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記者サロンを開催しました 「ミューオンg-2実験の最新結果を徹底解説」
2023年9月3日
米国のフェルミ国立加速器研究所(FNAL)から8月10日午前10時(米国中部時間)に、ミューオンg-2(異常磁気能率)の最新実験結果が発表されました。
高エネルギー加速器研究機構(KEK)は8月18日にオンラインで記者サロンを行い、FNALにおける実験の最新結果について、詳しく解説しました。加えて、KEK素粒子原子核研究所が、大強度陽子加速器施設J-PARCを舞台に進めているミューオンg-2/EDM実験の概要や、独立した他の実験でg-2の実験値を測定する意義、Belle II実験と連携した今後の展望についても説明しました。
当日は、J-PARCミューオンg-2/EDM実験代表の三部 勉(みべ つとむ)素核研教授と、Belle II実験に携わる石川 明正(いしかわ あきまさ)素核研准教授が説明し、14媒体、27名のメディア関係者に参加いただきました。
異常磁気能率は、素粒子が持つ磁力のうち、量子補正(※1)に起因するものであり、未知の粒子や力が存在すれば、その効果が顕著に現れ、とりわけミューオンで観測しやすいと考えられています。FNALのミューオンg-2実験の最新測定結果は、2021年の最初の結果発表以降さらに測定・解析を行い、前回より実験データが増えた結果、約2倍の精度で前回の発表と矛盾のない値となることが明らかになりました。測定精度は0.20 ppm(1千万分の2)であり世界最高の精度を達成し、2020年の標準理論の計算値に比べ、誤差の5.0倍大きいという結果になりました。FNALは2025年を目途に、最終結果を発表する予定です。
その間、素粒子標準理論の計算値にも進展がありました。2020年以降、理論計算に関連する新しい研究結果がいくつか発表され、中には理論予想値と実験値との乖離が小さいという結果もあり、これらの理論計算結果を統一的に理解し検証する研究が進んでいます。
※1 量子補正とは、素粒子の相互作用において現れる量子力学の高次の効果を正確に取り入れるための補正です。
KEK素粒子原子核研究所では、J-PARCを舞台に、FNALとは全く独立した手法でミューオンg-2の精密測定を目指す国際共同実験の準備を進めています。これまでもB中間子でのCP対称性の破れ、ニュートリノ振動、ヒッグス粒子発見など、複数の実験で検証することで確定してきたように、ミューオンg-2にずれが見られるのであれば、測定値に問題はないのか、FNALとは独立の手法で検証するべきです。J-PARCで進めるミューオンg-2/EDM実験では、ミューオンを冷却、加速してコンパクトな蓄積磁石にミューオンを蓄積する新しい手法により、g-2とEDMを同時に超精密測定します。もしJ-PARCの実験でg-2の標準理論の予想値と実験値の間のずれが決定的となれば、そこから新粒子や新しい力といった、標準理論を超える新物理の兆候を掴む事ができると期待されています。現在、2028年度からのデータ収集開始を目指して、施設の上流部分を建設し、ミューオンの冷却と加速の実証試験など段階的な整備・試験を行っています。
Belle II実験と連携した今後の展望
今回の記者サロンでは、Belle II実験と連携した今後の展望についても詳しく説明しました。今回のFNALの結果は標準理論を超える新理論(新物理)での新粒子の可能性を示すものでした。KEKで進めるBelle II実験では、世界最高の衝突性能のSuperKEKB加速器を用いて、その新粒子の直接探索のほか、ミューオンg-2の標準理論内での理論予言を改善する測定も行います。記者サロンでは、Belle II実験でミューオンg-2が指し示す新粒子を探索する新物理候補として「第5の力」について紹介しました。ミューオン、タウ、ニュートリノにしか結合しない力で、「Zプライムボゾン(ゼットプライムボゾン)」と呼ばれる、現在の標準理論には含まれていない仮説上の粒子が存在すると考えられています。この粒子はミューオンg-2のズレを生じさせている可能性があります。
そのほかの新物理候補として、アクシオン類似粒子についても説明しました。この粒子は超弦理論からも予言されており、ミューオンと光子と結合し、ミューオンの磁力を高めていると考えられています。どちらもBelle II実験で、将来的にすべてのデータを用いることにより、発見につながる領域の絞り込みが可能です。
ミューオンg-2の理論予言
また、ミューオンg-2の理論予言の改善については、まずミューオンg-2と近年の新しい研究の関係から説明しました。標準理論は電子陽電子衝突からハドロンを生成する実験の結果をもとに計算しています。(図中②)しかし、近年の新しい研究との比較では、一部のスーパーコンピューターによる計算(図中③)とは合わないという結果が出されました。これはロシア・ノボシビルスクのブドカー原子核物理学研究所が発表した新しい実験CMD-3に基づく理論予言(未出版)(図中④)とも一致しています。従来の理論予想と新たに打ち出された理論予想とどちらの値が正しいかBelle II実験で測定し検証していきます。
参加したメディア関係者からは、J-PARCミューオンg-2/EDM実験で用いる、ミューオンを冷却、加速する手法やBelle II実験での新物理探索について質問が寄せられたほか、ミューオンg-2の理論予想値のズレについて質問が挙がりました。いくつかご紹介します。
ミューオンg-2の理論値について、スーパーコンピューターを使った計算とはどのようなものか?
