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Press release
2024.9.20
ミクロとマクロの世界を統合した視点からダークマターを解き明かす
ダークマター(Dark Matter: DM)は、とらえどころのない目に見えない物質であり、宇宙の物質量の約85%を占めています。ダークマターは、天の川のような銀河がバラバラにならずに、一つにまとまるために重要な役割を果たしています。宇宙に豊富にあるダークマターを重力以外の方法でも調べるために何十年にもわたって努力が続けられてきましたがこれまで成功しておらず、その正体は依然として科学における最大の謎のひとつです。これまでの探索提案では、ダークマターをある種の新粒子と想定し、その相互作用を仮定して観測法を考えることが普通でしたが、より一般的で広範な探索シナリオ、特にマクロな物質とミクロな物質が混在している場合のシナリオが求められています。
2015年に国際実験LIGOによって、2つの恒星質量程度のブラックホールの合体からの重力波が始めて発見され、2017年のノーベル物理学賞につながって以来、これまでにこのような事象が既に何十も検出されています。2つのブラックホールの合体からくる重力波事象がこれだけ観測されたことは、ブラックホールが宇宙にたくさんあることを示し、そこから天体起源でないブラックホールがダークマターの一部であるという考えも脚光を浴びています。特に原始ブラックホール(Primordial Black Hall: PBH)は、故スティーヴン・ホーキング博士を含む理論家によって数十年前から提案されてきたもので、ビッグバンの数秒後に多数形成されたと考えられており、従来の新粒子とは全く異なるダークマターの候補となります。しかし、これらのPBHを検出・同定し、天体由来の普通のブラックホールと区別する方法を探すことは、大きな課題となっていました。
一方で天体の重さ程度のPBHだけでダークマターを説明するのは困難であり、新粒子など複数の構成要素からなる可能性が高いと考えられています。このようなシナリオでは、PBHは、生成されたあとで、次第に周囲に粒子のダークマターのハローをまとい、「服を着た」PBHになると予想されます。しかし、そのシナリオ決定的にテストする手法は、これまでありませんでした。
今回の研究で、日本と韓国の研究者からなる国際チームは、天体由来ブラックホールの合体など、遠方での合体から放出される重力波に対して、PBHからの重力レンズによる回折現象による特異な変調パターンを見ることにより、PBHの周りのダークマターのハローを探索する革新的なアプローチを確立しました(図1、左図参照)。
提案された手法は、天体合体時に発生する重力波がブラックホールを通過する際に、重力レンズによって振幅が周波数に依存してユニークに変化することを利用するもので、これが、ブラックホールを取り囲む拡がったダークマターのハロー存在と分布に非常に敏感であることを示しました。この研究は、PBHを検出する方法を提供するだけでなく、周囲にダークマターハローがあるPBHとないPBH(それぞれ「服を着た」PBHと「裸の」PBHと呼ばれる)を明確に区別することを可能にします(図1の右図参照)。これまでに提案されてきた多くの検出アプローチでは、単独のPBHのハローの有無で決定的な違いが出る観測量を見つけることが難しかったため、画期的な発見です。今回の研究は、PBHが新粒子とともにダークマターとして共存する理論を、直接検証し、決定的に裏付けることができます。
「私たちの新しいアプローチは、さまざまな理論で示唆されているようにダークマターがマクロなブラックホールとミクロの粒子から構成されているのであれば、今後の観測で決定的な発見をする道を開くものです。これは非常にエキサイティングで、他の手法とは別の視点を与えます。」と、この研究の共著者であるKEK量子計測システム国際研究拠点(WPI-QUP)の主任研究員のヴォロディミール・タキストフ特任准教授は言います。
今回の発見は、ダークマターの組成に関する新しい視点を提供し、ダークマターを探求するための新しいツールを確立するもので、宇宙に拡がるダークマターが単一の存在としてではなく、原始ブラックホールと新粒子など、マクロとミクロの構成要素の混合物として存在する状況を探求する道を開くものです。実験的に確認されれば、宇宙初期の状況や、LIGOのような重力波検出器によって検出された重力波事象から新情報も提供し、新たな発見への道を開くことになります。
この研究は2024年9月5日、Physical Review Letters誌に掲載されました。
図1:[左図]銀河系より遙かに遠くで起こった2つのブラックホールの合体からの重力波が、「服を着た」原始ブラックホール(PBH)の重力レンズにより回折する模式図。PBHによる回折現象は、通常の幾何光学的な重力レンズ効果とは対照的に、重力波の波面を空間の広い領域で歪ませ、周波数に依存した波の増幅を生み出します。
[右図] 典型的なPBHによる各周波数での重力波の増幅率と位相のずれ。「服を着た」PBH(実線)では、低周波の回折領域で大きな変調を示し、ハローのない「裸の」PBH(破線)やPBHなしの観測(一点鎖線)の場合と区別できます。高周波数から低周波数にいくに従って、幾何光学領域(GO)、遷移領域(bGO)、弱い回折領域(WD)でそれぞれ特徴的に変化します。
図は今回の論文より転載。
論文情報
掲載誌:Journal: Physical Review Letters, 133, 101002 (2024)
タイトル: Coexistence Test of Primordial Black Holes and Particle Dark Matter from Diffractive Lensing
著者: Han Gil Choi, Sunghoon Jung, Philip Lu, and Volodymyr Takhistov
DOI: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.133.101002
関連リンク
高エネルギー加速器研究機構(KEK)からのプレスリリース:
https://www.kek.jp/ja/press/202409201400qup