ニュース

おとなのサイエンスカフェ特別編「実験物理学者のトリセツ」開催

10月27日(金)、KEK素粒子原子核研究所(素核研)が主催する、おとなのサイエンスカフェ特別編「実験物理学者のトリセツ」を開催しました。

素核研では、素粒子、原子核という極微な世界から広大な宇宙までの幅広い分野に対して、理論および実験の両側面から総合的研究を行っており、この世で最も小さい素粒子を研究することでこの世で最も大きい宇宙の謎の解明に挑み続けています。

今回は特別編として、山内正則KEK機構長が登場。ファシリテーターに毎日新聞論説委員の元村有希子氏を招いて、通常のおとなのサイエンスカフェよりも規模を拡大して行いました。

前半は、「オズマ問題」と呼ばれる、素粒子物理学者にとって実験的にも理論的にも重要な問題について山内機構長が紹介し、後半は元村氏がリードして、今回のサイエンスカフェのテーマでもある、実験物理学者としての山内機構長に迫る対談を行いました。

遠く離れた星の知的生物に「右」を伝えるには?

「オズマ問題」とは、遠く離れた星の知的生物に我々がどちらの方向を「右」と呼んでいるかを伝えることはできるか?という問題で、ルールは「電波を使った電話で情報を伝えるだけ」です。私たちが普段どちらを「右」と呼ぶかを伝える場合は、「お箸を持つ方の手が右」「心臓のあるほうが左」といった形で伝えることができますが、そういった共通の認識がない相手に対する場合はどうしたらよいでしょう。山内機構長は、電流と磁場の向きが解決の糸口になると説明しました。しかし、磁場にはS極とN極が存在します。相手がどちらをS極と区別しているのかが分からないと左右の区別はつきません。そして、物理法則のほとんどは左右対称であり、電磁気力、核力、重力も左右対称です。ただ一つの例外が、原子核のベータ崩壊などを引き起こす力で、原子核から放出される電子はN極に出やすいことが分かっています。

左右の対称性が異なるため、この力を使えば、S極とN極を定義することができ、左右も区別できるといいます。ところが、ここでまた別の問題が起こります。物理法則では「物質」と「反物質」が同時に存在しうるといいます。私たちの住む宇宙は物質で構成されていますが、遠く離れた星は反物質で構成されているかもしれません。そうなると、S極とN極は入れ替わってしまいます。「我々がどちらを物質と呼び、どちらを反物質と呼んでいるか」を伝えなければ左右を伝えることはできません。これに対して、物質と反物質で物理法則に違いがあること、すなわち「CP対称性の破れ」があれば、オズマ問題は解決できるだろうと山内機構長は説明しました。

138億年前に宇宙が生まれた頃には物質と同じだけ反物質があったと考えられますが、現在の宇宙には反物質は見つかりません。反物質だけが消えたということは、物質と反物質の物理法則に違いがあったと言えます。また、反物質が消え去っていなければ、私たちも存在できなかったはずです。このように、オズマ問題は実は私たちの存在にも関係してくるのです。ただ、どのCP対称性の破れがこの宇宙の物質を作っているのかはまだ分かっていません。山内機構長は「我々の一番大きな研究テーマはどういう物理現象をもってCP対称性の破れが現れたのか、ということをきちんと調べて解決することだ」と述べて、第1部のオズマ問題を締めくくりました。

実験物理学者のトリセツ

後半は元村氏の進行で対談を行いました。クォークが関係する素粒子現象に現れたCP対称性の破れを解決した「小林・益川理論」の提唱から、今年が50年の節目であることに元村氏が言及してスタートしました。小林・益川理論は、当時まだ3種類しかなかったクォークが6種類あればCP対称性の破れを説明できるとした理論です。2008年に小林誠、益川敏英両博士にノーベル物理学賞が贈られました。そして、この理論を実証したのが、KEKのBelle(ベル)実験と米国SLAC国立加速器研究所で行われていたBaBar(ババール)実験です。山内機構長は当時のBelle実験を主動する立場であり、過酷な競争であったと振り返りました。

ここからは対談形式で紹介します。

(元村氏)なぜ、山内機構長は実験物理学者、いわゆる実験屋になろうと思ったのですか?

