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LHC加速器実験にブレークスルー賞:強い相互作用をする新粒子の発見を紐解く

米グーグルの創業者らが出資するブレークスルー財団が主催する自然科学の国際的な学術賞「ブレークスルー賞」が2025年4月5日(日本時間4月6日)に発表され、基礎物理学部門で、欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で行われているALICE、ATLAS、CMS、LHCbの国際共同実験(コラボレーション)が受賞しました。プレスリリース

前回に引き続き、この記事では受賞に繋がった研究成果を紐解きます。

今回のブレークスルー賞では、LHCb実験に関連して、物質と反物質のわずかな違いの測定と、新しいハドロンの発見とその精密測定が授賞理由に挙げられています。


物質と反物質のわずかな違い

LHCb実験や、KEKで行われているBelle II実験での主要な研究はフレーバー物理と呼ばれるもので、弱い相互作用の研究を通じた標準理論の研究と、標準理論を超える新物理の探索を行っています。中でも、物質と反物質のわずかな違いに関する研究は、宇宙生成の謎にかかわる重要なものです。

 

反物質を構成する反粒子は、物質を構成する粒子と同じ質量を持ち、電荷などが互いに打ち消し合うよう逆の符号を持ちます。例えば、電子の反粒子の陽電子は、電子と同じ質量で、正の電荷を持ちます。ビッグバンで生成された高温の宇宙が冷えていくにつれ、粒子と同数の反粒子が生成されたと考えられます。ところが、現在の宇宙に存在する天体は全て粒子(物質)で形成されていることから、何らかの理由で反粒子はなくなってしまったと考えられます。したがって、粒子と反粒子の間には何か性質の違いがあるはずで、この違いをCP対称性の破れと呼びます。

図1   Belle実験が発見したB中間子のCP対称性の破れ。特定の崩壊をする際にB中間子と反B中間子で崩壊までの時間分布が異なっている。図は2012年に発表されたBelle実験の全データを利用した結果。[PRL 108, 171802 (2012)]

図1 Belle実験が発見したB中間子のCP対称性の破れ。特定の崩壊をする際にB中間子と反B中間子で崩壊までの時間分布が異なっている。図は2012年に発表されたBelle実験の全データを利用した結果。[PRL 108, 171802 (2012)]

1973年に小林誠博士と益川敏英博士がCP対称性の破れを説明する小林益川理論を提唱しました。これは、クォークが6種類以上存在すれば、弱い相互作用でCP対称性の破れが起こるという理論で、クォークが3種類しか広く知られていなかった当時としては画期的な理論でした。1995年までに6種類のクォークが発見されたあと、小林益川理論について研究したのが、1999年からはじまったKEKのBelle実験と、米国SLAC国立加速器研究所のBaBar実験です。Belle実験とBaBar実験は、ボトムクォークを含むB中間子を電子と陽電子の衝突で大量に作り、2001年に図1のようなB中間子のCP対称性の破れを発見したのです。これにより、小林益川理論が検証され、小林・益川両博士は2008年にノーベル物理学賞を受賞しました。

B中間子のCP対称性の破れの発見のあともBelle実験とBaBar実験によってCP対称性の破れの研究が続けられました。LHCb実験がこれをさらに推し進めました。LHCb実験では、Belle実験などでは研究が難しいBs中間子(ストレンジクォークを含む)のCP対称性の破れを発見したほか、チャームクォークを含むD中間子でもCP対称性の破れを発見しました。2025年には、ボトムクォークを含むバリオンでも発見しています。現在の課題は、小林益川理論が現実の観測と一致するように定められる数値を精密に測定し、小林益川理論以外の効果でCP対称性の破れがないかを調べる、すなわち標準理論を超える新物理を探索することです。

LHCbは、ボトムクォークを含むハドロンの様々な崩壊を用いて、精密測定を行っています。2019年に本格的に運転を開始したBelle II実験でも、LHCb実験では測定が難しい中性粒子(中性K中間子、中性π中間子、光子など)を含む崩壊などで測定を進めています。今後、LHCbとBelle II実験によって、標準理論を超える新物理の発見を目指してさらに研究が進展することが期待されます。

