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新物理発見に迫るミューオンg-2研究の最新情報

【追記情報】8月16日、今年7月までMuon g-2実験共同代表を務めていたシニア研究者のBrendan Casey氏(FNAL)から今回の実験結果へのコメント、J-PARCでのミューオンg-2/EDM実験へのメッセージを追記しました。

2023年8月10日(米国中部時間)10時、日本時間8月11日未明、フェルミ国立加速器研究所(FNAL)から、ミューオンg-2(異常磁気能率)の最新実験結果が発表されました。

異常磁気能率とは、素粒子が持つ磁石の強さのうち、量子効果に起因するものです。標準理論に基づき、極めて精密に理論計算することができますが、未知の粒子や力が存在すれば、その効果が顕著に現れ、とりわけミューオンで観測しやすいと考えられています。ミューオンのg-2の場合、20年前よりその測定値と理論値に大きなずれが見られており、2021年FNALにて従来の方法で行った測定結果においても、20年前の実験と矛盾しないという結果が報告されました。ミューオンg-2を精密に測定することにより、標準理論を超える「新物理」の兆候を探ることができると世界中の素粒子物理学分野の研究者が注目しています。

今回のFNALの結果について

FNALは2021年の最初の結果発表以降さらに測定・解析を行い、新しいミューオンg-2の測定結果を発表しました。今回は、前回より実験データが増えた結果、約2倍の精度で前回の発表と矛盾のない値となることが明らかになりました。測定精度は0.20 ppm(1千万分の2)であり前人未到の精度を達成しました。

その間、素粒子標準理論の計算値にも進展がありました。新しい研究手法やデータに基づく計算値の検証と高精度化が進んでいます。より高精度の計算値を得るためには、解決しなければならない新たなパズルも見つかりました。現在、これらの理論計算結果を統一的に理解する研究が進んでいます。

FNALプレスリリース:
Muon g-2 doubles down with latest measurement, explores uncharted territory in search of new physics (fnal.gov)
(タイトル訳:ミューオンg-2実験、最新測定で精度が倍に 新物理探求で未知の領域に挑戦)

J-PARCで進めるミューオンg-2/EDM実験

KEK素粒子原子核研究所では、茨城県東海村にある大規模陽子加速器施設J-PARCを舞台に、FNALとは異なる独自の方法でミューオンg-2研究を進めています。これまでもB中間子でのCP対称性の破れ、ニュートリノ振動、ヒッグス粒子発見など、複数の実験で検証することで確定してきたように、ミューオンg-2にずれが見られるのであれば、測定値に問題はないのか、FNALとは独立の手法で検証するべきです。

J-PARCで準備を進めているミューオンg-2/EDM実験(代表:三部勉・素核研教授)は世界初の独自技術でミューオンを冷却(減速)したあと、改めて加速します。これにより、レーザーのように非常に絞られた高輝度なビーム(低エミッタンスビーム)を実現し、FNALで行ってきた実験装置の20分の1のサイズのコンパクトな実験装置を用いて、測定や解析手法を刷新して超精密測定を行うことが出来ます。

素粒子には、磁石の強さのほかに、電気双極子モーメント(EDM)と呼ばれる電気的性質があります。粒子の中で電荷の偏りがある(あるいは粒子が球対称ではない)場合はゼロではないことになりますが、標準理論では極めて小さいと予想されています。EDMが見つかれば時間反転の対称性を破る物理法則が成り立つ証拠となります。また、g-2の値がずれていれば、EDMが大きい可能性があり、g-2のずれの原因を探る上でもEDMの探索は重要です。g-2/EDM実験では、EDMの測定に適した測定器を設置し、より感度よくEDMを探すことが出来ます。

ミューオンg-2/EDM実験は、つくばキャンパスのSuperKEKB/Belle II実験と連携して新物理発見に挑みます。g-2の標準理論計算に間違いがないか、Belle II実験からも必要なデータを取得し、計算精度をあげていきます。さらに、Belle II実験で見えている標準理論からのずれとミューオンg-2のずれが同じ原因である可能性があり、2つの実験でずれを確定できれば、背後にある物理法則を明らかにすることができ、新物理発見の糸口になります。

2028年実験開始を目指して、現在J-PARCにてミューオン冷却試験を行っています。並行して、J-PARC陽子加速チームとSuperKEKB電子加速チームが協同して直線加速器の開発を行っており、KEK超伝導低温工学センターは蓄積磁石・磁場測定装置の開発を進めています。また、KEKつくばキャンパスでは電子ビームを使った螺旋入射実証試験や、KEK機械工学センターの協力を得て陽電子飛跡検出器を開発しています。

最後に、今年7月までMuon g-2実験共同代表を務めていたシニア研究者のBrendan Casey氏(FNAL)から今回の実験結果へのコメント、J-PARCでのミューオンg-2/EDM実験への期待を込めたメッセージをもらいましたので、ここに紹介します。
Brendan Casey氏は9月13日に素粒子原子核研究所の招聘セミナーの講師として登壇していただく予定です。

■今回の実験結果へのコメント
“This result comes close to making the final statement about what we can do with a large storage ring. We’ve almost eliminated all the systematic uncertainties we were worried about.”
和訳:今回の結果は、(ミューオンの磁力を測定する)大型蓄積リングを使用して何ができるか、最終的な見解に近づいてきたことを意味します。私たちは心配していたほぼすべての系統的な不確かさを取り除くことができました。

■J-PARCで行うg-2/EDM実験へのメッセージ
“The one problem with our result is it shares many fundamental assumptions with the Brookhaven experiment because it uses the same techniques.  The J-PARC g-2/EDM experiment is very exciting because it will be the first time in decades that a collaboration tries to make this measurement with new techniques.”
和訳:我々の結果の問題点は、ブルックヘブン国立研究所で行ってきた実験と同じ手法を使っているため、多くの基本的な仮定や考え方がブルックヘブンでの実験と共通していることです。J-PARCのg-2/EDM実験は、この数十年で初めて新しい手法でこの測定を試みる共同実験であり、非常にエキサイティングなものです。

ミューオンg-2/EDM実験

世界10カ国から約110人の研究者が携わり、J-PARCでミューオンのg-2およびEDMの超精密測定を行う実験です。g-2は先行実験によって理論予想値からの乖離が示唆されており、J-PARCでこれを検証します。世界初のミューオンの冷却・加速装置、従来と比べて20分の1の大きさの蓄積磁石を用いて、1千万分の1の精度でg-2を測定することを目指しています。

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