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おとなのサイエンスカフェ第13夜「ニュートリノで宇宙から消えた反物質の謎にせまる」を開催しました

6月27日(金)、おとなのサイエンスカフェ第13夜「ニュートリノで宇宙から消えた反物質の謎にせまる」をつくばセンタービル co-enで開催しました。

 

KEK素粒子原子核研究所(素核研)では、素粒子、原子核という極微な世界から広大な宇宙まで、理論および実験の両面からの研究を行っており、この世で最も小さい素粒子を研究することでこの世で最も大きい宇宙の謎の解明に挑み続けています。

 


今回のサイエンスカフェでは、素核研の坂下 健(さかした けん)教授が話し手となり、「なぜこの宇宙に物質だけが残っていて反物質がないのか」という謎の解明に向けて、ニュートリノのCP対称性の破れが重要な鍵であること、そしてその現象を捉えるために行われているニュートリノ振動実験について詳しく解説しました。

 

はじめに、素粒子であるニュートリノについて解説しました。宇宙空間では、光と同じくらいの数のニュートリノが存在しており、太陽からも大量に降り注いでいます。他の多くの素粒子は電荷を持っていますが、ニュートリノは電気的に中性です。また、質量を持つことは分かっているものの、他の素粒子に比べると約100万分の1と非常に軽いです。なぜこれほどまでに軽いのか、その理由はいまだ解明されていません。しかし坂下教授は、このニュートリノこそが「物質と反物質の謎」を解く鍵になると語りました。

なぜ宇宙には反物質が存在しないのか

宇宙の始まりには、物質と反物質は同じだけあったと考えられています。ところが、現在の宇宙には反物質は見当たりません。これは私たち自身の存在にも関わる、極めて重要で、未解決の謎です。

反物質を作る「反粒子」は、通常の粒子と質量は同じですが、電荷の符号が逆です。粒子と反粒子が出会うと、互いに打ち消し合ってエネルギーに変わる「対消滅」が起こります。私たちのような物質が宇宙に存在できているのは、反物質がほとんど存在しないからです。

この原因の一つとして注目されているのが、「CP対称性の破れ」と呼ばれる現象です。CP対称性とは、粒子と反粒子とで同じ物理法則であることを意味しますが、実際には、このCP対称性がわずかに破れていることが知られています。すでにクォーク(陽子や中性子の構成要素)ではCP対称性の破れは見つかっており、ノーベル賞にもつながっています。とはいえ、クォークでこれまでに見つかっているCP対称性の破れだけでは、宇宙から反物質が消失した原因を説明するには不十分です。そこで期待されているのが、ニュートリノにおけるCP対称性の破れです。

ニュートリノでCP対称性をとらえる

坂下教授は、もしニュートリノでもCP対称性の破れが確認されれば、60年ぶりの大発見になるといいます。その発見を目指して、ニュートリノが別の種類のニュートリノに変化する「振動」という現象を使った実験が進められています。

2010年から開始したT2K(Tokai to Kamioka)実験では、人工的にニュートリノを生成し、ニュートリノ振動を観測しています。2013年には世界で初めてミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの振動を観測しました。その後、ニュートリノと反ニュートリノの振る舞いの違いを調べる測定を始めました。2020年には、ニュートリノにおけるCP対称性の破れの兆候を捉えて、科学雑誌『Nature』に掲載されるなど、世界から注目を集めました。

CP対称性の破れを明確にさせるためには、さらに多くのデータが必要です。また、ニュートリノ自体の性質をより深く理解することも求められています。そのため、現在は加速器や測定器の大規模な高度化が進められており、2028年からは次世代実験である「ハイパーカミオカンデ」計画が始まる予定です。ハイパーカミオカンデは、現在稼働中のスーパーカミオカンデの約8倍の有効質量を持ち、それだけ多くのニュートリノを検出できると期待されています。

また、ニュートリノを作る側の施設であるJ-PARC(大強度陽子加速器施設)でも、ビームの収束効率の向上をはじめとする各種改良を行い、ニュートリノビームを増強しています。さらに、ハイパーカミオカンデに合わせて、世界初の可動式水チェレンコフ検出器の建設も始まろうとしています。この装置は、さまざまな深度でニュートリノを捉えることで、異なるエネルギーのニュートリノを測定することを可能にします。このように、これまで蓄積してきた実験のノウハウと革新的なアイデアを活かして装置を高度化し、T2Kからハイパーカミオカンデへと発展させることで、60年にわたって未発見だった新たなCP対称性の破れの発見に挑もうとしています。

最後に、坂下教授に夢を聞きました。

「ニュートリノのCP対称性の破れの発見は、夢ではなく「目標」だと信じています。一番ワクワクするのは、今まで誰も見たことのない新しいことが分かる瞬間です。2013年のT2K実験の成果発表や、2012年のヒッグス粒子発見が発表された国際会議に参加した際、海外の研究者たちの熱狂に触れた感動を、もう一度味わいたいと思っています。

この宇宙には、まだ分かっていない謎がたくさんあります。なぜ反物質が消えたのか、ダークマターやダークエネルギーの正体は何か。ニュートリノが他の素粒子に比べて極端に軽い理由は不明です。研究を通じて新たな発見に立ち会い、あの時のワクワク感を再び感じることが、私の夢です」

 

参加者からは、「ニュートリノで是非CP対称性の破れを確信できるデータを獲得してほしいです」「実験に対する熱意が伝わりました」など感想をもらいました。

当日の様子は素核研YouTubeにアーカイブ動画を公開する予定です。

素核研チャンネル – YouTube


おとなのサイエンスカフェは金曜日の夜、大人の特権である美味しいお酒やおつまみを楽しみながら、極微なサイエンスの話を楽しんでもらうことを趣旨に企画したもので、今後もシリーズで開催する予定です。

次回のおとなのサイエンスカフェは、2時間の拡大版をお届けします。

おとなのサイエンスカフェ第14夜拡大版

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