光と光をぶつけても......
光と光をぶつけるとどうなるでしょうか。はたと考えなくても、ふだんから光と光はあちこちでぶつかっているはずですね。たとえば、2つの懐中電灯を互いに向かい合わせにする実験を考えるとどうでしょうか。光と光がぶつかっても消えてなくなったり、跳ね返ったり、地面に落ちてしまったりはしません。素通りするだけです(図1(a))。
鏡を用いて太陽光線同士をぶつける実験や、もっと強力なレーザー光線を使った実験が行われましたが、やはり光は素通りするだけでした。光と光は、干渉などの現象を起こすことはありますが、跳ね返ったり反応したりはしません。このことは、物体と物体、または、光と物体がぶつかった場合に、跳ね返ったり、光が無くなってしまったりするのと全く違っています。
高いエネルギーの光同士の衝突
しかし、エネルギーの高い光である「ガンマ線」(図2)同士をぶつけると、反応が起こります。これは、光のエネルギーが相対性理論の効果で物質に変わるからです。光子のエネルギーをだんだん上げていった場合の衝突現象をみてみましょう。高いエネルギーの光では、粒子としての性質が重要になるので、以下ではそれを「光子」と呼びます。
まず、光子1個のエネルギーが、電子の質量に対応するエネルギー(0.511MeV)より大きくなると、2個の光子の衝突により、電子とその反粒子である陽電子のペアが作られます。2個の光子は消えてなくなってしまいます。
光子 + 光子 → 電子 + 陽電子
というわけです(図1(b))。さらにエネルギーを上げると質量の大きい粒子や多数の粒子が一度に作られるようになります。その中の興味深い現象として、重い中間子の生成(図1(c)、0.5〜5GeV程度の光子で起こる)やエネルギーの高いクォークやグルーオンから作られる多数の粒子群の生成(図1(d)、おもに2GeV以上の光子による)が起こります。さらに高いエネルギーの光子を使えば、ヒッグス粒子などの未発見の素粒子を探すことも可能です(図1(e)、60〜数百GeVの光子が必要か?)。
※1MeV=百万電子ボルト、1GeV=十億電子ボルト
現在までの光子・光子衝突実験の成果
では、高いエネルギーの光子をどうやって作るのでしょうか? これがけっこう難しいのです。電子や陽子は電気を帯びているので、電気の力でエネルギーを与えることができますが、光子は電気を帯びていないのでそういうわけにはいきません。
ふつう行われているのは、加速器で高いエネルギーに加速した電子を金属板に当てて、高いエネルギーの光子を放出させる方法です(図3(a))。でも、この方法では、金属板を通過する際に電子のビームの向きが乱されるので、光子の飛んでいく方向が多少広がってしまい、光子・光子衝突実験には向いていません。
現在の光子・光子衝突実験は、電子と陽電子が衝突する瞬間のごく短い時間だけに現れる「仮想光子」といういわば「ニセモノの光子」を使って行われています(図3(b))。「ニセモノの光子」というと聞こえは悪いですが、本物の光子に近い性質を持っているので、注意して扱えば、本物の光子を使った場合と同じ実験結果を得ることができます。仮想光子同士の衝突は、電子と陽電子の衝突の時に自然に起こる現象です。
KEKにある電子・陽電子衝突型加速器KEKBを用いたBelle実験では、この方法で光子・光子衝突の測定が行われています。たとえば、
光子 + 光子 → カイc2中間子 → 光子 + J/プサイ中間子
という反応をこれまでで最も高い精度で測定しました。これは図1(c)の種類の現象です。図4(a)の質量差分布の鋭いピークが、カイc2中間子が作られたことを示しています。また、図4(b)は、カイc2中間子の生成確率の各実験での測定値の比較です。Belle実験の結果がこれまでの実験よりずっと精度がよいことがわかります。これは、KEKB加速器が衝突ひん度において世界最高の性能を持っているおかげです。光子・光子衝突でのカイc2中間子の生成確率は、カイc2中間子の内部構造を知る上で最も重要な情報のひとつです。
また、KEKで以前に行われていたトリスタン加速器を使った実験では、世界に先駆けて、図1(d)のような現象を大量に観測し詳しい研究をしました。そして、光子の中にグルーオンという粒子の成分があるために起こっている現象があることを確認しました。グルーオンは、本来、陽子など物質を作っている粒子の中に見いだされるものですが、この現象は、グルーオンが光子の中にもあるという光の意外な一面を見せる貴重な現象となっています。
将来の可能性
新しい方式として、電子ビームと陽電子ビームのそれぞれにレーザー光を当てて非常に高いエネルギーの光子・光子衝突を実現させることが考えられています(図3(c))。この方式は、未発見の素粒子であるヒッグス粒子の発見をめざすための一つの実験方法として研究されています(図1(e))。
このように、私たちの日常生活では決して起こらない光と光の衝突は、高いエネルギーでは、多彩な現象を通して素粒子の世界からの重要なメッセージを伝えてくれるのです。
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ
→BelleグループのWebページ
http://belle.kek.jp/
→KEKB加速器のwebページ
http://www-kekb.kek.jp/
→素粒子事典のwebページ
http://belle.kek.jp/~uehara/pdic/pdic.html
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[図1] |
いろいろなエネルギーで光と光をぶつけたときに起こること。(a)から(e)の順にエネルギーが高くなります。 |
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[図2] |
波長などによって違う光の呼び名のいろいろ。通常、エネルギーの高い光のうち、原子から出るものを「X線」、原子核や素粒子から出るものを「ガンマ線」と呼びます。 |
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[図3] |
高いエネルギーの光子のいろいろな作り方。 |
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[図4] |
Belle実験で行った光子・光子衝突によるカイc2中間子の生成の測定。(a)で、質量差が0.46GeV/c2付近にあるピークがカイc2中間子の信号です。曲線は、カイc2中間子以外の現象による部分を示します。(b)は、Belleを含めた4つの実験による生成確率の測定結果の比較です。それぞれの測定結果において、横棒の長さは、測定誤差の大きさ(実線の長さが統計誤差、点線の長さが系統誤差)を表します。 |
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