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素粒子実験へ応用可能な超精密ダイヤモンド検出器を産総研と共同開発

素粒子原子核研究所(素核研)と産業技術総合研究所(産総研)で素粒子実験に応用可能なダイヤモンド検出器の共同開発が進められています。

今回、ダイヤモンドをピクセル状(微細化)にし、電子回路をつけて一体化させたダイヤモンドピクセルセンサーを開発し、電子を正しく読み出すことに成功しました。この、世界でも例を見ない画期的なダイヤモンドピクセル検出器の共同開発について、素核研 測定器開発センターエレクトロニクスシステムグループ(E-sys)の岸下 徹一(きしした てついち)准教授、田内 一弥(たうち かずや)先任技師と、産総研 先進パワーエレクトロニクス研究センターの梅沢 仁(うめざわ ひとし)上級主任研究員、大熊ダイヤモンドデバイス株式会社プロセス開発部の川島 宏幸(かわしま ひろゆき)部長に話を聞きました。

出会いは福島第一原子力発電所での廃炉事業

2020年に立ち上がった日本原子力研究開発機構(JAEA)のプロジェクト「遮へい不要な臨界近接監視システム用ダイヤモンド中性子検出器の要素技術開発」は、福島第一原子力発電所での廃炉事業(以下、福島廃炉事業)として、未臨界モニターの重要な要素である、中性子検出器の要素技術を確立するというもので、JAEAと高エネルギー加速器研究機構(KEK)のほか、北海道大学、名古屋大学、九州大学、産総研との共同研究によって行われました。岸下さんや梅沢さんらはこのプロジェクトで出会い、素粒子実験にも応用できるダイヤモンドピクセル検出器を作ろうという話が出ました。

(梅沢さん)長年にわたりダイヤモンドプロセス研究をしてきました。さまざまな応用先がある中で、素粒子実験への応用は、分からなかったことが分かるようになる、という人類の夢を実現させることに繋がることで、とても興味を持ちました。

-ダイヤモンドは検出器にどのように使用されるのですか?

元素周期表の第14族元素:ダイヤモンドを構成する炭素は、半導体となるゲルマニウムやシリコンと同じ第14族元素に属します。

元素周期表の第14族元素:ダイヤモンドを構成する炭素は、半導体となるゲルマニウムやシリコンと同じ第14族元素に属します。

(梅沢さん)ダイヤモンドは半導体検出器の一種として使います。半導体の歴史でいうと、素材は周期表の第14族元素をゲルマニウム、シリコン、シリコンカーバイドと、軽い方へ遡っています。一番軽いのが炭素で、その結晶がダイヤモンドですので、半導体の最終的な材料はダイヤモンドだと言われています。ダイヤモンドを使った応用例には、高温の中で大電流を流すという非常に過酷な環境下で使用したこともあります。

 

-福島廃炉事業で開発した検出器をどのように応用するのですか?

(岸下さん)福島廃炉事業用と今回の素粒子実験用の検出器では耐放射線性が高いことは同じですが、目的が違います。福島廃炉事業用は中性子がどれくらい来ているかを調べるための検出器で、今回は大強度陽子加速器施設 J-PARCで行う素粒子実験COMET(※)用の検出器として、陽子がどれくらい来ているのか、どれくらいパルス状に陽子がまとまっているかを調べたい。放射線の種類が違うと信号の大きさが全然違います。中性子はものすごい量の信号を電子回路を使って処理すればいいのですが、陽子や電子はダイヤモンドを突き抜けたときに落とす比較的小さな信号を増幅する低雑音な電子回路が必要になります。まずはダイヤモンドが素粒子実験での用途に合うかどうか確認しているところです。測定は田内さんが担当しています。今回動作確認のため、とても雑音の少ない回路を付けピクセル化した検出器を開発し、電子が出てくる放射線源を使って信号を正しく検知することに成功しました。

日本はダイヤモンドのプロセス研究において世界をリード

ダイヤモンド検出器に関しては、産総研のほか、北海道大学でダイヤモンドを半導体チップとしてどれだけ微細に加工できるかという、最先端のプロセス研究が進められています。梅沢さんがCTO(Chief Technology Officer: 最高技術責任者)を務める大熊ダイヤモンドデバイス株式会社(北大・産総研スタートアップ企業)では、高温(300度)、高放射線下(3メガグレイ)で動作が確認できたダイヤモンドFET (Field Effect Transistor: 電界効果トランジスタ)や、これを搭載した世界初の信号増幅回路を作るなど、最先端の技術開発を行っています。素子の組成に影響する欠陥となる電極を一つ一つくり抜いて取り除く作業をすることでダイヤモンドを使った検出器の性能を高めていると言います。

 

-ダイヤモンドが非常に硬いことは良く知られていますが、放射線への耐性にも優れていることはあまり知られていないのでは?