強い相互作用をする新粒子の発見

新しいハドロンは、Belle実験 (およびBaBar実験) により図2のように2000年代初頭から次々に発見され、その後LHCb実験などによりさらに数多く発見されてきました(図3)。この中には「エキゾチックハドロン」と分類される、それまで知られていなかったタイプの新粒子が多数含まれています。

 

私たちの身の回りの物質を構成する素粒子は6種類のクォークと6種類のレプトンであることが知られています。このうち電子などのレプトンは単体で存在できますが、クォークは単体では存在できず、クォークがいくつか集まったハドロンという状態で存在します。例えば、原子核を構成する粒子の一つである陽子は、アップクォーク2個とダウンクォーク1個でできたハドロンです。ハドロンの中のクォークは、「強い相互作用」によって閉じ込められており、ハドロンの中から取り出すことはできません。

 

このハドロンには、陽子や中性子のようにクォーク3個(または、反陽子のように反クォーク3個)が集まったバリオンと呼ばれる仲間と、π粒子のようにクォークと反クォークが1個ずつ集まったメソン(中間子)と呼ばれる仲間が知られています。1970年代に確立した「強い相互作用」を記述する理論である量子色力学(QCD)では、クォークまたは反クォークが4つ以上集まったハドロンも理論上は存在してよいにもかかわらず、長年にわたってそのような粒子が存在する証拠は発見されておらず、バリオンとメソンだけがハドロンである、という状態が続いていました。

 

ところが、2003年になり、Belle実験が、それまで知られていなかった新しいハドロン状態の粒子X(3872)をB中間子の崩壊の中に発見しました。X(3872)は、その質量から少なくともチャームクォークと反チャームクォークを含んでいると考えられましたが、チャームクォークと反チャームクォークだけからなるチャーモニウム状態としてこの粒子をうまく説明することが難しく、クォークと反クォークが合わせて4つ集まった新しいハドロンでないかと考えられました。この発見を皮切りに、Belle実験、BaBar実験のほか、米国フェルミ国立加速器研究所のCDF実験およびD0実験や中国高能物理研究所のBES-III実験などで精力的にハドロンの探索が行われ、多くの新しいハドロン状態が発見されるとともに、発見された粒子の性質が測定されました。発見された粒子の中には、理論的に存在が予言されていたメソンやバリオンもありましたが、エキゾチックハドロンと呼ばれるメソンやバリオン以外のハドロンの候補もありました。なかでも、2007年にBelle実験が発見したZc(4430)+は、チャームクォークと反チャームクォークを含んでいながら電荷をもつ粒子であることから、クォークと反クォークが4つ集まったエキゾチックハドロンの一種であることが確実になりました。

 

2010年代になってLHC加速器が稼働すると、LHCのフレーバー物理実験であるLHCb実験を中心に、さらに探索が進みました。LHCb実験は高いエネルギーでの陽子衝突で生成されるハドロンを探索できるので、質量の大きな粒子の探索が得意であり、2015年のクォークと反クォークが合わせて5つ集まったペンタクォークの発見など、数多くの新粒子を発見しました。現在、KEKで行われていたKEKB加速器とBelle実験は、SuperKEKB加速器とBelle II実験として、アップグレードして再開しています。Belle II実験では電子・陽電子衝突型加速器を用いた実験のクリーンな環境を生かし、今後、さらにデータを蓄積して新しい粒子を見つけようとしています。

 

これらのエキゾチックハドロンの実験的探索は、強い相互作用の理論であるQCDの理解を深め、その正しさを検証する上で重要な入力情報となります。強い相互作用の計算は難しいのですが、スーパーコンピューターを用いた格子QCDという手法で理解が進んでいます。今後、さらなる新しいハドロンの発見やその性質の詳しい測定と格子QCDなどの理論的手法を合わせて、エキゾチックハドロンの実体の解明が進むことが期待されています。

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