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七夕講演会「宇宙のなぞを解き明かせ!~宇宙の始まりに起きたこと」を開催しました
2025年7月23日
7月6日、七夕講演会2025「宇宙のなぞを解き明かせ!~宇宙の始まりに起きたこと~」を開催しました。本講演会はKEKと公益財団法人つくば科学万博記念財団(つくばエキスポセンター)が毎年開催しているイベントで、全国同時七夕講演会に登録されています。
今回の七夕講演会では、素粒子原子核研究所(素核研)理論センター特任助教の小幡 一平(おばた いっぺい)氏と素核研および量子場計測システム国際拠点(WPI-QUP)准教授の長谷川 雅也(はせがわ まさや)氏が講演を行いました。エキスポセンター2F「創造の森“ワンダーラボ”」の会場には、子どもから大人まで立ち見を含め約70人が集まりました。
宇宙のインフレーションがもたらすもの
最初の講演では、小幡氏が宇宙の始まりと構造の成り立ちについて、インフレーション理論をもとにわかりやすく解説しました。冒頭では、宇宙のスケール感を体感してもらうために映像を用い、私たちが暮らす宇宙がいかに広大であるかを紹介しました。宇宙はおよそ138億年前、ビッグバンによって始まったと考えられています。なぜビッグバンが起きたのか、そのエネルギーはどこから来たのか。この謎は、宇宙が「インフレーション」と呼ばれる、極短時間で極急激な膨張を経験したと考えることで説明することができます。小幡氏は、インフレーションを「わずか10マイクロメートルほどの大きさの空間が、ほんの一瞬で10万光年規模にまで膨張した」と例えて紹介しました。この急激な膨張によって、従来の理論では説明が困難であった宇宙の謎—— なぜ我々の宇宙はこんなにも上手くできているのか—— を解決することができます。そして、この急激な膨張の原因とされるのが「真空のエネルギー」です。一見すると何もないように思われる真空ですが、実際にはエネルギーが満ちており、その密度は空間が広がっても変わりません。つまり、宇宙が膨張すればするほど全体のエネルギー量も増え、やがてそのエネルギーが熱となって高温高密度の「火の玉宇宙」が誕生した——これが、「ビッグバン」の実体であると説明しました。
さらに、小幡氏は「真空のエネルギーは、我々の宇宙の源であり、あたかも“海”のような存在で、海面に波が立つように、エネルギーにも“ゆらぎ”がある」と表現。このゆらぎこそが、後に星や銀河のもとになる起源的構造と考えられています。ビッグバンの残光である「宇宙背景放射(CMB)」には濃淡が見られますが、これはインフレーションによって引き伸ばされた真空のゆらぎを反映しており、今日私たちが観測する銀河や銀河団の分布と密接に関係しています。こうした整合性が、インフレーション理論の有力性を裏付けています。
最後に、小幡氏は「インフレーション理論のさらなる証拠」として期待されているのが「原始重力波」であると紹介しました。これは、インフレーションによって生じたと考えられる時空のさざ波で、その観測が実現すれば、真空エネルギーの正体を明らかにする重要な手がかりになります。小幡氏は「原始重力波の観測を通じて、私たちは宇宙誕生にさらに深く迫ることができる」と語り、現在進められている研究に期待してほしいと講演を締めくくりました。
宇宙の始まりを見る
小幡氏の講演に続いて、長谷川氏が「宇宙の始まりを見る」というタイトルで、宇宙誕生の痕跡をどのように観測するのかについて解説しました。
長谷川氏はまず、「宇宙の過去を知るには遠くを見ることが必要」と説明しました。例えば太陽の光は地球に届くまで約8分かかるため、私たちは8分前の太陽を見ていることになります。同様に、ベテルギウスは約640年前、アンドロメダ銀河は約230万年前の姿を、私たちは見ています。このように、より遠くの天体を観測すればするほど、より過去の宇宙の姿を見ることができるのです。
こうした観測をさらに極限まで進めると、ついにはビッグバン直後のCMBに到達します。しかしこれは可視光では観測できず、電波の一種である「ミリ波」を用いることで映像として捉えることが可能になります。長谷川氏は、CMBを映し出すこの電波を「CMBチャンネル」と呼び、これによって私たちは宇宙誕生から約38万年後の“宇宙の表面”を観測していると述べました。
インフレーションが実際に起きていたとすれば、このCMBの表面には真空ゆらぎである“しわ”が存在するはずです。さらに原始重力波による渦巻き状の偏光の模様が現れれば、それがインフレーションの直接的な証拠になります。このような微細な構造をとらえるため、長谷川氏は南米チリ・アタカマ高地に設置された望遠鏡による国際共同観測プロジェクト「Simons Observatory(サイモンズ天文台)」に参加しています。世界中から約400人の研究者が参加し、宇宙の始まりを探る最先端の観測が進められています。
CMBの信号は非常に微弱で、従来の光センサーでは観測が困難でした。そこで活躍するのが「TES(Transition Edge Sensor)」という超伝導センサーです。もともとダークマター探索のために開発された装置で、絶対零度近くまで冷却することでわずかな電気抵抗の変化として、微弱な信号を検出します。長谷川氏はTESを搭載した望遠鏡による実際の観測データも紹介し、従来は数年かかっていたデータ取得が、新しいセンサーでは数時間で可能になったと述べました。最後に、TESを極低温に保つための装置「希釈冷凍機」についても紹介し、今後10年ほどで得られる新たな観測成果への期待を語りました。
全国同時七夕講演会とは、七夕の前後の期間に全国各地の科学館や研究機関などで天文・宇宙関連の講演会を行う、日本天文学会主催のイベントです。他のイベントは以下のリンクをご覧ください。