- トピックス
おとなのサイエンスカフェ第17夜「宇宙の始まりを探る実験 LHCで何が見えてきたのか」を開催しました
2026年3月2日
2月13日(金)、おとなのサイエンスカフェ第17夜「宇宙の始まりを探る巨大実験―LHCで何が見えてきたのか」をつくばセンタービル co-enで開催しました。
KEK素粒子原子核研究所(素核研)では、素粒子、原子核という極微な世界から広大な宇宙まで、理論および実験の両面からの研究を行っており、この世で最も小さい素粒子を研究することでこの世で最も大きい宇宙の謎の解明に挑み続けています。
スイス・ジュネーブ近郊の欧州合同原子核研究機関(CERN)では、世界最大の加速器「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」が稼働しています。粒子をほぼ光速まで加速して衝突させ、その瞬間に生まれる現象を巨大な測定器で観測します。その代表的な実験の一つが「ATLAS実験」です。
今回は、ATLAS実験に携わる素核研の生出 秀行(おいで ひでゆき)准教授と中浜 優(なかはま ゆう)准教授が、実験の目的や装置の仕組みについて解説しました。後半では研究現場の様子に加え、物理解析の方法やAIの活用についても詳しく紹介しました。
力の正体を求めて
はじめに生出准教授は、LHCが探ろうとしているのは、物質の素となる粒子だけではなく、弱ボゾンやヒッグス粒子などを通して、「力」の根源を探ることであると説明しました。
素粒子物理の歴史は「力とは何か」を理解する歩みでもあります。1930年代には電磁気力や重力は知られていましたが、原子核の内部で働く「強い力」や「弱い力」はほとんど分かっておらず、暫定的な名前が付けられていたにすぎませんでした。
1934年、エンリコ・フェルミは、β(ベータ)崩壊を説明する理論を構築し、これが弱い力の最初の理論となりました。その後100年にわたり理解は大きく進みましたが、「なぜ自然界には4つの力があるのか」「なぜ力の強さが全く違うのか」という根本的な問いは、いまだ完全には解明されていません。
理論研究から、弱い力は100GeV(ギガ電子ボルト)という高いエネルギー領域でその本質が現れることが予測されました。1930年代当時はそのエネルギーを実験で再現することは不可能と考えられていましたが、加速器技術の進歩によりLHCができたことで、実験的によって直接確かめられる時代が到来したのです。
見えないものを読み解く
ATLAS実験が向き合っているのは、真空の性質や、ダークマターのような目に見えない存在です。これらは直接観測することはできません。そこで、ATLAS実験では、衝突によって生まれた無数の粒子の飛跡やエネルギーを測定し、衝突直後の状態を再構成することで時空の1点に高エネルギーを注入したときの真空の振る舞いを観察します。この「見えないものを、見えるものから推測する」という考え方について、生出准教授は古今和歌集の一首(藤原 敏行)を例に挙げました。
秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
風の音にぞ おどろかれぬる
目に見えない「秋」も、風の音から感じ取ることができます。同じように、真空という理論上の概念も、素粒子の反応として現れる観測データから読み解くことができます。
CERNの中を歩く
後半は、CERNの内部を撮影した動画を用いて、オフィスや検出器制御室の様子が紹介されました。ATLAS実験には約3000人の共同研究者がいます。巨大で複雑な測定器の運用や物理解析は、国や立場の違いを超えた継続的な議論の上に成り立っています。生出准教授は、「人と話すことで研究が進む実験だと日々感じている」と語り、大規模国際共同研究の現場の雰囲気を伝えました。
物理の解析とは何か
得られたデータをそのまま見ただけでは粒子の振る舞いを解釈することは難しいです。
見たい信号にあたりをつけ、理論に基づくシミュレーションと比較しながら分析を進めます。既知の粒子反応は非常に高い精度で計算できるため、理論との比較が可能です。この計算能力の高さは、素粒子物理が信頼性の高い科学である大きな理由の一つです。
一方で、解析の多くは誤差の理解に費やされます。測定器の不完全さや統計的ゆらぎなど、さまざまな要因が推定に影響します。こうした誤差を厳密に評価し、結果が偶然ではないことを慎重に見極めます。「発見かどうか」を誤らないための厳密さも、素粒子実験の大きな特色です。
AIの活用
近年、素粒子実験ではAI、特に機械学習が重要な役割を果たしています。膨大なデータから特定の崩壊事象を効率よく識別するためにAIを「分類器」として活用しています。
従来は、粒子の飛跡を一つ一つ条件に照らして選別していましたが、機械学習の導入によって識別能力は飛躍的に向上しました。生出准教授は、2017年頃に本格導入して以来、その性能は急速に高まっていると、生出准教授はいいます。(図1参照)
-

図1:ATLAS実験で使われている素粒子識別の「機械学習」の性能が、年々どのように向上してきたかを示したグラフです。新しい手法が導入されるたびに、目的以外の事象をより多く排除できるようになっていることが分かります。データ解析の技術革新が、実験の精度向上に大きく貢献している様子を示しています
LHCがこれから見ようとしていること
2012年に発見されたヒッグス粒子はとても特殊な粒子です。ほかの素粒子が持つスピンと呼ばれる「向き」がヒッグス粒子にはありません。また、ヒッグス粒子は真空に秩序をもたらし、素粒子に質量を与えていると理論的に説明されていますが、その詳細な性質は十分に検証されていません。ヒッグス粒子の精密測定は、LHCが担う重要な課題の一つです。
さらに新粒子探索も続いています。「もしかすると、すでにデータの中に痕跡があるのに見逃している可能性もある」と生出准教授は語ります。あらゆる可能性を検討し、見落としがないかを徹底的に確かめる。そのための解析手法を磨き続けています。
最後に二人から夢を聞きました。
中浜准教授は「ヒッグス粒子の性質を調べるために10年かけてデータ取得を進めてきました。やっとデータが貯まってきたところです。この解析を進めることで、宇宙の成り立ちや実際にヒッグス粒子がどのように素粒子に質量を与えているのかを明らかにしたい。今後5年、10年、15年が楽しみです」と語りました。
生出准教授は「子供の頃、ギリシャ神話が好きでした。世の中の成り立ちの物語を、現代の形で描いているのが素粒子物理だと思っています。創作ではなく、自然にデータに問いかけながら物語が塗り替えられていく。自分が子供の時に受け取った物語を更新して次の世代に渡したい。それが夢です」と語りました。
当日の様子は素核研YouTubeにアーカイブ動画を公開する予定です。
素核研チャンネル – YouTube
おとなのサイエンスカフェは金曜日の夜、大人の特権である美味しいお酒やおつまみを楽しみながら、極微なサイエンスの話を楽しんでもらうことを趣旨に企画したもので、今後もシリーズで開催する予定です。
次回のおとなのサイエンスカフェは、3月13日(金)に開催します。
おとなのサイエンスカフェ第18夜「宇宙の始まり~インフレーションの証拠を掴みたい」
遠くを見ることは、宇宙の過去をのぞくこと。たとえば太陽は8分前、アンドロメダ銀河は約230万年前の姿を、私たちは今見ています。観測を極限まで進めると、ビッグバン直後のCMB(宇宙背景放射)にたどり着きます。もし宇宙誕生直後にインフレーションが起きていれば、その痕跡はCMBに刻まれているはず。宇宙最初の瞬間に迫る観測の最前線を、長谷川雅也准教授が語ります。
▼詳細や参加お申込みはこちらから▼
https://otona-sciencecafe-18.peatix.com/





