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加速器研究施設トピックス 2016/10/5

高周波加速空洞のブレークダウンの瞬間を「見た」!

現在、SuperKEKB加速器のフェーズ2運転に向け、陽電子ダンピングリング(Damping Ring;以下、DR)加速器の建設が最終段階に入りました。以前、DR用の高周波加速空洞実機1号機の完成についてご紹介しました(加速器研究施設トピックス 2013/9/5)。今回は、実機2号機の大電力試験で得られた興味深い結果についてご紹介します。高周波加速空洞には超伝導タイプ(極低温で運転)と常伝導タイプ(室温で運転)がありますが、ここでは常伝導タイプのみを考えます。また、以下では、高周波加速空洞を単に空洞と呼びます。

 

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< 図1 >SuperKEKB /陽電子ダンピングリング用の高周波加速空洞。左図(a)は、実機2号機。右図(b)は、空洞(真空)領域を青色で示した模式図。

 
図1(a) にあるのが実機2号機です。2号機は1号機と全く同じ構造で、本体は最高純度の無酸素銅(クラス1)でできています。その内部は図1(b)にあるような円柱状の「空洞」(運転時は超高真空状態)となっている金属製共振器であり、DR加速器の心臓部となります。そこに、共振周波数 508.9 メガヘルツ(MHz)の大電力高周波を連続投入し、図2にある加速モード電磁界(専門用語を使うと TM010 モード)を励振します。

 

(a) 電界
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(b) 磁界
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< 図2 >加速モード(TM010)の電磁界。左図(a)は電界ベクトル、右図(b)は磁界ベクトルのアニメーション。電磁界の強度は任意スケール。

 
DR用空洞の場合、投入した高周波電力は加速モード電磁界の励振等に使われ、空洞からの反射波は殆どありません。この加速モードでは、ビームが通る中心軸(図1(b)で示したビーム軸)上で最も高い電界が発生し、それによりビーム粒子である陽電子(電子の反粒子)を蹴って加速します。1個の陽電子が空洞を1回通った時に得る運動エネルギーの最高値が1電子ボルトの時、空洞あたりの加速電圧(以下、空洞電圧)は1ボルト(1 V)であると言います。DR加速器の運転時には、空洞電圧 0.70 メガボルト(0.70 MV = 0.70×106 V)が必要です。DR用空洞のハードウエア仕様としては空洞電圧 0.80 MV、テストスタンドでの最高記録は 0.95 MV です。参考までに、大容量の発電所から1次変電所へ送電する際の電圧は 0.275〜0.5 MVです(但し、周波数は 50 または 60 Hz)。対応する加速勾配(加速電界)は、空洞のギャップ長が 25.6 cm であることから(図1(b)参照)、例えば空洞電圧 0.80 MV の場合は 0.80 MV / 0.256 m = 3.1 MV/m となります。

 

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< 図3 >空洞電圧 0.90 MV (加速勾配:3.5 MV/m)の加速モードを励振した場合の空洞端板(左図(a))表面上の電界(中央(b))、及び、磁界(右図(c))の強度分布。白色の破線内領域は、TVカメラで見える範囲。

 
DR用空洞の本体は、図3(a)にある円形の空洞端板2枚と1個の円筒を接合して製作しました。ここで、空洞端板の表面に対して、その接合前に、電解研磨と呼ばれる表面処理を施し、表面を平滑にしました。その時の仕上げ表面粗さは約 0.2 μm(平均)で、508.9 MHz における銅の表皮効果の深さ(約 3 μm)よりも十分小さくなりました。大電力高周波を空洞内部に投入して加速モードを励振すると、空洞端板の表面は高い電磁界にさらされます。空洞電圧が 0.90 MV(加速勾配:3.5 MV/m)の場合の表面電磁界のシミュレーション結果を図3(b),(c)に示しました。表面電界は、最も高いところで 13 MV/m になります。これは、高電界下で金属表面原子がイオン化する現象である電界蒸発の発生する電界強度(数GV/m = 109 V/m)に比べれば、2桁も低いものです。しかし、それでも大電力運転中、大局的な真空放電が発生し、空洞へ高周波を投入出来なくなる(入力した高周波が全反射する)現象が起こります。これを空洞ブレークダウンと呼びます。空洞は、単位時間あたりに発生する空洞ブレークダウンの回数(以下、空洞ブレークダウン率)が低ければ低い程、高い性能を持っていることになります。空洞ブレークダウン率は空洞電圧に強く依存し、空洞電圧が少しでも高くなると急上昇します。従って、要求される空洞電圧(または、加速勾配)が高ければ高い程、空洞の開発・製造は難しくなります。ここで特に問題なのは、空洞ブレークダウンを引き起こす源と仕組み(以下、空洞ブレークダウン・トリガー・メカニズム)が未だわかっていないことです。世界で様々な研究が行われていて、幾つかの関連する重要な発見はありましたが、空洞ブレークダウン・トリガー・メカニズム自体の発見には至っておりません。つまり、空洞の原理的な性能限界は見えていないのです。

