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   image ミクロン精度で位置測定    2003.5.8
 
〜 Belle実験の新型検出器 〜
 

はじめに

今までに何度かお話しましたように、KEKでは宇宙の謎の一つ、物質と反物質の対称性の違いを解明しようとしています。その鍵となる「CP対称性の破れ」をB中間子の崩壊を使って調べているのがBelle実験です。この実験では多様な検出器を組み合わせたBelle測定器を使って、電子・陽電子衝突直後にできる各種の素粒子を捕まえます。その検出器のなかで最も内側に位置し、B中間子の崩壊位置を測定する上で重要な鍵を握るのがシリコンバーテックス検出器(SVD)です。今回は、シリコンバーテックス検出器の概要と、新しく改良した第二世代バージョン、SVD2についてお話します。

シリコン検出器

CP対称性の破れの大きさは、Bと反B中間子のペアの崩壊のふるまいの違い、つまりはそれぞれの崩壊位置の差として測定されます。それぞれのB中間子の崩壊位置の距離は、電子・陽電子の運動量とB中間子の寿命によって決まりおよそ200μm(マイクロメートル:1000分の1mm)となります。この距離を正確に測るためには、10μmという単位での位置決定精度が必要とされます。この様な精密測定は、両面シリコンストリップ検出器(DSSD)によって可能になります(図1)。素粒子がシリコン検出器内を通り抜けると、電子と電子が抜けた穴(ホール)をつくります。電子はプラス、ホールはマイナスの電極へ集められ、ストリップ(短冊状の構造という意味)上に電気信号が発生します。信号が検知された両面それぞれのストリップの位置から、DSSD上の素粒子の通過位置を2次元的に測定することができます。各ストリップの間隔は50〜70μmなので、上の位置決定精度を達成することができます。

3次元的な位置測定は、このDSSDを何層か重ねて使用することで可能になります。これを、多重はしご(ラダー)構造と呼んでいます。図2にあるのがSVD2で使用されるラダーです。ビームの衝突位置に近い内側のラダーを短く、外側を長くすることで広範囲での粒子検出を狙っています。このラダー十数台をビームラインを中心として囲むよう円筒状で隙間が無いように配置しています。今回のSVD改良においては、現行のSVD1の3層から4層へと検出効率をあげる構造にしました。ビームラインに沿ったz方向の衝突位置から見込む角度範囲がSVD1よりも大きくなり、SVD検出器のちょうど外側にある中央ドリフトチェンバー(飛跡検出器)の角度範囲と同じになります。また、SVD2の最内層のラダーは、SVD1のケースよりさらに1cmビーム衝突点に近付けられ、半径2cmとなりました。これにより、崩壊位置決定精度を約20%改善することが期待されます。

SVD2における物理的課題としては、今まで見落とされていた低速粒子の検出効率の向上があげられます。これにより、より多くのB中間子の崩壊をとらえることができ、CP対称性の破れの大きさの測定精度は10%以上良くなります。

データ読み出し回路

SVDでは、DSSDから送られて来る大量のデータを高速に読み出す必要があるので、専用の集積回路(図3)が使われています。SVD2で使用するLSIチップは、それぞれ128チャンネル読み出しが可能で、SVD2では合計110,592チャンネルが処理されます。また、SVDはビームラインに一番近い所に位置するので、電子・陽電子ビーム起源の多くの放射線を浴びることになります。放射線を浴びると、検出器内でノイズが大きくなり、信号が見えにくくなります。そのため、使用されるLSIチップは出来るだけ多くの放射線照射に耐えうるものが望ましいとされます。SVD1で使用されているLSIチップの放射線耐性が約200kRad(キロラド)であるのに対し、SVD2で使用されるチップの耐性は、20MRad(メガラド)以上であることが確認されています。現在SVDは年間約100kRadの放射線を浴びており、KEKB加速器のルミノシティの向上とともにますます高くなることが予想されますが、それを考慮しても今後10年以上にわたって安定に動作できるものと考えられます。

また、今回新しく採用されたLSIチップは衝突点からの反応を選別する能力を備えています。これは世界初の試みとなります。KEKB加速器の性能がさらに向上しルミノシティが高くなると、ビーム起源の無用なバックグランド事象が増えることが予測されますが、この選別能力によりそれらを現在の約3分の1以下に減らせることが、シミュレーションによって確認されています。

おわりに

SVD2の組み立ては、2003年の2月に完了しました(図4)。完成後のシステムは、宇宙から降り注ぐ素粒子(宇宙線)を使ってテストが行われました。図5と図6に完成したSVD2によって捕えられた宇宙線の軌跡を示します。軌跡が3次元的にきちんと再構成されているのが分かります。SVD2導入でますますパワーアップしたBelle実験の活躍を今後も期待していて下さい。

  ※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

  →Belle実験のwebページ
  http://belle.kek.jp/(英語)

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[図1]
両面シリコンストリップ検出器(Double-Sided Silicon Detector)。厚さ300μm、縦横約7cmx4cmのn-シリコンバルクのそれぞれの面にn+、p+ストリップがお互い直角になるように約70μm間隔で形成されている検出器。シリコン検出器の顕微鏡写真参照
拡大図(32KB)
 
 
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[図2]
SVD2で使用するラダーの図。短い順にビーム軸側から設置する。SVD2では計54本使用。ラダーの両端にデータ読みだし用電子回路がある。光沢のある板状の部分がDSSDで、ビーム軸側より2,3,5,6枚でラダーを構成し、ビームラインと平行に並んでいる。
拡大図(29KB)
 
 
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[図3]
ハイブリッドと呼ばれる読み出し用電子回路。左はしに四つ並んでいるのがLSIチップ。SVD1のLSIチップは1.2μmCMOS使用、SVD2のものは0.35μmCMOS使用。回路の配線幅が小さければ小さい程放射線耐性が良くなる。
拡大図(16KB)
 
 
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[図4]
SVD2、組み立て完成!
拡大図(42KB)
 
 
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[図5]
SVD2で再構成された宇宙線の図。先ず、黒い点で示されたx-y面(ビームと垂直な面)上のヒット点をnストリップより求める。次に同じDSSD上にp,n両ストリップにヒットがあった場合にできる3次元のヒット点を緑の点とする。最後に、緑の点のうち、トラックを構成していると判断されたものを、青の点で表す。
拡大図(164KB)
 
 
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[図6]
上の宇宙線の事象を、z方向(ビームと並行方向)に切って書いた図。青の再構成されたトラックが一直線上に、きれいに見える。
拡大図(12KB)
 
 
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