エレクトロニクスシステム(E-sys)グループと素核研ミューオンg-2/EDM実験グループのメンバーが、ミューオンg-2/EDM実験で使用するシリコンストリップ検出器用の集積回路の開発に成功しました。シリコンストリップ検出器用集積回路としては初の日本製になります。
ミューオンg-2/EDM実験とは、「ミューオン」という宇宙線の仲間である素粒子が持つ磁力の大きさをJ-PARCの加速器を用いて精密測定し、実験値の理論値からのずれを求める事で、標準理論を超える新物理の兆候を掴む事を目指した実験です(詳しくはこちら:【特集】ミューオンでまだ見ぬ宇宙の謎を解け! ミューオン g-2/EDM実験グループの挑戦 (第1回)、【特集】ミューオンでまだ見ぬ宇宙の謎を解け! ミューオン g-2/EDM実験グループの挑戦 (第2回))。
シリコンストリップ検出器とは、シリコン素材の上に電極を一直線に並べ、そこをミューオンなどの粒子が通過した時に発生する微弱な電流を解析する装置です。ミューオンg-2/EDM実験で使用するシリコンストリップ検出器の集積回路には、1台につき約1000チャンネル(電極が約1000本)必要になります。そのため、市販の集積回路を使用した場合、小型な検出器には搭載できない大きさなってしまいます。加えて、J-PARCのミューオンビームの時間構造に合った集積回路を用いる必要がありますが、そのような要求を満たす既存の集積回路はありませんでした。そこで、ミューオンg-2/EDM実験グループは、機能をg-2/EDM実験に特化した、専用のシリコンストリップ検出器用集積回路を自分達で開発することにしました。開発にあたり、素核研E-sysグループ、ミューオンg-2/EDM実験グループや九州大学のメンバーで開発チームを立ち上げました。
しかし、開発には多くの困難が待ち受けていました。ミューオンからの微弱な信号を正確に捉えるためには集積回路が拾うノイズを抑える必要があります。一方で、連続して届いた信号を捉えるためには処理速度が速くなければなりません。しかしながら、低ノイズと高処理速度は技術的には相反してしまいます。開発チームは、この難しい要求に応えるべく試行錯誤を繰り返しました。開発を進めていくなかでもう1桁高い要求性能を求めていくことになり、128チャンネルの回路を全て1ナノ秒(10-9秒)以下で処理する集積回路をゼロから考え直す事になりました。
集積回路では、デジタル信号が0から1に切り替わった時間を粒子が通過した時間として考えます。通常は信号がある閾(しきい)値を超えた時刻を測定しますが、この方法では信号の波形によって閾値を超える時刻が変わってしまうという問題点があります。そこで、開発チームは波形の傾き具体が頂点に近づくにつれて緩やかになり、頂点に到達すると平ら(傾きが0)になることに注目し、波形の傾きの大きさでデジタル信号の0と1を切り替える回路方式を採用しました。その結果、10ナノ秒かかっていた処理時間を1ナノ秒まで改善することに成功しました。この方式を多チャンネルのストリップ検出器を読み出す集積回路へと実用化したのは世界初です。
この成果により、2012年から開発を始め8年目にして遂に要求を満たす集積回路が完成しました。開発した集積回路は、1辺約1cmのチップの中に128チャンネル搭載されており、これを16個並べて使用します。
岸下徹一 准教授は「今回のような研究開発は1人ではできません。研究者も技術者も揃っている他にはないKEKの環境だからこそ、集積回路の設計から開発までを全て自分達で完結できました。この集積回路も、デジタル回路設計担当の濵田英太郎 准技師、アナログ回路評価担当の藤田陽一 技師、完成品の性能評価担当の佐藤優太郎 研究員、九州大学の山中隆志 研究員など様々なメンバーが互いに協力して改善を重ねることで完成したのです。」と世界初の技術の確立と日本初の成果に顔をほころばせていました。
開発したシリコンストリップ検出器用の集積回路(SliT128)は量産できる段階に入り、今後約10,000枚製作する予定です。
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