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last update:05/06/09  

   image 4千万分の1秒の決断    2005.6.09
 
        〜 ATLASミューオントリガーの製作 〜
 
 
  物に重さがあるのはどうして? 「ヒッグス粒子」という不思議な粒子を見つけることができればこの謎がわかるかもしれません。現在、ジュネーブ郊外の欧州合同原子核研究機関(CERN)で建設が進んでいるLHC加速器では、ヒッグス粒子や超対称性粒子などの発見をめざしてATLAS測定器やCMS測定器などの実験装置の建設も急ピッチで進められています。ヒッグス粒子などの発見に重要な役割を果たすと期待されているミューオントリガーについてご紹介しましょう。

ミュー粒子を捉まえる

ミュー粒子(ミューオン)は、レプトンと呼ばれる素粒子の一種です。素粒子反応で発生するミュー粒子をもれなく検出することは、ヒッグス粒子などの未知の粒子を探索する時に非常に重要な手がかりの一つとなります。

LHC加速器では4千分の1秒(25ナノ秒)の間隔で陽子ビームが測定器の中心で交差します。陽子の内部を構成するクオークやグルーオンによる衝突反応が一回の交差当たり平均25個程度起こると予想されています。つまり毎秒約10億回の物理反応がおこることになります。

ATLAS測定器の場合、粒子の飛跡やエネルギーを測定するために約9千万もの出力チャンネルがあります。このため、すべての物理反応データを記録しようとすると、記録装置が大量なデータですぐにパンクします。解析の対象となる興味ぶかい事象だけを選び出してその他の不要な事象(バックグラウンド事象)をカットするものをトリガーシステム(トリガーとは引き金の意味)といいます。

ミュー粒子を含む事象を選択する装置をミューオントリガーシステムといいます。このシステムはミューオン検出器、トロイドマグネット(円周状の磁場を作ります)、トリガー電子回路とソフトウエアによって構成されます。

KEKや神戸大学のグループは、ATLAS測定器のミューオン検出器の一つ、シン・ギャップ・チェンバー(TGC)という検出装置を約1200台生産してきました。

欲しい物理事象だけを選びたい!

TGCはATLAS測定器の外側のエンドキャップと呼ばれる位置にあり(図1)、大きな運動量を持ったミュー粒子だけを選びだすために用いられます。ヒッグス粒子やトップクオークなど質量が重い粒子が崩壊した時に出てくる2次粒子は陽子ビームの方向に対して垂直な方向の運動量(縦方向運動量)が比較的大きいことが特徴として挙げられます。このような特徴をもった事象は縦方向運動量が小さいバックグラウンド事象と区別しやすいため、縦方向運動量が大きいミュー粒子を選択することが重要になります。

TGCは多線式比例計数管(MWPC)と呼ばれる構造をしています(図2、3)。1960年代にMWPCを開発したGeorges Charpak氏はその功績により1992年のノーベル物理学賞を受賞しています。TGCの断面を見ると、直径50μmのタングステンワイヤーを1.8mm間隔に張ってある面があり、その面から1.4mm離れたところにグランド面となるカーボン塗装したプリント基板が両側に配置されています。タングステンワイヤーには 3千ボルトの高電圧を印加して、ガス中を通過した放射線によって作られる電子を最終に電気信号として検知します。

この検出器の特徴としてはミューオンが入射してから電気信号が出力されるまでの時間が25ナノ秒以下と短く、さらに耐放射線性が高いことが挙げられます。TGCの構造そのものは高エネルギー物理学の世界では珍しいものではありませんが、約1.5m×1.5mという大型のチェンバーを1,000枚以上も大量に生産するのは前例のない作業です。

KEK、神戸大学、東京大学、信州大学は、1998年3月から量産に向けた試作を開始し、2000年9月から本格的な量産を始め、今年の2月にすべての生産が終了しました。

試行錯誤の連続

TGC生産のための試作時にはさまざまな問題にもぶつかりました。例えば最初に問題になったのはハンダです。350g重の張力で張ったタングステンワイヤーをハンダ付けによって保持するわけですが、一般的なスズ(60%)+鉛(40%) のハンダでは時間経過とともにワイヤーが抜けていくことが判明しました。そのため市販されているハンダをかたっぱしから調べました(スズ+銀,スズ+インジウム,スズ+アンチモンなど)。しかしどれも耐えうるものではありませんでした。唯一、スズ+亜鉛が保持可能であることがわかり、劣化加速試験などを経てスズ(80%)+亜鉛(20%) のハンダを使用することにしました。

日本で生産したTGCのワイヤーの総本数は約80万本にもなります。生産開始から5年経っていますがCERNに送られてきたTGCでワイヤーが抜けたものは1つもありません。他にTGC生産におけるTGC向けに開発したものとしてはアルミハニカム吸着板を用いた接着システム(図4、5)やグランドを形成するカーボン塗布装置、ワイヤー巻き装置などがあります。

ただいま動作試験進行中

KEKで生産したTGCは神戸大学に送られて、宇宙線による検査を行い(図6)、正しく動作していることを検証した上でCERNへと輸送されています(図7)。またCERNでは現在、生産したTGCを構造体に組み込む準備を行っており、6月から組み上げ作業を行う予定です。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CERN研究所のwebページ
  http://public.web.cern.ch/Public/
→日本アトラスグループ広報ページ
  http://atlas.kek.jp
→アトラスTGCページ(英語)
  http://atlas.web.cern.ch/Atlas/project/TGC/www/tgc.html
→アトラス実験紹介ページ(英語)
  http://atlasexperiment.org/

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[図1]
ATLAS測定器の概観図。高さ22m、横幅43mでTGCはエンドキャップ(両端の円盤状の部分)に約3600枚設置されます。右の図は検出器を4分の1に分割して横からみた概観図です。トロイドマグネットによってミュー粒子が曲げられる大きさを測定することによって運動量がわかります(運動量が高い方がまっすぐになる)。
拡大図(87KB)
 
 
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[図2]
左上の図はTGCの断面の一部の概観図です。2.8mm間間隔に配置した2枚のFR4板の間に50μmの金メッキタングステンワイヤーを1.8mm間隔張っています。右下の図が今回生産したTGCの中身を表したものでサイズは1.3m×1.4mあります。
拡大図(75KB)
 
 
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[図3]
片面のFR4板のタングステンワイヤーを張った状態。
拡大図(44KB)
 
 
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[図4]
ワイヤーを張った基板を石定盤に吸着し、蓋になる基板をアルミハニカムに吸着させることで平面性を確保し、全体をシリコンラバーで覆った状態で減圧します。これによりTGC全体において100μm以下の歪みに押さえることを可能にしました。
拡大図(24KB)
 
 
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[図5]
ワイヤーを張った基板と蓋になる基板を接着する工程の様子。手前に見えるのがシリコンラバーフィルムを被せて中を減圧して接着している状態です。
拡大図(82KB)
 
 
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[図6]
神戸大学で宇宙線を用いた検出効率試験の結果の図。サポートフレーム部分と有感領域の違いが良くわかると思います。
拡大図(102KB)
 
 
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[図7]
日本、イスラエル、中国より続々とCERNに送られてきて保管されているTGC。
拡大図(75KB)
 
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