- トピックス
和光原子核科学センター・短寿命核グループの庭瀬暁隆博士研究員が”RIBF Users Group Thesis Awards”と日本放射化学会奨励賞を受賞
2022年9月25日
和光原子核科学センター・短寿命核グループの庭瀬暁隆(としたか)博士研究員が”RIBF Users Group Thesis Awards”と日本放射化学会奨励賞を受賞しました。
庭瀬研究員の研究テーマは超重元素・超重核と呼ばれる原子番号104番を超える元素です。元素は現在までに118番まで合成・発見がされています。超重元素は自然界に存在しないため、加速器実験により核の合成がされ、識別・同定がされてきました。超重核の合成には、鉛やビスマスを用いた冷たい融合反応による合成と、アクチノイド標的を用いた熱い融合反応による2つの合成方法があります。冷たい融合反応によって作られた超重核は、α崩壊連鎖の既知核への到達から、合成核種の識別が行われてきました。しかし熱い融合反応の場合は崩壊連鎖が既知核へ辿り着く前に自発核分裂をしてしまいます。このような場合、異なった反応系で親核と娘核を別々に生成し、それらの崩壊特性の比較により合成核種の識別を行う、交差反応と呼ばれる方法で核種の同定を行います。しかしながらこの手法による核種の同定は、複合核の脱励起チャンネルが中性子放出チャンネルしか開いていない、つまりは合成された核種の原子番号は入射核と標的核の組み合わせによって一意に決まるという仮定に基づいたものです。今後、119番・120番と更なる新元素の探索が進行していくうえで、直接的に原子核の原子番号と質量数を識別する手法の開拓が期待されてきました。
庭瀬研究員の所属する和光原子核科学センター・短寿命核グループは、精密な質量測定によって核種の識別を行おうと研究を進めてきました。そもそも原子番号が大きな超重元素ではクーロン斥力が大きく、単純な液滴模型では存在が許されないため、その結合エネルギー(すなわち原子核質量)の系統的な研究が極めて重要です。また、原子核質量は核種固有の物理量であるため、その精密な測定から核種の一意な識別が可能となります。これまでに様々な重核の精密質量測定がされてきましたが、直接測定に成功した最も重い核種はドイツGSIのペニングトラップ装置によって測定された、103番元素のローレンシウム同位体でした。ペニングトラップは原子核を磁場中にトラップし、その共鳴周波数を測定する手法で、非常に高精度での質量測定が行えますが、一度の測定には複数個のイオンが必要であるため、超重元素同位体のように生成反応断面積が小さく半減期の短い核種の測定は極めて困難でした。
和光原子核科学センター・短寿命核グループの和田道治教授らによって開発された不均一高周波電場を用いたガスセル装置と多重反射型飛行時間測定式質量分光器(MRTOF)は、数十ミリ秒の測定時間で、単一原子での質量測定を可能とするため、唯一実現性の高い装置でありましたが、一日に数イベントしか期待できない超重元素の測定においては背景事象の効果的な抑制が必須でした。そこで鍵となったのが、庭瀬研究員が中心となって開発したα-TOF検出器です。これは飛行時間を測定するイオン検出器に放射線検出用の半導体検出器を組み合わせたもので、ある飛行時間を刻んだイオンが、そこでα崩壊した時までの遅延時間とα線エネルギーの双方と相関をとって測定することを可能とする画期的な検出器です。庭瀬研究員は九州大学大学院生として検出器の開発、線源を用いた性能評価や加速器を用いたオンライン試験を主導しました。検出器の絶対電位を負の高電圧に置く必要があったため、半導体検出器の信号を高圧に浮いた前置増幅器で処理して光通信で接地に搬送する構造も庭瀬研究員が考案し、実現させました。これらの技術論文は既に論文として出版されています。
α-TOF検出器の最初の加速器実験は、207Ra同位体の核異性体の研究です。これは飛行時間信号単独では分離が難しい核異性体準位を、崩壊エネルギーと半減期の双方の相関を取ることによって分離し、基底準位の質量と異性体準位の励起エネルギーを測定することに成功したものです。庭瀬研究員の提案とα-TOFの開発により、精密質量測定と核分光測定を融合した全く新しい核分光の測定手法が開拓されました。
庭瀬研究員の博士課程での集大成とも言える超重元素ドブニウム同位体の測定においても、実験準備から解析まで庭瀬研究員が主導となって行いました。そしてドブニウムおよびその娘核の崩壊事象と相関した11個の飛行時間信号を背景事象から選り分け、その質量を1ppmの高精度で決定しました。これは、超重元素の質量を直接測定した世界初の成果であり、超重元素研究の新しい里標となる研究を成し遂げたものと高く評価されています。
庭瀬研究員は検出器の開発から、それを応用した新しい核分光研究の開拓と、世界初となる超重元素の直接質量測定といった一連の研究を「First direct mass measurement of superheavy nuclide via MRTOF mass spectrograph equipped with an α-TOF detector(MRTOF とα-TOF 検出器を用いた超重核の直接質量測)」という表題の博士論文をまとめ、理学博士の学位を取得しました。一連の成果は3報の投稿論文として出版され、放射化学討論会においても3度の若手優秀発表賞を受賞しています。
この博士論文が評価を受け、理化学研究所 仁科加速器科学研究センター RI ビームファクトリー (RIBF) 施設にて実施した実験、あるいは関連する理論研究について博士号を取得した人で、特に大きな成果をあげた若手研究者に授与される賞である“RIBF Users Group Thesis Awards”の受賞となりました。
これらの研究は庭瀬研究員の九州大学大学院での成果ですが、同時に放射化学およびその関連分野で将来の発展が期待される優れた研究業績をあげた若手研究者を評価し、奨励することを目的とする賞である日本放射化学会奨励賞の対象にもなり、受賞テーマ「精密質量と崩壊事象の相関測定法の開拓による超重元素の直接質量測定」として同賞を受賞しました。