実機1号機では、空洞電圧 0.80 MV にて、初回のRFコンディショニング後としては十分低い空洞ブレークダウン率(30.5時間に1回)であることをテストスタンドでの試験で実証しました(参考文献[1])。実機2号機では、1号機と同程度の空洞ブレークダウン率であることを実証するとともに、空洞ブレークダウン・トリガー・メカニズム解明への糸口を掴むべく、その大電力試験中に空洞内部、特に高い加速モード電磁界にさらされる空洞端板の表面をTVカメラで常時・直接観察する新しい手法を試みました。まさに「百聞は一見にしかず」です。しかし、空洞端板の表面を観察するには、(DR加速器の運転時にビームが通る)ビームポートの穴(図3(a)参照)を通して反対側の空洞端板を見なければなりません。しかし、ビーム軸上にTVカメラを設置すると、暗電流によりTVカメラはすぐに壊れてしまいます。そこで、図4にあるように、ビーム軸上にミラーを置き、TVカメラはビーム軸から離れた所に設置するための特殊なミラー容器を2台製作、上流側と下流側のビームポートに取り付けました。

 

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< 図4 >ビームポートを通して空洞端板の表面を観察するためのミラー(左図(a))、及び、その格納容器(中央(b))。TVカメラは、右図(c)にあるように、ミラー格納容器の上端面にあるビューポートに設置。

 
さらに、空洞側面にもTVカメラを取り付けました。図5は、3台のTVカメラのセットアップ模式図です。

 

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< 図5 >3台のTVカメラのセットアップ模式図。右図(b)は、空洞中心を通る水平面で左図(a)を切った断面図。黄色領域は、それぞれのTVカメラの視野範囲。

 
このように3方向から空洞内部を観察することにより、2枚ある空洞端板のどちらで異常発光があったかを判定出来るようになります。空洞ブレークダウンが発生すると、スキップバックレコーダが、その5秒前から1秒後の間の映像を自動的に保存し、漏れなく空洞ブレークダウン時の映像を記録しました。記録映像のフレーム率は毎秒30フレームです。空洞ブレークダウンの検出には、空洞からの反射波レベル(空洞ブレークダウン発生時は全反射)、及び、加速モード電磁界の検波波形を用いました。実機2号機の大電力試験(以下、本試験)では、合計205回の空洞ブレークダウンを検出しました。

大電力運転中の空洞ブレークダウンの瞬間、空洞内ではどのような現象が起きているのでしょうか? 2枚の空洞端板間には高電圧がかかるので、稲妻のような激し現象ではないかと想像されます。実際、TVカメラで観測した映像の中で、図6にあるような閃光や巨大フラッシュといった「派手」な事象がありました。しかし、その回数は少なく、205回の全空洞ブレークダウン事象中の22事象(約10%)しかありませんでした。

 

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< 図6 >空洞ブレークダウンの瞬間の映像例その1。TVカメラ3で空洞端板の表面を観察中、左図(a)では、火球が走ったような閃光が発生し(空洞電圧 0.89 MV 時)、右図(b)では、巨大な放電が発生(空洞電圧 0.89 MV 時) 。それぞれの映像ファイルはこちら→(a)(b)

