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   image 先端技術を生かした国際協力    2003.6.5
 
〜 世界最強加速器計画の超伝導技術 〜
 
国際協力で実現:世界最強の加速器(LHC)

ジュネーブにあるヨーロッパ合同原子核研究所CERNで建設が進められているLHC計画のことは以前、ご紹介しました。これは陽子(水素の原子核)を各々7兆電子ボルトに加速して正面衝突させて新しい粒子を作りだす、世界最強の円形型の加速器計画です。2007年に完成すると、これまでの粒子加速器よりも、更に一桁高いエネルギーに到達できます。LHC加速器による実験によって、よりビッグバン初期宇宙に迫る素粒子現象を探ることができ、「標準模型」で予言され“素粒子の質量の起源”を与えるとされている“ヒッグス粒子”が発見されると期待されています。

LHCはCERNでこれまでに使われていた加速器用のトンネルを有効に活用します。周長が27kmもあり、山手線を1周するくらいの距離です。写真1は、LHCの置かれる予定の場所の航空写真ですが、白く示してあるものがLHCを据え付ける場所です。実際には地下100m位のところにトンネルがあります。手前に見えるのがジュネーブ国際空港で、比べるとその規模の大きさがわかります。

円形加速器では、直径が大きくなるほど高いエネルギーが得られるのですが、新しいトンネルを造るとなると、大変なお金と時間がかかります。そこで、トンネルはそのままで、最新技術の粋を集めた超伝導電磁石に置き換えて、これまでよりも10倍以上強い磁場をつくり出すことができれば、加速できる粒子のエネルギーを飛躍的に高めることができます。電磁石の数は約2000台。高性能で信頼性の高い超伝導電磁石を開発することが、LHC計画成功の鍵を握っています。

評価されたKEKの超伝導技術

KEKでは、創設期から約30年にわたって高エネルギー加速器実験のための超伝導技術開発が着実に積み重ねられてきました。今では、国際的にも、超伝導技術の開発拠点としての重要な役割を果たしています。LHC計画への協力もその一つです。1995年に、我が国のLHCへの参加が文部省(現、文部科学省)によって決定され、その一環としてKEKが強収束用四極超伝導電磁石の開発を担当することになりました。

四極磁石というのは、図1のように、粒子ビームが走る方向から見ると、磁石のN極とS極が二つずつある磁石のことです。陽子ビームがこの磁場を通過する時、図1の縦軸の方向には凸レンズのように軌道が収束し、横軸の方向には凹レンズのように軌道が発散する性質を持っています。この四極磁石を、縦横交互に並べてやると、ビームの軌道を一定の範囲に収めることができます。これを強収束と呼びます。

この強収束用四極超伝導電磁石の開発は、KEKの低温工学センターが中核となり、加速器研究施設及び工作センターが協力して進められてきました。この超伝導電磁石は、物理実験が行われるビーム衝突点に一番近い所に置かれ、ビームをできるだけ小さく絞ってビームの衝突頻度を高くするための極めて重要な電磁石です。また加速器を構成する超伝導電磁石のなかでも、技術的に最も高度とされるものです。

写真2は、開発している超伝導電磁石の断面です。この電磁石は、コイルの内径(ビームが通る所)が7cm、電磁石の長さが7m、最大磁場が9テスラに達します。9テスラといえば、電線にかかる圧力だけでも320気圧にも相当します。開発の難しさは、磁場の強さ、精密さに加え、衝突点でビーム同士が衝突したときに散乱された粒子がこの電磁石に入り、その時の発熱で超伝導状態に破れ(クェンチ:抵抗がゼロの状態から、急に抵抗が発生してしまうこと)を誘発しやすいことです。破れが生じると、電磁石には莫大な熱が発生し、力学的なストレスがかかることになります。そこで熱的な乱れを抑え、できる限り安定な磁石を開発しなくてはなりません。このために、ニオブチタン合金による超伝導コイルを超流動ヘリウムを用い、絶対温度で1.9K(摂氏マイナス271度)にまで冷やして使用します。