(岸下さん)硬いということは、エネルギーの高い粒子(放射線)が大量に当たっても壊れにくいということです。物質的に非常に安定していることが大きな利点です。ダイヤモンドを検出器として使うこと自体は新しいことではなく、欧州合同原子核研究機関(CERN)で行っている、LHC/ATLAS実験のビームモニターとして2015年から使われている例があります。

(梅沢さん)ダイヤモンドはシリコンの100倍放射線に強いので、高い放射線の環境でもずっと使い続けることが出来ます。一方で、ダイヤモンドが出す信号の量は小さいので、センサーとして考えたときは信号処理の面で不利になります。炭素だけの結晶であるダイヤモンドに、不純物などの欠陥があると信号がさらに弱くなります。高エネルギー粒子がダイヤモンドを通過し、信号となる電子が回路に向かうときに、欠陥があるとそれに捕獲されて回路まで到達しなくなってしまう。欠陥と言っても表面や界面、材料中にある欠陥などさまざまあって、それぞれの欠陥がどれくらいまで許容できるのか、どのように影響を小さくできるか検証しています。これはパワー半導体デバイスの研究を行っていたときの知見が役に立っています。

 

- ダイヤモンド検出器開発で一番時間がかかるところは?

実物のダイヤモンドピクセル検出器。左下透明ケース中央の白い部分がダイヤモンドピクセルセンサー。裏面に電極を配置している

実物のダイヤモンドピクセル検出器。左下透明ケース中央の白い部分がダイヤモンドピクセルセンサー。裏面に電極を配置している

(岸下さん)回路設計にはかなり時間がかかります。一つの回路を作るのに、信号の量に合わせて、どのくらいの性能が必要かということを議論して決めて設計します。半導体の会社に製造してもらったICチップをダイヤモンドに付け合わせ、信号として読み出せるか試験をするので、ダイヤモンドと回路それぞれの性能が非常に大事になってきます。

ダイヤモンドピクセルセンサーは読み出し回路とダイヤモンドが合わさる面をピクセル状の電極にしており、電極一つ一つが独立しています。ピクセルの電極を回路とダイヤモンド側で一対一につなぐことにより、放射線が来た時に、反応した場所がわかります。逆にピクセル状になっていないと、分割されていないので信号を捉えた場所が区別できません。今回岸下氏らは、ダイヤモンドをピクセル状にし、専用の超低雑音の電子回路をつけて一体化させ、イメージャー(放射線や素粒子といった目に見えない粒子の通った場所を可視化する)を開発しました。これまでも一枚の大きい素子で放射線を検出した結果はありますが、1ピクセルが270µmの電極を12×12個配置し、各ピクセルセンサーから放射線の信号を検出できたのは、世界で初めてのことです。

-ダイヤモンドをどのくらい薄くしたのですか?

(梅沢さん)ダイヤモンドの厚さを100µm(髪の毛1本の半分)という薄さにしています。とにかくダイヤモンドを割らないように慎重に扱いました。ダイヤモンドを薄くすることで欠陥の影響が少ない検出器を作ることができますし、放射線損傷による影響も小さく抑えることができます。またCOMET実験で使用する場合は、検出器を通過する1次陽子ビームの邪魔をしないためにセンサーは薄い必要があります。

 

究極の半導体としてのダイヤモンド

学生の頃からダイヤモンドの性能に注目し、これまで25年、ダイヤモンドプロセス研究の第一線で取り組んできた梅沢さんは、究極の半導体はダイヤモンドだと言います。

(川島さん)高い放射線を浴びせてもダイヤモンドはそのままですが、他の材料は壊れてしまったというケースもあります。

(梅沢さん)なので、ダイヤモンドで回路そのものを作ろうという研究も行っています。効率的に製作できるようになれば、究極の半導体と言われるダイヤモンドを有効に活用できるようになります。ダイヤモンドは要求がクレイジーであればあるほど、その威力を発揮します。現在、福島第一原子力発電所での廃炉作業に利用可能なダイヤモンド半導体の開発や、過酷事故でも生き延びるエレクトロニクスの研究開発に取り組んでいます。

 

-今回、ダイヤモンドピクセルセンサーから放射線の信号を捉えることに成功しました。これから取り組むことを教えてください。

(岸下さん) 今後は、COMETをはじめとした実際の物理実験で使用するための検出器システムにダイヤモンドセンサーや信号処理回路を組み込んでいければと思います。とりあえずセンサーの方はかなり性能的に進展しているので、今度はダイヤモンドセンサーからの微小信号を増幅したりするためのエレクトロニクスの開発に力を入れていこうと思います。ここはE-sysグループの得意な分野になります。

今回のような検出器の基礎研究は全て自分たちで進めているので研究していて非常にエキサイティングなのですが、その次の段階としてはやはり実際に使ってみたいという想いがあります。僕自身の研究のモチベーションも、自分たちの手で作った検出器で新しい物理を発見してみたいというところにあるので、今後も産総研との共同研究を継続して、物理実験で使ってもらえる形になるまで取り組んでいきたいと思います。

 

※COMET実験について

COMET(COherent Muon to Electron Transition)実験は、J-PARCを舞台にミューオンという素粒子を使って新しい物理法則の発見を目指す国際共同実験です。 100兆回に1回程度というごく稀な確率でミューオンがニュートリノ を出さずに電子に変化する事象 、「ミューオン-電子転換過程」を探索しています。素粒子の標準模型の枠内では、ミューオンはニュートリノ2つと電子に崩壊するか、原子核に捕獲されてニュートリノを放出し、いずれの場合も世代ごとのレプトンの数(レプトンフレーバー数)は反応の前後で変化しません。これを「レプトンフレーバー数の保存」と言います。しかし、「ミューオン-電子転換過程」はミューオンがニュートリノを出さずに電子に転換するものでこの保存則が破れており、見つかれば標準模型では説明のつかない新現象と言えます。

(最終更新日:2024年6月19日)

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