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多摩六都科学館開館30周年記念講演会「巨大加速器LHCで探る宇宙 -Phantom of the Universe-」を開催しました

3月23日(土)に、KEKと多摩六都科学館の共催による講演会「巨大加速器LHCで探る宇宙 -Phantom of the Universe-」を開催しました。本講演会は2018年から開催しており、今回で5回目になります。多摩六都科学館のプラネタリウムドーム「サイエンスエッグ」で行い、小学生から大人までの合計78名が参加しました。

講演会では初めに、スイスのジュネーブ近郊にある欧州合同原子核研究機関(CERN)が作成した、プラネタリウム用大型映像「Phantom of the Universe」を上映しました。CERNでは、世界最大の粒子加速器LHCを使って世界最高エネルギーで陽子と陽子を衝突させ、誕生直後の宇宙を支配していた素粒子やその現象を研究する素粒子実験を行っています。「Phantom of the Universe」では、LHCなど世界最先端のさまざまな装置を用いて正体不明の物質「暗黒物質」の正体を探る実験などが紹介されています。

「Phantom of the Universe」上映後は、KEK素粒子原子核研究所の戸本 誠(ともと まこと)教授による講演「巨大加速器LHCで迫る素粒子と宇宙の謎」を行いました。LHC加速器には4つの衝突点があり、そのひとつに日本グループが参画するATLAS検出器が設置されています。ここでは、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子の性質を調べる研究や新粒子の探索など多種多様な素粒子研究をする、LHC/ATLAS実験が行われています。戸本教授は2006年からこのATLAS国際共同実験に携わっています。ATLAS実験には、42の国と地域、185の大学・研究所から約3000人の研究者が参加しています。

戸本教授は、最初に素粒子と素粒子にはたらく力について説明しました。また、クォークとレプトンと呼ばれる素粒子には世代があることにも言及しました。物質の構成要素であるアップクォーク、ダウンクォーク、電子は第1世代と呼ばれています。これらの素粒子と性質がほぼ同じ素粒子が、さらに第2世代、第3世代まで存在しています。世代ごとに質量が異なり、どんどん重たくなります。また、力を伝える粒子でも、光子やグルーオンは質量を持たない素粒子ですが、弱い力を伝えるWやZボゾンには質量があります。2012年7月にLHC実験で発見された粒子がこれらの素粒子に質量を与えるヒッグス粒子であることが分かりました。

では、質量とは何でしょうか。質量は「動かしやすさ」「動きにくさ」の指標であると戸本教授は説明しました。一般に、宇宙に広がる真空には何もないと思われていますが、素粒子物理学者は、真空はヒッグスの海で満たされていると考えています。ヒッグスの海がどのように素粒子に質量を与えているか、戸本教授はパーティ会場のイラストを使って説明しました。もし、たくさんの人でにぎわうパーティ会場に、有名人が現れたとすると、その人の周りにはたくさんの人がまとわりついて身動きがとりづらくなるでしょう。このようにヒッグスの海がまとわりついて、動きにくくなることで素粒子が質量を得ると考えることができます。動きにくい素粒子ほど、質量が大きくなります。

次に、戸本教授は、ヒッグス粒子を加速器でどのように観測するのか説明しました。粒子を衝突させて、ヒッグス粒子が現れるほどのエネルギーを作り出して捉えようとしますが、ヒッグス粒子は安定には存在せず、すぐに他の素粒子に姿を変えてしまいます(これを崩壊と呼んでいます)。そのため、ヒッグス粒子が崩壊した先の粒子を検出器で捉えて調べます。ヒッグス粒子は質量の大きな素粒子に崩壊しやすいことが分かっているので、そうした性質の粒子を調べることでヒッグス粒子を見つけ出すことができます。このような方法を使ってLHC実験でヒッグス粒子を発見しました。

LHC加速器は地下100メートル、周長27キロメートルの巨大な円形加速器です。どのように粒子を加速して、粒子と粒子を衝突させるのか、戸本教授は迫力のある映像を用いて説明しました。2500個ほどの陽子の塊(バンチと言います)が加速器の中を周回しますが、1つのバンチには約1千億個の陽子が詰まっています。1秒間に4千万回の陽子バンチをそれぞれ時計回り、反時計回りで交差させており、これまでに約3京回の陽子衝突を実現しています。陽子衝突によって発生した素粒子反応から、崩壊した粒子をATLAS検出器のセンサーで捉えてデジタル化し、その信号を計算機で処理します。膨大なデータの中から研究者が興味のあるものだけを抽出し、世界中の計算機とネットワーク技術を駆使したグリッドコンピューティングを使ってデータ解析を行い、新粒子の兆候がないか探っています。