KEKでは、電磁石の基本設計、モデル電磁石の試作を機構内で行ったうえで、開発された技術を公開しています。写真3は、KEKでの試作コイルの巻き線風景です。試作機の性能が達成された後、製造メーカーの協力を得て実機の開発を進めています。写真4は、実機の製作状況です。こうして作られた実機強収束四極超伝導電磁石は、KEKで試験され、性能が確認されています。写真5は、冷却、励磁試験のために吊り下げられた実機の超伝導電磁石です。この超伝導電磁石は全部で予備の2台を入れて18台準備されます。全部で予備を含めて36台必要ですが、米国のフェルミ加速器研究所と、国際協力として、半数ずつ、分担しています。お互いの独自の設計、手法を尊重しつつ、CERNから求められている性能を達成しています。この開発プロジェクトがスタートしてすでに6年が経過しています。2004年の夏までには全ての開発を完了する予定です。こうして開発された強収束四極超伝導電磁石は、CERNのLHCビーム衝突点に据え付けられ、我が国の物理学者が多く参加しているATLAS実験にも貢献します。

ATLAS実験では粒子の分析用に測定器の中心部にビームラインと平行に大型のソレノイド(円筒型)超伝導マグネットが必要となりますが、この超伝導電磁石にも、KEKで培われたアルミ安定化超伝導電磁石技術が貢献しています。KEKの素粒子原子核研究所と低温工学センターが協力して進めています。アルミ安定化超伝導技術を駆使することによって、薄肉・軽量で、物質的に透明な超伝導電磁石が実現できます。観測される粒子は、超伝導電磁石による強い磁場で曲げられつつ、超伝導コイルを突き抜けることができ、さらに外側での精密なエネルギー測定が可能となります。写真6は、開発され、すでにCERNに送られたATLAS薄肉超伝導電磁石のコイルです。また写真7はCERNでの冷却システム準備中のスナップです。

超伝導電磁石になくてはならない超伝導線の工業製造技術においても、日本は国際的にトップレベルの評価を得ています。日本の超伝導線の製造メーカーがLHC計画のために優れた超伝導線を提供し、その高性能、安定性から高い信頼を得ています。KEKでは、日本の産業界とも協力しつつ、超伝導・先端技術を特色として、高エネルギー加速器科学・国際協力に貢献しています。

 
 
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CERN研究所のwebページ
http://public.web.cern.ch/Public/
→アトラス日本グループのwebページ
http://atlas.kek.jp/

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    最極微の世界に迫るLHC計画(1)
    最極微の世界に迫るLHC計画(2)
    最極微の世界に迫るLHC計画(3)

 
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[写真1]
CERNサイトの航空写真
拡大写真(56KB)
(写真提供:CERN)
 
 
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[図1]
超伝導コイルによる四極磁石をビームと垂直な面で見た時の様子。赤い部分では電流が手前に流れ、青い部分では奥に流れる。緑色の矢印は磁力線。陽子(正の電荷を持った粒子)が画面の手前から奥に飛ぶ時、上下方向には収束する方向に、横方向には発散する方向に力が働く。
拡大図(19KB)
 
 
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[写真2]
衝突点用超伝導四極電磁石の断面図。中央からビーム経路、四極の超伝導コイル、そして鉄ヨークが囲む。
拡大写真(41KB)
 
 
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[写真3]
KEKでの超伝導コイルの試作風景
拡大写真(58KB)
 
 
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[写真4]
実機超伝導電磁石の製作風景
拡大写真(55KB)
 
 
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[写真5]
KEKで冷却・励磁試験のために吊り下げられた超伝導電磁石
拡大写真(43KB)
 
 
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[写真6]   [写真7]
ATLAS中心超伝導ソレノイドコイル   CERNでの冷却システム準備作業中の風景
拡大写真(33KB)   拡大写真(51KB)
(写真提供:東芝)    
 
 
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