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スーパーコンピューターを使った計算は格子QCD計算と呼ばれており、計算に使用するパラメータはなく、理論値だけを使った計算方法です。原理的には計算機で計算すれば正しい結果が出せるので、実験値の誤差などは生じません。一方で、まだ発展途上な面もあります。例えば、現実世界は常に連続的な四次元の空間がありますが、コンピューター上で表現するのは不可能なため、便宜的に格子状に分割して物理現象をシミュレーションする方法で計算します。格子のサイズを無限に小さくする事は出来ず、ある程度有限の格子サイズにするため、誤差が生じることが分かっています。こういった誤差をどれだけ小さく出来るのかが最前線の研究対象になっています。研究を進めるグループはいくつもありますが、今のところ、電子陽電子衝突と同程度の精度で結果を発表したグループは一つだけです。(三部)
ロシアで行われた実験CMD-3の電子・陽電子衝突実験の結果が、明らかに他と違う理由は何か?
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CMD-3実験の前に行われたCMD-2実験の結果とも明らかに異なるため、研究者コミュニティでも驚きがありました。実験に関わったロシアの研究者にCMD-2との違いを聞きましたが、違いを確かめるために必要なCMD-2の解析ソフトが失われてしまったため、検証を行うことが出来ないようです。我々が進めているBelle II実験で同様の測定を行い、CMD-3の実験に基づく値と世界平均とどちらの値が正しいか検証したいと思っています。(石川)
新物理の候補として「第5の力」は暗黒物質と結合する可能性があるという話だったが、これが存在し、発見された場合、暗黒物質の正体に繋がるのか?
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Belle II実験で作るZプライムボゾンから崩壊して作られる暗黒物質はZプライムボゾンの質量の半分より軽いことが分かります。また、仮定の部分は入ってしまうが、宇宙にある暗黒物質の密度はすでに天文学の研究で分かっているので、天文学との整合性を調べて一致するようであれば、暗黒物質かどうかが判明すると考えられます。(石川)
理論値を正しく求めるのが難しいのはなぜか?ミューオンと相互作用する全ての粒子の反応を計算すれば出るのではないか?何が分かれば、理論値の精度が上がるのか?
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物理量を計算する上で、強い相互作用に起因する誤差が一番問題です。強い作用の理論は、計算式で表すことが出来ません。力が強すぎて摂動計算と言われる、展開して計算する手法が使えません。スーパーコンピューターを使って計算するか、実験データを使うかのどちらかの手法になりますが、どちらの方法も誤差が生じます。その誤差を小さくすることが研究精度をあげる上でのポイントになります。(三部)
g-2/EDM実験にて、シリカエアロゲルで冷やすという説明のイメージがつかなかった。画像にあった穴にミューオンが挟まるのか?ミューオンは寿命がとても短い。その超短時間の中で冷やして加速させ、測定するのか?
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ミューオンが実際に止まるのは、穴の周りにあるシリカの部分。そこにミューオンが止まって漂いながら穴から外側に湧き出るイメージです。ミューオンの寿命は短いので、すばやく冷やすことが重要です。(三部)
理論計算にズレが見えているハドロン効果の計算では、Theory Initiativeのホワイトペーパーとスーパーコンピューターによる別の手法による計算の値が食い違った。2025年までにハドロン効果含めて理論値の統一見解を整えていくことになるのか?
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ホワイトペーパーには考え得る全ての効果は含まれています。格子QCD、スーパーコンピューターを用いた手法は、これをさらに検証しようという趣旨で始まったことですが、最初に出てきた結果は理論予想とはずれたところに値が現れました。他のチームが同じところに計算結果を出すのか、ホワイトペーパーに近い結果を出すのか注目されており、2025年には決着がついていると予想しています。Belle II実験でも、2024から2025年の間に、従来の理論予想と新しい結果のどちらが正しいか言えると考えています。(三部)