ATLAS検出器は、直径22メートル、長さ43メートル、総重量7000トンという巨大な検出器で、さまざまな検出器で構成されています。それぞれの検出器の特徴を生かして粒子を捉え、粒子の種別の同定ができるほか、エネルギーや運動量を測ることができます。ATLAS日本グループは13の大学、研究機関からなり、国際協力の枠組みで加速器だけではなく、検出器の開発や建設、そして実験時の運転、物理解析に至るまで重要な役割を担ってきました。それにより、ヒッグス粒子発見をはじめとするさまざまな物理成果を出しています。

2010年からLHC/ATLAS実験を始めて、現在は第3実験期間にあたります。第1実験期にヒッグス粒子を発見し、第2実験期では色々な粒子の崩壊を調べることで、ヒッグス粒子とW、Z粒子や、第3世代素粒子の質量との関係性が分かってきました。今後は、ヒッグス粒子とチャームクォークやミューオンなどの第2世代素粒子との関係性も精度よく測っていくこと、また、ヒッグス粒子自体がヒッグスの海でどのような振る舞いをしているのかなど、謎の多いヒッグス粒子の性質をさらに明らかにしようとしています。

戸本教授は、力の統一についても説明しました。素粒子物理学者は、宇宙が始まった時には、物質に働く基本的な力はひとつで、宇宙が膨張して冷える過程の中で、現在知られている4つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)に分岐したのではないかと考えています。これまでも、物理学は力の統一の歴史であると戸本教授は説明しました。ヒッグス粒子の発見によって、質量の違いで電磁気力と弱い力の強さが異なるだけで、同じようにこれらの力を扱うことができることが分かりました。つまり、電磁気力と弱い力の統一的理解ができたということです(電弱統一)。今後は、強い力も統一する「大統一」、さらに重力も統一する「超統一」の理解を目指して、研究者は超対称性粒子をはじめとする新しい素粒子を探しています。素粒子にはスピン(回転)の性質があると考えられています。17種類の素粒子とは、スピンの性質が違う、超対称性粒子の存在が示唆されています。戸本教授は超対称性粒子を見つけることで、力の統一についての理解が進むだろうと説明しました。

さらにLHCを使った暗黒物質探索についても説明しました。超対称性粒子の一部はニュートラリーノと呼ばれる粒子で、これが暗黒物質の有力な候補だと考えられており、これらが発見できれば暗黒物質の正体の解明に繋がると期待されています。LHC実験は、陽子と陽子の衝突頻度を大きく高めた高輝度化(HL-LHC)を進めており、2029年のHL-LHC実験開始を目指して加速器や検出器をアップグレードさせる予定です。日本グループはそのための検出器や回路のアップグレードに貢献しています。

戸本教授は、最後に、LHC実験といった高エネルギー加速器で誕生直後の宇宙を支配していた素粒子を直接観測するエネルギーフロンティア実験では、ヒッグス粒子の解明のほか、未知の粒子の発見や力の統一に迫る研究をしており、その研究を進めていくためには次世代の若い研究者が物理だけでなく、加速器や測定器などの技術開発にも興味を持ってもらうことが必要だと話し、ぜひ一緒に研究をしましょうと呼びかけて講演を締めくくりました。

会場からは「なぜ素粒子実験には1000人以上の研究者が必要なのか」「ダークマターの正体が分かるのにどのくらいかかるのか」「素粒子物理学の研究者になるためにはどのような進路に進めばよいのか」「直線型加速器(リニアコライダー)とLHC加速器の違いは?」などといった質問が挙がりました。

また、アンケートには参加者全員(関係者除く)が回答し、ほぼ全ての方がイベントに対して高い満足度を示しました。「難しい話を分かりやすく説明してくれて理解が深まった」「素粒子や力の統一への関心が高まった」「研究現場の話が聴けて良かった」などの感想も多く書かれていました。

今年は多摩六都科学館の開館30周年にあたります。今回の講演会も30周年記念イベントのひとつとして開催したものです。これからも多摩六都科学館と連携してイベントを企画していきます。

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