] |
3つの力の強さ(α1, α2, α3)はエネルギーと共に変わる。超対称性(SUSY)粒子が1012電子ボルト付近に存在すれば、赤線が示すように3つの力は1025電子ボルト付近で一点に交わり、大統一理論の予言と合っている。 |
拡大図 (34KB)
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