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  image 最極微の世界に挑戦するLHC計画(3)
〜 国際分業で育つアトラス 〜
 


建設進む実験装置「アトラス」

LHC計画(1)(2)で、これまで紹介してきたように、LHC加速器では7兆電子ボルトの陽子同士の正面衝突が1秒間に10億回起こります。1回の衝突では100個の粒子が作られます。これらの膨大な数の粒子の中からごく稀にしか発生しないヒッグス粒子やSUSY粒子を捕らえることは、かなりの技術的チャレンジです。2つの実験装置「アトラス」と「CMS」は、2007年の完成をめざして現在建設中です。日本が参加するアトラス実験(図1)には33カ国から1500人を越える研究者が参加しています。以下では日本が分担しているアトラス実験装置の建設部分を紹介します。


大量のワイヤーチェンバー製造


衝突で生み出された素粒子の中でも比較的遠くまで届く、ミューオンと呼ばれる粒子があります。重い電子とも見なせるこの粒子がワイヤーを通過した際に生ずる電気信号で捕らえるワイヤーチェンバーは、装置群の外側に張り巡らされたミューオン検出器(図1)の中に仕掛けられます。ミューオンを捕らえるくもの巣のような罠で、大量のワイヤーチェンバーが使用されます。現在、KEKの富士実験室では毎日、10人以上の人たちがそのワイヤーチェンバー作りを進めております。エポキシ接着剤を塗ってフレームを接着し、直径50μのタングステンワイヤーを自動機で巻いて半田付けし(図2)、水洗いして乾燥したら3KVの電圧をかけてチェックし、カバーを接着してコネクターを付ける・・・・など一連の手作業が分業で進んでいます。完成チェンバーは神戸大に輸送され宇宙線を使った検査が行われます。この製造はあと2年続きます。


シリコン検出器モジュール組立

衝突点近くの素粒子を、走った飛跡で捕らえる検出器は内部トラッカーの中に仕掛けられるシリコン検出器です。6cm角の薄いシリコン半導体センサー4枚と超LSIチップ付き回路や熱伝導板を接着したモジュール(図3)が数百台使用されます。チップはフランス製、センサーと回路は日本製、熱伝導板はアメリカ製材料をCERNで加工したものです。接着後には1台につき3000本のワイヤーボンディングがなされます。組立てには5ミクロン以下の精度が要求され、慎重で熟練した手作業の連続です。組立てられたモジュールは1台々々精密な検査が施されます。


KEKの技術を駆使し超伝導ソレノイド完成

アトラス実験装置の中心部には薄肉型の超伝導ソレノイドコイルが設置されて2テスラの磁場を作ります。KEKが独自に開発した薄いコイル技術を応用し、東芝で完成し、フル性能の8,400Aまでの励磁に成功しました(図4)。アトラス実験装置の中では1番乗りでCERNに運搬されました。


特殊設計のLSIチップ

アトラス実験では一千万チャンネルを越える検出器からの信号を、その場でLSIチップで処理します。これらのチップは特殊に設計されたものです。日本のアトラス研究者らはミューオン検出器用の複雑なCMOSチップを数種、設計し開発しています。設計に間違いがあると半年以上が無駄になるため細心の注意が必要です。最も複雑なチップは微小時間差測定チップで1チップあたり40万ゲートを使います。


新しいソフトウエアー技術でチャレンジ

データ収集とデータ解析には計算機ソフトウエアーが必要です。膨大なプログラムを世界中の研究者の集団で開発し使用するために、オブジェクト指向などの新ソフトウエアー技術を取り入れて開発が進んでいます。LHC実験に不可欠な、物質中の素粒子の振る舞いをシミュレートするGeant4プログラムは、日本の研究者の大活躍で完成しました。


世界に分散する地域データ解析センターとグリッド計画

LHC加速器が2007年に動き出してアトラス実験が始まると、1年間に1015バイトという膨大な量の生データが出てきます。約1万台の最新PCをもつ地域データ解析センターを世界の数ヶ所に設置し、それらにデータを送って分散並列してデータ解析を進める計画が進んでいます。これに伴い世界に分散する計算機資源を共有するグリッド計画がCERNを中心に新たに始まりました。日本ではアトラス実験のためのセンターを東京大学に設置する計画です。


素粒子の巨大な狩人:アトラス

アトラス実験装置は、衝突で生まれた粒子の群れの中からヒッグス粒子など、発見したい粒子を捕らえる罠のようなものです。問題は罠にかかった素粒子を正しく識別するには、同時に生み出された他のいくつもの素粒子についても情報が必要です。このため、これまで紹介してきた様に、色々な性質の素粒子を捕らえる工夫を凝らした検出器が衝突点の周りを囲み、6階建てのビルにようやく入るほどの素粒子を捕らえる巨大装置群になっています。ギリシャ神話で天を支えた巨人アトラスも、ここでは素粒子の巨大な狩人に変身してしまったようです。

アトラス実験の建設に加えて、KEKではLHC加速器の特殊4極超伝導マグネットの製造が進められています。これはまた別の機会に紹介しましょう。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→アトラス実験紹介ページ(英語)
http://atlasexperiment.org/
→CERNで建設が進むLHC地下実験室などの写真集
http://atlas.kek.jp/sub/photos
→KEK広報ニュース:Geant4ユーザー研究会から
/ja/newskek/2002/marapr/G4UserGroup.html
→LHCコンピューティング・グリッド(LCG)計画のホームページ(英語)
http://lhcgrid.web.cern.ch/LHCgrid/


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[ 図1 ]
LHC加速器での陽子衝突現象を観測するためのアトラスは、高さ22メートル重さ7000トンの大型の実験装置です。装置の部分は世界の各地で建設されています。
拡大図(70KB)



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[ 図2 ]
KEKで量産中のワイヤーチェンバー:50ミクロンのタングステンワイヤーを半田づけしている最中の写真。このようなチェンバーを大量に作り、神戸大で検査してからCERNに運ぶ。
拡大写真(36KB)
 
 
 
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[ 図3 ]
シリコンマイクロストリップ検出器のモジュール(長さは13cm)の写真。
拡大写真(17KB)



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[ 図4 ]
アトラス超伝導ソレノイドが東芝で完成し、8400アンペアの試運転に成功したときの関係者の記念写真。後に見える円筒は中に超伝導ソレノイドコイル(直径2.5m、長さ6m)の入っている真空容器です。
拡大写真(44KB) 
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proffice@kek.jp
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