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ナノチューブの電子源 2006.4.13 |
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〜 世界最高電流密度の小型電子放出素子 〜 |
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電子源と聞くと、生活に無関係と思うかもしれませんが、実は皆さんの身近にもたくさんあります。蛍光灯、ちょっと昔のテレビやパソコンで使われているブラウン管。駅や空港のモニター画面などでも見かけますね。その内部は真空になっていて、小さな電子源が入っているのです。皆さんが使っている最新のノートパソコンやテレビ液晶ディスプレイにもバックライトとして細〜い蛍光管が入っていて、そこにも電子源があります。また、電子レンジは電波で食材を加熱しますが、このマイクロ波を出すマグネトロンという電子管にもやっぱり電子源があります。ですから、1軒の家だけで考えても何十個もの電子源があることになります。ナイター設備や街灯に使われる水銀灯、病院のX線透視撮影装置、X線CT装置、空港の荷物検査用のX線透視装置などにも電子源が内蔵されていて、その利用分野の多さは枚挙に暇がありません。 勿論、KEKの加速器にも電子源があります。電子・陽電子加速器にとって、電子を出してくれる電子源が無かったら、ウナギの入っていないウナ重のようなものですね。 電子放出って? どうやって材料から電子を取り出すのでしょう? 材料を引っ張る、突っつく、つねる、あぶる、材料から引っこ抜く、さて、どれでしょう。実は図1(a)のように、ものをあぶると電子が出ます。図1(b) のように材料中から無理矢理電子を引き抜いても出ます。突っついても電子が出ます(例えば、光子や電子のビームによって)。 あぶる方法で一番簡単なのは、金属材料への通電加熱です。熱せられた金属表面内にある自由電子のうち、勢いのある電子が仕事関数という「関所」を超えて、表面から飛び出ます(図2(a))。これを熱電子放出といいます。この熱電子を真空中で電気的に引き寄せてあげると電子ビームになります。ただし、大気中で材料をあぶると燃えてしまうので、長持ちさせるにはできるだけ良い真空中でないといけません。 電子を引っこ抜く方法は、機械的ではなく、電気的にという意味です。よりプラスの電位をもった適当な距離にある電極で金属中の電子を引き抜いてあげるのです(図1(b)、図2(b))。強い電気の力(強い電界)で引き抜こうとすると、金属内電子からみた「関所の壁」は低く、かつ、薄くなります。そうするとその壁を電子が楽々通過できるようになります。これをトンネル効果といいます。この効果によって金属中の自由電子が真空中に出ていく現象が電界電子放出なのです。ですから、電界電子放出の場合は、材料への加熱は不要です。 理想の電子源とは? どちらの方法でも電子を材料の外に引き出すことはできますが、その電子を目的の場所まで輸送するためにはその範囲が良い真空でないといけません。そうでないと、電子源から出た電子は残留気体と衝突し、遠くまでまっすぐ進むことができなくなり、電子ビームの性能が落ちます。また、電子源の周囲の真空が悪いと、そこに存在する残留気体やこれが電離した高速イオンが原因で電子源表面の劣化が進行します。良い真空は性能維持にはとっても大事なのです。 例えば、加速器にとって理想的な電子源の条件は、微小な電子放出面積で大電子電流がとれるのに、放出電子のエネルギーの広がりが少なく(高輝度ということになります)、余熱・加熱は不要、パルス運転も容易、そして、真空がそこそこでも丈夫で長持ちということになります。これらのことを考えると電界電子放出で電子を材料から取り出す方法は、特に高輝度が期待され、魅力的です。 基本的にはどんな材料からでも電子を取り出すことはできますが、極めて鋭利な先端をもつカーボンナノチューブは電子を強電界で放出させようとする目的にはピッタリです。しかも、質のいい金属的なカーボンナノチューブは熱伝導性、電気伝導性、耐熱性、機械的強度に優れ、大電流でもナノチューブを構成する炭素原子の自己拡散も起こりにく材料です。化学的にも安定ですから、真空が悪くて、残留気体が多くても十分使えるかもしれません。したがって、カーボンナノチューブを使用した電界電子放出法はとても理想に適っているわけです。 カーボンナノチューブは、炭素によって作られる蜂の巣状の規則正しいネットワーク(これをグラフェンシートといいます)が丸まり、長い円筒になったものです。円筒が1層だと単層ナノチューブ、円筒が同軸管状に重なると多層ナノチューブといいます。一般的に生成法上、後者が安価にでき、また、後者のほうが大きな電流でも昇華しにくいと言われています。図3に実際、本研究で使用された多層ナノチューブの高倍率・低倍率電子顕微鏡写真を示します。 バルキーなカーボンナノチューブでは大電流が困難 1本のカーボンナノチューブからの電流密度としては実際に数百ギガアンペア/m2が得られていますが、その用途は電子顕微鏡などに限られています。実際に最も利用分野が多いと予想される数10平方ミクロンから数10平方ミリメータの大きさでは、数万本から数百億本という非常に多数の(バルキーな)カーボンナノチューブを集団として実用的に機能させ、高い電流密度を得る必要があります。 ところが集団としてのナノチューブを電界電子放出源として、思い通りに制御することは簡単ではありません。まるで世界中の森の木を、同じ木の高さ、同じ枝葉ぶり、同じ植林密度で管理し、ついでに同じ方向に向けるような難しい話です。