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last update:09/04/23  

   image トップクォークの変身を追う    2009.4.23
 
        〜 小林・益川理論の最後の行列要素 〜
 
 
  2008年度ノーベル物理学賞を受賞した小林・益川理論は、CP対称性の破れの起源を説明する素粒子物理学の標準理論の重要な枠組みです。その理論はBファクトリーをはじめとする多くの実験で正しいことが検証されました。現在は、標準理論を超えた新しい物理の手がかりを探求するために、小林・益川行列の成分(下記参照)をより高い精度で測定することが粒子物理学の重要課題となっています。その一つはトップクォークが単独で生成される際の割合を測定することです。

弱い相互作用と世代間の「混合」

物理学の基本的な力には重力、電磁気力、強い力、弱い力の4種類があることが知られています。これらの力は相互作用とも呼ばれます。このうち、弱い力は原子核の崩壊や、重い粒子が軽い粒子に崩壊するときに作用しますが、クォークやレプトンの種類(フレーバー)を変えたり、世代を超えた崩壊を起こさせるのが大きな特徴です。

クォークの間に弱い力がどのように働くかを表しているのが、小林・益川行列と呼ばれる3行3列の数を並べたもので、それぞれの数(行列の要素)があるクォークが他のあるクォークに崩壊する割合を決めています。例えばボトムクォークがチャームクォークに崩壊する割合を決めている数をVcb、ボトムクォークがアップクォークに崩壊する割合を決めている数をVubという具合です。

ボトムクォークやチャームクォークのような重いクォークが軽いクォークに崩壊する際の行列要素はKEKのBファクトリー実験などで精密に調べられてきましたが、トップクォークはとても重い(陽子の約180倍)ので、これまでは限られた手段でしか測定することができませんでした。

トップクォークの対生成と単一生成

米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所の陽子反陽子衝突型加速器「テバトロン」は、現時点で世界最高のエネルギーで実験を行うことができる加速器です。この加速器を使って日本を含む国際共同で実験を行っているCDF(シーディーエフ)グループ(図1)は、1994年にトップクォーク生成の証拠を見つけ、1995年には同じテバトロンのもう一つの実験Dφ(ディーゼロ)と共にトップクォークの生成を確認しました。

加速器を使った実験で重いクォークを作り出すときには、粒子とその反粒子がペアとなって生まれてくる現象(対生成)を用いることが一般的です(図2)。ところがテバトロンのような陽子反陽子衝突型加速器などでは、陽子や反陽子に含まれるアップクォークと反ダウンクォークがぶつかる場合などを利用すると、重いクォークが弱い力で他の軽いクォークとの組で生成される場合があり、「単一生成」と呼ばれます(図3)。この生成の様子を詳しく調べると、小林・益川理論の行列要素をより精密に調べることができますが、単一生成には弱い力が関わるため、単一生成が起きる確率は対生成よりも極めて低く、これまでは観測されたことがありませんでした。

トップクォークの単一生成では小林・益川理論の行列要素でトップクォークとボトムクォークを関連づけるVtbが関係します。単一生成の割合(生成断面積)はこの数の絶対値の2乗|Vtb2に比例しているので、生成断面積を測定することでVtbの絶対値|Vtb|を決定することができます。

Vtbの現在の標準理論による予想値は1よりわずかに小さい値ですが、第4世代のクォーク、荷電ヒッグス粒子、重いW’ボソンのような新しい粒子が存在する場合には、1からのずれが大きくなるので、高精度で決定することによって、標準理論を超えた物理の手がかりが得られる可能性があります。

トップクォーク単一生成の観測

トップクォーク単一生成は生成断面積が小さいことと、その事象の信号が大量にある他の種類の事象(バックグラウンド)と混じり合うために、これまでは観測が不可能でした。トップクォークの最初の確認から14年後の2009年3月、当時の約40倍のデータ量が蓄積されたことと、バックグラウンド事象を除去する方法を改良することによって、CDF実験グループとDφ実験グループはトップクォーク単一生成の信号を観測することに成功しました。

