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last update:04/05/27  

   image KEKBの快進撃 (2)    2004.5.6
 
        〜 Belle測定器の対応 〜
 
 
  「連続入射方式」という加速器の運転方式の導入によって、B中間子の実験が世界最高の積分ルミノシティを達成し続けていることは前回、お伝えしました。加速器がその性能を最大限に引き出そうとする時、測定器はその性能向上に見合うだけのいろいろな対策が求められます。今日はBelle測定器の側で連続入射方式にどのようにして対応したのか、その一例についてご紹介しましょう。

積分ルミノシティは耐久レース

KEKBのような衝突型加速器の性能が「ルミノシティ」という量で表されることは以前ご紹介しました。これは自動車レースにたとえると、自動車の最高速度のようなものです。これに対して、実際の実験では、どれだけのデータを取得することができたかを表す「積分ルミノシティ」という量が大事になります。

以前はビームを入射するときに測定器にかけられている高電圧を上げ下げするなどして、データを取得することができない時間がありました。この時間を短縮することができれば積分ルミノシティを稼ぐことができます。自動車の24時間耐久レースにたとえると、ガソリン補給やタイヤ交換などのピットインの時間をできるだけ短縮することで、決められた時間内にどれだけたくさんの距離を走行することができるか、に似ています。

連続入射方式を取り入れると、自動車レースのピットインに相当する時間を短縮することができることは先週お伝えしました。しかしKEKB加速器やBelle測定器のような巨大なシステムでは、実験とは予期しなかった出来事との出会いと、いかにそれらを乗り越えていくかの挑戦の連続となります。

ビーム入射による巨大なノイズ

素粒子の反応を検出するための測定器は、光電子増倍管の記事でもお伝えしたように、通常では目に見ることのできない極微の世界の反応を増幅することによって電気信号に変えて記録しています。Belle測定器は一辺が約10メートルもある巨大な素粒子の検出器ですが、いいかえれば超高感度なノイズの検出器でもあるため、予期しないノイズに対してはいろいろな対策を施さなければなりません。実験をするということは、ある意味、予期しない出来事をいかにして乗り越えていくか、ということでもあるのです。

KEKB加速器では、衝突ビームの一部が壁をたたくなどして、数多くの二次粒子を発生させることがあることは先週お伝えしました。また、Belle測定器の前後に配置されている、ビームの軌道を制御するための電磁石を電子や陽電子が通過する際に、放射光という強度の強い光を発生させますが、この光もまたBelle測定器にとってはノイズとなります。特に、入射器から主リングに電子や陽電子のビームを入射する際には、衝突ビームが揺さぶられて測定器に大きなノイズを発生します。このノイズは周長が3kmにおよぶ主リングの電磁石や加速管の配置の精度や、ビームの力学などによって決まる非常に複雑なもので、その挙動を完全に予測することは不可能です。

Belle測定器(図1)には衝突点を取り囲むようにして大小7種類の検出器があります。その中でも中央ドリフトチェンバー(CDC)と飛行時間カウンター(TOF)と呼ばれる二種類の検出器がこのノイズに特に敏感です。

最初の連続入射の試験で、TOFカウンター(図2)では、ビーム入射の瞬間には調べたい信号の100倍以上にも達する巨大なノイズが発生することがわかりました。またそのノイズは、ビームを入射してから約3.5ミリ秒の時間後には完全になくなることもわかりました(図3)。つまり、ビーム入射から約3.5ミリ秒後には正常なデータが収集できるはずでした。しかし、実際にはTOFカウンターのデータに異常が見つかり、全く使い物にならないことがわかりました。このデータ異常は連続入射の時だけ発生し、ビームの入射をやめると正常に戻ることもわかりました。このデータ異常の原因の究明と対策が連続運転への大きな課題となったのです。

解決の決め手はプレアンプの対策

以前の記事でご紹介したように、TOFカウンターではシンチレーションカウンターを通過した粒子によって発生した光を光電子増倍管で何百万倍にも増幅して電気信号に変換し、さらにプレアンプという電子回路を用いて、信号を増幅しています(図4)。

Belle測定器で追いかけている典型的な信号の大きさはTOFカウンターの場合、0.2ボルトほどです。ところが連続入射方式で、ビームが主リングに入射された瞬間に、この電子回路に40ボルトもの巨大ノイズが入るわけです。