(山内)若かりし頃、チャームクォークの発見があり一般紙でも大きく取り上げられるほどの話題でした。その当時の新聞記事に、高名な学者のコメントが載っており、「これは大変素晴らしい結果だが、加速器を使った素粒子実験はこれで終わりだろう」と書かれていました。これ以上加速器を作っても限界だというわけです。悲観的な発言であり、加速器研究には進むべきではないと思っていたのに、この言葉が逆に気になり、結局いつからか加速器を使った素粒子実験に携わるようになっていました。

(元村氏)実際には小林・益川理論が提唱されてから、どんどんクォークが見つかったわけですよね。

(山内)ある意味良い時代だったと思います。

 

(元村氏)実験屋というと、作業服を着ているイメージです。

(山内)今でこそネクタイをしていますが、私もかつては作業服を着ていました。KEKに来てもらえば、作業服を着た研究者をたくさん見かけると思います。

(元村氏)当時は、実験をしていて小林・益川理論の実証に近づいていく実感はあったのでしょうか?

(山内)実験初期は実験データのばらつきがあるため、粒子と反粒子に違いがあるかどうか分かりませんでしたが、データ量が増えていくうちにその違いが見え始めてくると実証に近づいていると期待が高まってきました。

 

(元村氏)小林・益川理論を実証する頃に使われていたKEKB加速器/Belle測定器を改良してスーパーBファクトリーを作ったわけですが、今は何を目指しているのですか?

(山内)小林・益川理論では説明できていない、CP対称性の破れの起源を見つけたいと思っています。この施設を使ってさまざまな物理量を調べています。

(元村氏)これから始まる実験についてもお聞きしたいです。ハイパーカミオカンデ実験について教えてください。

(山内)ハイパーカミオカンデ実験は、スーパーカミオカンデの約8倍大きなタンクを使います。茨城県東海村にあるJ-PARCから約300キロメートル先の岐阜県飛騨市神岡町に向けてニュートリノを地中に飛ばします。ニュートリノの性質が途中で変わることはこれまでの研究結果から分かっていますが、現在我々が関心を持っているのは、ニュートリノと反ニュートリノで物理現象に違いがあるかどうかということです。宇宙になぜ物質だけあって反物質がないかという大きな問題に迫ることができると期待しています。

(元村氏)楽しそうですね。実験屋さんの醍醐味(だいごみ)というのは、「狙った獲物がきちんと現れてくる」ということかなと話を聞いて感じました。

(山内)確かに獲物に近づいていく感覚は大きな魅力ですね。

(元村氏)一方で実験屋というのは、ある理論を実証することが目的で、理論が先にあって、実験屋はそのサポートのように感じるのですが。

(山内)正直に申し上げると、小林・益川理論が間違っていたらと願っていました。理論の予想とは異なる実験結果が出ることの方が絶対に面白いと。私の同僚もそう思っていたと思いますよ。

(元村氏)理論屋さんと切磋琢磨して競い合っているということですね。現在も理論を覆しそうな実験はあるのでしょうか?

(山内)実験データがたくさん集まれば集まるほど真実に近づいていきます。その過程では、もしかすると理論の否定につながる大発見ではないかという事象も出てくるものです。大抵は理論の予想通りの結果になることが多いのですが、そういうことを期待しながら実験をしています。

対談はここまで。

最後に山内機構長から科学と技術について話題を提供しました。「科学と技術は『科学技術』と一語で表されることが多いのですが、実は、科学と技術はとても離れています。『技術』は、その価値を測る評価値は外にあります。つまり、どれだけ経済効果を産むか、人の生活に役立つか、という尺度が外にあるということです。一方、科学の価値を測るものさしは科学の中にしかありません。よい科学かどうかの答えも科学の中にしかないと考えています。科学の説明に対して、それはどう役に立つのですか?とよく質問されます。科学はすぐに経済効果につながるわけではありませんが、人間の潜在的な能力を高めることにつながっています。今すぐには役に立たないことでも100年後の世界では欠かせないものになっている可能性もあります。」

 


対談のあとはたくさんの方から質問の手が挙がりました。

参加した方からは「小林・益川理論を実験で証明するプロセスやその時の感情についての話」や「山内機構長の科学と技術に対する話」が特に印象的だったとの感想が多く寄せられました。

おとなのサイエンスカフェは金曜日の夜、大人の特権である美味しいお酒やおつまみを楽しみながら、極微なサイエンスの話を楽しんでもらうことを趣旨に企画したもので、今後もシリーズで開催する予定です。

 

これまでのおとなのサイエンスカフェのアーカイブ を素核研のYouTubeチャンネルで随時公開しています。下記のリンクから視聴できます。

素核研YouTube

第1夜おとなのサイエンスカフェ「素粒子で宇宙の謎に挑む」

第2夜おとなのサイエンスカフェ「J-PARCで探る 宇宙、物質の謎」

 

 

 

関連リンク

ページの先頭へ