その理由として、テバトロンの性能が上がってデータの量が増えたことや、解析の手法を改良して、信号事象とバックグラウンド事象を区別するために、最大尤度法、ニューラルネットを用いた方法など5種類の解析を行ったことなどがあげられます(図4)。この分布ともう一つのチャンネルでの解析結果を合わせると、トップクォーク単一生成が5σ(シグマ)という有意性で観測されました。言い換えれば、トップクォーク単一生成の信号がないのに見誤った確率は320万分の1となります。これによって行列要素Vtbを約10%の精度で測定することができました。同時に、Dφ実験も5σの有意性でトップクォーク単一生成を観測しました。

新粒子の探索やヒッグス探しも

CDF実験では今後2010年10月までに今回解析に用いたデータ量の約3倍のデータを収集する予定です。トップクォーク単一生成断面積の測定精度を上げることによって、行列要素Vtbの測定精度を上げることができます。

トップクォークの質量は実に大きいので、トップクォーク単一生成のみならず、その崩壊は新粒子を探索するのに大いに有効です。これらのトップクォークの物理だけでなく、質量起源のヒッグス粒子の探索をはじめとする広範な素粒子物理学の課題で成果をあげるべく、CDF実験は現在遂行中です。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CDF実験日本グループのwebページ
  http://www.tsukuba.jp.hep.net/cdfj/
→CDF実験のwebページ(英語)
  http://www-cdf.fnal.gov/
→Fermilabのwebページ(英語)
  http://www.fnal.gov/pub/presspass/press_releases/
        Single-Top-Quark-March2009.html


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[図1]
CDF (Collider Detector at Fermilab) 検出器。大きさ10m立方、総重量約4000トンの粒子検出器の中央でエネルギーが980GeVの陽子と反陽子が衝突する。衝突で生成したハドロンやレプトンなどのエネルギー・運動量を測定する。
拡大図(46KB)
 
 
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[図2]
トップクォーク対生成のファインマン図。陽子の中のクォーク(q)と反陽子の中の反クォーク(qber)が対消滅してトップクォーク(t)と反トップクォーク(tber)が生成する。グルオンの対消滅によって生成する場合も15%程度ある。トップクォーク対はそれぞれt→b+W のようにボトムクォークとWボソンに崩壊し、Wボソンは軽いクォーク対(qqber)のモードかあるいは荷電レプトン+ニュートリノ(lν)のモードで崩壊する。クォークはCDF検出器でジェットとして観測される。
拡大図(12KB)
 
 
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[図3]
トップクォーク単一生成のファインマン図。左図の チャンネル生成では陽子の中のクォーク(q)と反陽子の中の反クォーク(qber)が対消滅してトップクォーク(t)と反ボトムクォーク(bber)が生成する。右図のt チャンネル生成では陽子の中のクォーク(q)と反陽子の中のグルオン(g)が対消滅してトップクォーク(t)とクォークと反ボトムクォーク(bber)が生成する。この反ボトムクォークは超前方に生成されるので、ほとんど検出されない。トップクォークはt→b+W のようにボトムクォークとWボソンに崩壊する。Wボソンは荷電レプトン+ニュートリノ(lν)のモードで崩壊する事象で検出する。sチャンネル生成とtチャンネル生成それぞれの生成断面積の予言値は対生成の断面積の40%程度。
拡大図(39KB)
 
 
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[図4]
トップクォーク単一生成において信号事象とバックグラウンド事象を区別する変数(Super Discriminant)の分布。シミュレーションで求められたトップクォーク単一生成事象の分布を赤色で示す。他の4つの色は、それぞれ異なるバックグラウンド事象の分布を示す。データは誤差棒つきの点で示す。
拡大図(22KB)
 
 
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[図5]
CDF実験でのトップクォーク単一生成断面積の測定結果。それぞれの解析方法による結果およびすべてを合わせた結果を示す。
拡大図(48KB)
 
 
 
 
 

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