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南極の空に舞う気球 2005.1.13 |
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〜 BESS-Polar実験の宇宙線観測 〜 |
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南極大陸でNASAが打ち上げる気球を使って宇宙線の観測実験を行う、BESS-Polar実験の準備が着々と進んでいることは以前にもお伝えしました。この実験グループのメンバーは今年のお正月を南極大陸や、アメリカのNASAの実験施設で迎えることになりました。南極を一周する気球のフライトが昨年暮れ、とうとう実現したのです。 原始ブラックホールの蒸発や宇宙の反物質領域 超伝導スペクトロメータによる宇宙線観測実験(BESS: Balloon-borne Experiment with a Superconducting Spectrometer)は、低エネルギー宇宙線反陽子の精密測定と宇宙起源反物質の探索を科学観測テーマとして、1993年からカナダ北部リンレークでの気球観測実験をつづけてきました。 宇宙から地球に飛来する宇宙線には微量の反陽子が含まれていることが分かっていますが、BESS実験では、超伝導磁石による強力な磁場で、宇宙線粒子を電荷が正か負かによって振り分けたうえで、質量測定を行う明確な方法により宇宙線を観測し、これまでに2000事象以上の低エネルギー反陽子の検出をおこなってきました。その結果、宇宙初期に生成された原始ブラックホールの蒸発などの興味深い現象の可能性があることがわかってきました。 一方、宇宙における物質、反物質の非対称性は、素粒子、宇宙論の根幹に関わる謎です。宇宙初期の素粒子反応におけるCP対称性の破れによって生じた可能性が指摘されていますが、その詳細は不明です。理論によって、私たちの銀河から遠く離れた反物質領域の存在を予言する説もあり、その直接的検証には宇宙から飛来する宇宙線中に含まれるかもしれない反物質を探索するほかありません。しかし、これまでのBESS実験では、宇宙線ヘリウム原子核成分の観測、700万事象に対して、反ヘリウム原子核事象は1事象も観測されていません。 南極で低エネルギーの宇宙線を狙う これらの微量の反陽子や反ヘリウム原子核を観測するには、大気の影響を受けない高空もしくは宇宙空間で大型の測定器を用いて長時間観測する必要があります。また低エネルギー宇宙線の観測は、地磁気の向きが、宇宙線荷電粒子の侵入を妨げにくい、高緯度、極点近傍であることが大切です。 南極での観測は、南極点近傍の周回気球飛翔によって約10日の連続観測が実現できることから、低エネルギー反粒子反物質探索実験には理想的な環境となります。人工衛星や宇宙ステーションを用いた実験に比べて、高緯度地域に留まることができる気球による南極周回実験は、少ない費用で機動性に富む極めてユニークな科学観測の場を提供できるのです。 BESS南極周回気球実験は、これまでのカナダでのBESS実験の成果を踏まえ、一桁高い観測量で低エネルギー反陽子宇宙線観測をおこなうとともに、極微量に至る宇宙線反物質探索を目的としています。南極での周回観測を目指すことから、BESS-Polar実験と呼ばれています。 BESS-Polar実験の準備は2001年から進められてきました。低エネルギーの宇宙線観測を効率よく実施し、かつ南極での長時間飛翔を実現するために、粒子の透過性能が高くまた小型の観測器が必要とされました。そこで新たに超薄肉超伝導電磁石、粒子検出器、太陽光発電システムを含む気球搭載型超伝導スペクトロメータを開発しました。 2003年の秋には超伝導電磁石、太陽電池パネル等の技術飛翔試験を米国ニューメキシコ州の国立科学観測気球施設(NSBF)において行いました。引き続き、共同研究のメンバーである米国メリーランド州のNASAゴダード宇宙飛行センターで組み立て作業を続け、2004年8月に測定器の組み立てを完了しました。さらに米国テキサス州のNSBF本部に移り、噛み合わせ試験や最終レビューを経て、南極での実験の準備が整いました。この間およそ1年間にわたり、日本からの実験メンバーが米国に滞在し、アメリカ側のメンバーと協力して準備を続けました。 白銀の大地で 昨年10月27日には、実験メンバーが南極にある米国のマクマード基地に入り、マクマード基地近くのウイリアムズフィールドにて準備を開始しました。 