したがって、現実の開発には種々の制約が生じ、改善すべき課題が数多く顕在化しています。省電力対策に重要な高効率化のためには、可能な限り低い電界強度を維持しながらも長期間、大きな電流密度を安定に得ることが望ましいのです。 しかし、森をまとめて作ることができても木1本1本に世話がいき届かないのが現実のため、集団としてカーボンナノチューブの性能が発揮できていません。とりわけ、個々のナノチューブが電子放出素子基板にしっかり接合されていないとどんなにナノチューブが優れていても根こそぎ、強力な電界で引き抜かれていってしまうでしょう。根っこが問題なわけです。 高性能の小型電子放出素子を実現 高エネルギー加速器研究機構(KEK)では電子加速器の大電流化と連続運転に耐えることのできる高性能電子放出素子の研究開発を進めています。今回、KEK加速器研究施設の加藤茂樹助教授を代表とするKEK、総合研究大学院大学、株式会社化研の研究グループで、この問題への改善策を開発し、高性能の電子放出素子を実現しました。300キロアンペア/m2以上の電流密度で連続的に電界電子を引き出すことができる多層カーボンナノチューブを使用した電子放出素子を開発したのです。 この値は熱電子放出型からの電流密度を凌駕するものです。また、50キロアンペア/m2の電流密度を維持しながら連続放射を続けたところ、1ヶ月間でも2.5%の電界上昇に抑えられ、この上昇率からすると10年間の連続運転でも実用に耐え得ることを示すことができました。 研究グループは2年前、多層カーボンナノチューブ表面に二酸化ルテニウムというサブナノサイズの微粒子を付加し、当時の最高電流密度が低電界で得られることを実証しました。しかし、その後、カーボンナノチューブからさらに大きな電流を取り出そうとすると、主に2つの問題が障害となることが分かりました。今回はそれらに対する改善策を講じたものです。 2つの改善策 1つは、クーロン力と熱負荷が原因で、脆弱な根が劣化し、カーボンナノチューブそのものが電子放出素子基板から消失してしまうことでした。この問題の解決のため、カーボンナノチューブと基板の接合に焦点を当て、新しい手法により大電流と長寿命の両立を狙いました。新しく開発した方法は、遷移金属薄膜を基板に形成し、カーボンナノチューブと基板との低温熱接合処理を行うものでした。カーボンナノチューブが基板に強固に根を張るという意味で、「根付け処理」(ルーティング処理)と呼んでいます。図4の写真は、基板に束状になった多層カーボンナノチューブが「根付いている」ことを示す電子顕微鏡写真です。この根付け処理によりカーボンナノチューブと金属基板の接合部における熱伝導、電気伝導、機械強度が著しく改善され、電子放出特性が向上したと思われます。 もう一つは、連続的な大電流運転の場合、陽極への熱負荷が大きくなるため、陽極とその周辺材料の温度上昇が顕著となり、材料からの大きな気体放出が問題になることです。真空中に放出された気体は電子放出素子からの電子ビームにより正イオン化されるため、素子表面を攻撃します。また、その正イオンは素子の劣化を進めるだけでなく、放電を誘発し易くなります。同研究グループでは、この対策として、試験装置内に極高真空環境を作り、また、陽極とその周辺材料の適正な選択を行って、大電流試験中でも問題となる気体放出を大幅に減らしたわけです。 2桁の性能向上 この2点を解決した結果、得られた電界電子放出特性は、8メガボルト/m以下の電界でも300キロアンペア/m2以上の電流密度で、現在、世界最高の電流密度です。この値は2年前の記録を2桁更新するものです。また、いかに低電界で実用的な電子放出電流(100アンペア/m2)が得られるかの目安となる閾値(しきいち)電界は、従来、数〜5メガボルト/mでしたが、今回の研究では1.5メガボルト/mまで減らすことができました。 さらに注目すべき点は、この研究における一連の試験では連続的に電界電子を引き出していて、最も過酷な電子放出条件を採用しているということです。したがって、ガス放出が少なく、放電も成長しにくいパルス運転モードを使った電子放出であれば、連続運転電流の数百倍に当たる数十メガアンペア/m2の電流密度に達する可能性があるでしょう。 大電流運転でも丈夫で長持ちでなければいけません。図5に寿命試験の結果を示します。この場合は、50キロアンペア/m2の電流密度を維持しながら1ヶ月間の連続運転を行いましたが、その間の電界上昇は僅か2.5%に留まりました。この結果から類推すると、この条件で10年もの間、連続運転しても、その電界上昇は5%程度であることが予測されます。5%の電界上昇であれば電源電圧を僅かに増やすだけで対処できるわけですから、実用的に十分使用に耐えられるものであると考えられます。図6は試験装置の内部の写真です。連続運転中に大電流電子放出により陽極が加熱され、輝いている様子が見えます。 この技術は、加速器の分野においては、高ピーク電流、低エミッタンス、そして、長寿命が要求されるエネルギー回収型加速器(ERL)や自由電子レーザー(FEL)等の電子源への応用が期待されるでしょう。また、汎用・民生用としては、低電界・長寿命が必要となるフィールドエミッションディスプレイ用や人口衛星等の電子源、大電流・長寿命が必要となる医療用X線発生装置、高温環境下での動作も要求されるプラズマ装置の電子源や高周波発生用の電子源としても好適な技術と考えられます。今後は、接合用薄膜の最適化、基板におけるカーボンナノチューブの数密度制御によりさらなる特性改善が進めることができると思われます。
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