まず、データ異常の原因を究明のために、プレアンプの電子回路の接地の不備からくる信号の反射の問題や、回路の誤動作など、さまざまな可能性が、TOFの読出回路周辺で実地検討されましたが原因はわからず。最終的には、収集データの解析から原因が突き止められました。プレアンプ回路自身の動作特性が、想定外の巨大信号に対して一種の飽和状態に陥ってしまうことがわかりました。プレアンプの出力レベル安定化回路が、10ボルト以上の大きな入力信号がはいると、その後約0.1秒間、想定外の誤動作をしていたのです。

そこで、ビーム入射ノイズと同じような信号を発生する疑似ノイズ発生回路を用いて、プレアンプの応答動作を徹底的に調べ、対策が検討されました。その結果、対策として(1)旧型プレアンプに高速ダイオードをつけたり出力をコンデンーサーで分離するなどの改良を施す。(2)新型プレアンプの開発設計を進める。の2段階を行いました。

2002年12月に行われた連続入射のテスト実験では、旧型プレアンプの改良版でも問題なく動作することが確認されましたが、2003年春に行われたテスト実験ではさらに大きなビーム入射ノイズが生じ、問題が再発してしまうことがわかりました。

そこで2003年夏の長期メンテナンス期間中に新型のプレアンプが320個の光電子増倍管のすべてに組み込まれました。何回かの連続運転試験でTOFのデータの解析結果、性能が全く変わらないことが確認され、今年1月からついに連続入射方式による実験データの連続取得に成功したのです。

加速器と測定器のチームプレイ

B中間子を大量に発生させるKEKB加速器のチームと、B中間子の崩壊を精密に測定するBelle実験のチームは、おたがいに車の両輪のような存在です。1999年の運転開始以来、KEKB加速器の制御室にはBelle実験の連絡員(BCG)が常駐し、測定器の状態に応じてノイズのコントロールをしたり、加速器運転のパラメータの調整を加速器のチームに依頼するなどして、Belle測定器が常にベストな状態でデータを取得することができるように努めています。

また、毎朝9時からはKCGミーティングという、KEKB加速器とBelle実験の双方の関係者が顔を合わせてさまざまな課題を議論する会合(図5)も開かれており、前日の加速器運転の状況報告、当日の予定、あるいは長期計画の報告が詳しくなされます。

KEKB加速器のチームとBelle実験グループのチームの緊密な連絡と協力体制は世界の同じような研究所の中でも特筆できるものです。今後もこのような緊密な情報交換を通して、積分ルミノシティ増強(図6)のためのあらゆる努力が続けられていくことでしょう。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→KEKBのwebページ(英語)
http://www-acc.kek.jp/KEKB/
→Belleグループのwebページ(英語)
http://belle.kek.jp/

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[図1]
Belle測定器の断面図
拡大図(54KB)
 
 
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[図2]
Belle測定器で用いられているTOFカウンターの一部。255×6×4cmのシンチレータの両端に光電子増倍管をつけて2本ずつ束ねたモジュールとしている。
拡大図(22KB)
 
 
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[図3]
上の写真は、TOFカウンターやCDCの信号から生成されたトリガー信号の発生タイミングをオシロスコープで画像化したもの。黄色の線が下に 延びているのがトリガーの発生を示す。薄緑色の矩形の信号はデータ収集を禁じている3.5ミリ秒間を示し、この左端が入射のタイミングに相当する。
下の写真はTOFカウンターの信号で、入射の時のノイズの大きさをモニタしているもの。黄色の信号が下向きに2つ出ているのが、入射時のノイズ。これは陽電子の入射の時のもので、1回に異なる2つのバンチに入射されている。このノイズが参照用のレベル(水色の線)を越えないように調整している。
拡大図(38KB)
 
 
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[図4]
TOF・PMT用プレアンプ。旧型改良版(上の写真の左)と新型プレアンプ(同右)。これらのプレアンプはマザーボード(16チャンネル)上で差し替えるだけで交換ができる(下の写真)。
拡大図(57KB)
 
 
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[図5]
KCGミーティング風景。
拡大図(39KB)
 
 
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[図6]
KEKB-Belleと米国SLACのPEPII−BaBar実験の積分ルミノシティーの比較を示す。KEKBは2002年夏を境に、PEPIIを追い越している。
拡大図(45KB)
 
 
 
 
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