大型テント内での準備中に夜間空調が故障し零下16度まで冷え込むハプニングや、吹雪等の厳しい自然環境も乗り越えながら、測定器の準備はほぼ順調に進みました。総合試験、気球打ち上げ装置との最終噛み合わせ試験を経て12月3日には観測準備が整いました。約10日間の天候待ちの後12月13日に、快晴、地上風速毎秒約2.5mの条件で、午後6時58分(ニュ−ジーランド夏時間)に、気球の打ち上げに成功しました。 打ち上げ後すぐに宇宙線の観測を開始したところ、観測器に搭載された光電子増倍管の一部に問題が発生しましたが、低エネルギー反陽子の観測感度を最大限に保つためのデータ収集システムの調整等によって、観測を継続することができました。約3時間後には予定飛翔高度37kmに達しました。以後37〜39kmの高度を保ちつつ宇宙線観測をおこなうことができました。 観測は順調に進みましたが、南極周回飛翔の経過とともに、気球の軌道が当初予測よりも高緯度側にずれて85度近辺にまで達してしまいました。そのために人工衛星を利用した地上との交信が不安定になり、時には半日にわたって観測器の状態をほとんどモニタができないなど、予想外の苦労がありました。 9日目に入った段階で、気球の軌道が南緯82〜83度まで下がり、回収に適切なロス棚氷への着地が可能となったため、安全かつ確実な回収を優先して科学観測を終了しました。現地時間で、22日午前11時14分に観測器は気球から切り離され、パラシュートにより緩降下し、11時56分に着地しました。観測時間は200時間を越えました。着地後も観測器から人工衛星経由で送られてきたGPSの座標より観測器の静止を確認しました。着地点は、ロス氷棚東端(南緯83度6分、西経155度35分)で、マクマード基地から約870km南東でした。 870km離れた回収地点 着地点が遠方となったため、大掛かりな回収が実施されました。まず、大型輸送機(LC130)でマクマード基地から約900km離れたサイプルドームという米国のリモートキャンプまで移り、そこをベースキャンプとして、小型の輸送機(ツイン・オッター)で約200kmはなれた観測器着地点までを往復して回収作業をおこなうことになりました。 BESS実験グループからの3名を含む5名での雪上での回収作業となりました。第1回のアクセスでは、写真による現状記録、測定器の安全確認後、すぐに最も重要なデータ記録装置の回収をおこないました。その後、観測器を小型輸送機に積み込めるまでの大きさの要素に分解し、小型輸送機7往復による輸送を行い、全ての測定器要素およびパラシュートを回収することができました。観測された宇宙線は約9億事象、ハードディスクに保存された観測データは2テラバイトに達しました。 天候に恵まれた実験 南極では、実験終了後に何も残さず自然のままを保つことがとても大切です。ベースキャンプに集結した観測器部品を、輸送機パレットに再梱包し、LC130を用い、まとめてマクマード基地まで輸送し回収作業を完了しました。合計7日間を要する回収作業となりました。さらにマクマード基地での実験機器の返送作業、片付けをすませ、1月4日に、2004年 BESS-Polar南極周回宇宙線観測実験を終了しました。 この後、マクマード基地周辺の天候が悪化し、実験メンバーが南極を離れる飛行機が飛び立てない状態が何日も続きました。メンバーは改めて南極の自然の厳しさを認識すると同時に、観測器の気球での打ち上げや回収作業の間、天候に恵まれ順調に作業を進められた幸運を実感したようです。 BESS-Polar実験は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、宇宙航空開発機構宇宙科学研究本部(JAXA/ISAS)、東京大学、神戸大学、米国航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター、メリーランド大学の日米共同実験として進められています。本研究は、日本では文部科学省科学研究費補助金(特別推進研究)、米国ではNASAの研究費を得て進められています。また科学観測気球の打ち上げはNSBFが実施し、気球飛翔を含む南極マクマード基地での活動は、米国科学財団(NSF)によって運営されています。 日本側研究代表者のKEK山本明教授は「BESS-Polar実験の推進にあたり、KEK、JAXA/ISASをはじめとする関係諸機関、そして多くの関係者の皆様に大きなご支援を頂きましたことを、心よりお礼申し上げます。」と実験を締めくくりました。
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