KEK理論センターの研究員、野村大輔さんが加わる日本、イギリスの研究グループが、ミューオンの磁気の強さにおける量子補正の大きさを直接示すミューオンg-2(異常磁気能率)を理論的に計算した値が、実験値より3.7σ小さいという成果を、国際的な物理学会誌である “Physical Review D” に発表しました。これまでの理論値の誤差を30%程度小さくすることに成功したもので、実験値との開きは野村さんたちの従来の結果である3.3σから0.4σ拡大し、これまでで最も広くなったとしています。
今回の成果について、J-PARCでミューオンg-2/EDM実験を準備中の三部勉准教授は「Physical Review D でEditors’ SuggestionとFeatured in Physicsに同時に取り上げられる素晴らしい成果であり、ますます新しい実験で検証する意義が高まりました」と話しています。
g-2とは粒子が持つ磁気の強さを示す基本的な物理量のことで、さまざまな仮想粒子による量子補正項を含むことが知られています。素粒子の標準理論(SM)の範囲内では、(a)仮想光子をやり取りする反応(QED)、(b)仮想ハドロンをやり取りする反応(QCD)、©弱い相互作用が関わる反応−−があり、さらに、新しい物理を意味する(d)未知の粒子をやり取りする反応が考えられています。電子の場合には、質量が小さいために(a)以外は無視でき、その理論的な計算値と実験値はよく一致することが分かっています。
しかし、ミューオンの場合には、(b)仮想ハドロンをやり取りする反応(QCD)の寄与が大きく、強い相互作用を伴うため直接的な計算が困難で、格子QCDを用いた大規模シミュレーション計算を行うか、電子・陽電子の衝突でハドロンが生じる全ての反応の断面積の和を求めるという間接的なアプローチしかありませんでした。それでも(a)〜©までを計算した理論値は、米国ブルクヘブン国立研究所(BNL)のE821実験で2006年に得られた実験値と比較すると3σ以上もの差があり、(d)未知の粒子の関与があるのでないかと期待されてきました。
野村さんらの研究チームは、(b)ハドロンのループを含む補正項を、電子・陽電子の衝突でハドロンが生じる際の全反応断面積の和から求める二つ目のアプローチにより、BaBar実験(米国)、KLOE実験(イタリア)、BES III(中国)実験などを加えた新たなデータセットで再計算したところ、低いエネルギーの時に反応断面積が大きくなるe+e−→π+π−の反応で精度が向上し、結果的に全体の誤差を30%程削減することができたということです。野村さんは「フランスのグループは、ほぼ同じデータセットで計算し、g-2の理論値と実験値との差を3.5σと求めましたが、同じハドロンを生じる反応の間でもエネルギーが大きく離れたデータ同士の相関を考慮に入れずに計算したのと、複数の実験データを平均する際の統計処理の違いで差が出たようです」と話しました。
野村さんは素粒子現象論が専門で、標準理論を超える物理の探求、とくに世界でも専門家が数少ないミューオンg-2の理論計算を得意としています。この計算にはKEK で日本学術振興会特別研究員だった2001年から取り組みはじめ、イギリスのダラム大学に在籍していた2002, 2003年、KEK に在籍していた 2006年、さらに東北大学に在籍していた2011年にも論文を出版しています。
野村さんは、今後の研究について、「まず3.7σの差を出した本当の原因は何なのかを探りたいですね。単なる測定の間違いなのか、未知の粒子が関与しているのかについて徹底的に調べてみたいと思います。未知の粒子として今、注目されているのは、ミューオンと弱くしか相互作用しない軽い粒子で、ALP (axion-like particle) とかダーク光子と呼ばれており、もしこうした粒子が存在するなら他の実験で発見できるはずなので、実験グループとも協力して探索していきたいと思います」と抱負を語りました。さらに、今春に電子・陽電子の初衝突を迎えたSuperKEKBプロジェクトにも言及し、「Belle II 実験で新しい電子・陽電子の衝突反応のデータが得られたら、ぜひまたミューオンg-2理論値の計算に挑戦したいです」と話しました。
g-2の実験での測定は、2018年2月にアメリカのフェルミ研究所がBNLの実験装置を再利用して実験をスタートさせたほか、東海村のJ-PARCでも、ほぼ静止したミューオンを再加速するという全く新しい方法を用いてg-2の精密測定を行うとともに、電気双極子能率(EDM)についても世界最高感度で探索する実験を準備しています。
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論文掲載情報
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