 
それでは、どのようなタイプの事象が最も多かったのか? それは、図7にあるようなスポット型の局所的爆発現象(以下、スポット型爆発)で、81事象(約40%)ありました。スポット型爆発は、何もない空洞端板の表面上で突然、局所的な爆発が起こり、その瞬間、空洞ブレークダウンが発生した事象です。爆発のスピードが速いものは1フレームにしか写っていませんでしたが、遅いスピードの爆発では数フレームから数十フレームにわたって写っていたものもありました。この爆発現象の動的メカニズムは不明で、非常に興味深い現象です。

 

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< 図7 >空洞ブレークダウンの瞬間の映像例その2 (空洞電圧 0.56 MV 時)。空洞端板のスナップショットである上の3図(a)〜(c) 中の挿入図は、赤枠領域の拡大図。下図(d)は、その赤枠領域内の輝度の時間変化(ゼロ秒が空洞ブレークダウンの瞬間)。映像ファイルはこちら

 
次に多かった現象は、大電力運転中に連続的・安定的に発光していた輝点が突然爆発し、その瞬間に空洞ブレークダウンが発生した現象で、51事象(約25%)ありました。その例を図8に示します。

 

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< 図8 >空洞ブレークダウンの瞬間の映像例その3(空洞電圧 0.95 MV 時)。空洞ブレークダウンの瞬間の1フレーム前(30分の1秒前)とその瞬間(上図(a)と(b))、及び、空洞ブレークダウンから復帰後の定常状態のスナップショット(上図(c))中の挿入図は、赤枠領域の拡大図。下図(d)は、その赤枠領域内の輝度の時間変化(ゼロ秒が空洞ブレークダウンの瞬間)。映像ファイルはこちら

 
輝点の爆発後、再度大電力高周波を投入しても、その場所に輝点は現れません。まさに超新星爆発の如きです。輝点が爆発して消えるので、当然、輝点の個数は減っていきます。
図9は、本試験の初め頃、中頃、終了直前における空洞端板上の輝点の様子です。いずれも空洞電圧 0.90 MVで安定的に運転している状態です(空洞ブレークダウン時ではありません)。

 

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< 図9 >本大電力試験中における空洞端板上の輝点の様子の変化(全て空洞電圧 0.90 MV 時)。

 
輝点の個数が減り、暗くなっていく様子がわかります。空洞の大電力運転中に、空洞内表面にそのような輝点が(加速モード電磁界に影響を与えずに)長時間存在することは昔から知られていましたが、輝点が空洞ブレークダウンの源になることは、今回の観察で初めて実証されました。輝点の形状や材質(銅、それとも、ゴミ粒子?)は不明です。これも興味深い研究対象です。

今回、大電力試験中に高周波加速空洞の内部を常時・直接・多方向から系統的に観察することにより、『加速モード電磁界によって引き起こされる空洞ブレークダウンの瞬間の視覚的イメージとして何が主要であるか』を実験的に世界で初めて示しました。これにより、空洞ブレークダウン・トリガー・メカニズムの解明研究の新しい方向性が見えてきました。本研究成果は、学術雑誌フィジカル・レビューに掲載されました(参考文献[2])。現在は、SuperKEKB加速器のフェーズ2運転に向けた準備を進めるとともに、高性能TVカメラを用いたさらに高度な研究に取り組んでおります。

 
参考文献(学術論文等)
[1] 阿部哲郎、竹内保直、影山達也、坂井浩、吉野一男:「SuperKEKB陽電子ダンピングリング用高周波加速空洞の大電力試験」、第10回日本加速器学会年会(2013年8月)発表論文:SAP057 (15MB PDF).
[2] T. Abe, T. Kageyama, H. Sakai, Y. Takeuchi, and K. Yoshino, "Breakdown Study Based on Direct In-Situ Observation of Inner Surfaces of an RF Accelerating Cavity during a High-Gradient Test", Physical Review Accelerators and Beams 19, 102001 (2016).
プレプリント:KEK Preprint 2015-25 (25MB PDF)
・第11回日本加速器学会年会(2014年8月)における発表論文(英語):SAP050 (10MB PDF)
・国際真空放電研究会(MeVArc 2015@フィンランド)における発表スライド(13MB PDF)
・国際高電界加速研究会(HG2015@清華大学(中国・北京))における発表スライド(18MB PDF)

〜 記事提供 : 加速器第三研究系 阿部 哲郎氏〜

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