|
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事 | last update:06/10/26 |
||
陽電子を効率的に発生 2006.10.26 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
〜 世界初のタングステン単結晶陽電子源 〜 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
KEKのBファクトリー実験では、電子とその反粒子の陽電子を加速して衝突させ、そこから生まれてくる粒子の性質を調べる実験を行っています。ごくまれにしかおこらない貴重な現象を調べるためには、衝突の頻度を高めることがとても重要です。そのためにいろいろな努力が続けられていますが、その中の一つ、陽電子を発生させる装置の世界初の成果をご紹介しましょう。 この装置を開発したグループの代表者のKEKの加速器研究施設助手の諏訪田剛氏にお話をうかがいました。 結晶中の電子ビームの向きがそろう − この装置はどういうものですか。 陽電子を発生させるためには、これまでは電子ビームを重金属などの標的に打ち込んでいました。電子が標的中の原子核の近くを通ると、原子核の強い電磁場と相互作用してガンマ線が発生します。そのガンマ線がさらに新しい電子と陽電子の対を生成するという現象を利用します(図1)。 この方式では金属中に入射した電子が思い思いの方向に散乱されてしまうので、そこから生じたガンマ線や陽電子も角度をもって生成されます。そのぶん、収集する際の効率が下がってしまうわけです。 − そこでタングステンの単結晶を標的に使うわけですね。 そうです。図2を見てください。通常の金属では、原子が整列して結晶構造を作っている領域は、精練の条件にもよりますが、マイクロメートル程度とごく小さく、しかも、その小さな領域どうしを比較してみると、原子の整列している方向はバラバラなのです。一方、単結晶の標的では標的全体で原子が同じ方向に並んでいます。数千億個の原子がずらっと一列に並んでいるところを想像してみてください。その整列している方向に電子ビームを打ち込むと、それぞれの電子が原子の整列する方向に沿ってチャネリングという現象を起こします。そこで発生するガンマ線は非常に強力なので、従来の重金属標的に比べ陽電子が数多く生成されます。また、このガンマ線や陽電子は、前方に集中して出てきますので、効率よく収集することができます。 − この現象は前からわかっていたのですか? 単結晶を陽電子生成標的に応用するアイデアは1989年にフランス・パリ第11大学オルセー線形加速器研究所のR.Chehab教授らによって提唱されました。しかし、当時の技術では、標的として良質で厚い単結晶を作ること自体が難しかったのです。 − そこで国際的なプロジェクトを始めた? 基礎研究としてはこれまで日本やヨーロッパやロシアで進められてきました。単結晶を作る技術が進展してきたので、国際的な共同研究チームを作って開発をすすめています。国内からはKEKの他、首都大学東京/東京都立大学、九州シンクロトロン光研究センター、海外からはロシアのトムスク工科大学、フランスのパリ第11大学の研究者が参加しています(図3)。 KEKからつくば山頂の乗用車を見分ける − なにが成功の秘訣でしたか? まず、良質で大型の単結晶を作る技術がロシアのトムスク工科大学との共同研究で開発されたことですね。さらに、単結晶ができても、原子が並んでいる向きに精密に電子ビームを照射しないとチャネリングの効果が現れません。このため、結晶標的の加工・装着方法を工夫しました。角度にして0.06度という、すごく精密な調整が必要です。これはKEKからつくば山頂にある乗用車の大きさを見分けるのと同じ角度分解能です。このために結晶表面を細心の注意を払って磨き上げ、X線を照射して、その反射X線から結晶軸を正確に見つけ出す技術を開発しました。 − どのくらい効率が良くなったのですか? まず、結晶標的の厚さを調べることから始めました。標的の厚さを変えながら電子ビームをあてた時に生成される陽電子の量を示したのが図4です。これで見ると厚さが10ミリメートルのあたりが最適であることがわかります。そこで、結晶表面を加工する際の厚さを見込んで10.5ミリメートルの結晶標的を使用しました(図5)。KEKの電子陽電子入射器(図6)の陽電子発生装置(図7、図8)に結晶標的を実装して確かめたところ、従来使われていた標的と比べると、25%ほど効率が良くなっています(図9)。 25%というと、あまり大きくないように聞こえるかもしれませんが、質の良い陽電子が生成されることとあわせて考えると、野球の3割バッターが4割になったようなものですね。 − 9月に再開されたBファクトリー実験ですでに使われているのですね? はい。単結晶を陽電子発生源として実用化したのは我々が世界初です。現在まで約900時間、連続運転していますが、問題はありません。KEKB加速器のルミノシティ(衝突頻度)の世界記録更新にも貢献しています。 医療や工業への応用も − 今後はどのような応用が考えられますか? 陽電子を使う高エネルギーの実験に非常に有望だと考えています。また、エネルギーを調整すれば強力なX線の発生源としても使えるので、医療や工業用のX線発生装置としても有望だと思います。今後、材料や標的形状の研究を進めて、いろいろな分野に使えるようにしたいですね。 ― どうもありがとうございました。 (インタビューア 森田洋平)
|
|
|
copyright(c) 2004, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1 |