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賞状を手にする平沢光昭さん(写真中央)。磯暁 高エネルギー加速器科学研究科 研究科長(写真左)、指導教員の西村淳 教授(写真右)と共に。 /<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

賞状を手にする平沢光昭さん(写真中央)。磯暁 高エネルギー加速器科学研究科 研究科長(写真左)、指導教員の西村淳 教授(写真右)と共に。 / KEK IPNS

2021年4月16日:関連記事を追加しました。

KEK理論センターの平沢光昭さん(総合研究大学院大学(総研大) 高エネルギー加速器科学研究科 素粒子原子核専攻)が研究科長賞を受賞し、2021年3月24日にKEKつくばキャンパスにて授賞式が執り行われました。

研究科長賞は、当該学期に総研大の博士課程を修了し、学位を取得する学生の中から、特段に顕彰するに相応しい研究活動を行い、その成果を優れた学位論文にまとめた者へ、各研究科で授与される賞です。平沢さんが受賞した学位論文のタイトルは「Complex Langevin simulations of quantum systems with the sign problem(和訳:符号問題をもつ量子系の複素ランジュバン・シミュレーション)」です。

強い力を記述する量子色力学(QCD)の性質を調べる強力な手法の一つに、コンピュータを用いたシミュレーションがあります。この手法では、ある量を確率と解釈して計算を行います。しかし、ある状況下では、その量を確率と解釈できなくなるため従来のシミュレーション手法が使えなくなってしまいます。この問題は符号問題と呼ばれ、QCDだけでなく理論物理学の様々な場面で起こるため、解決が望まれる重要な課題の一つとなっています。

符号問題を解決する手法はいくつか提案されており、その中の一つに「複素ランジュバン法」という手法があります。平沢さん達の研究グループは、この複素ランジュバン法を以下の2種の模型に適用し、その模型において精密なシミュレーションが実現可能であることを示しました。

  1. θパラメータを持つ模型
    QCDにおいて、θパラメータとは中性子の電気双極子モーメントと関係するパラメータです。このθは、実験から上限値が10-10と非常に小さい値であることが分かっていますが、なぜこんなに小さいのか、理論的には解明されていません。暗黒物質の候補の一つとして考えられているアクシオンという仮想の粒子を導入して計算すると、θの値が小さい理由が説明できるのではないかと期待されています。
    しかし、θが0以外の値を持つ場合には符号問題が生じてしまいます。そこで平沢さん達は、θが有限の値を持つ場合の簡単な模型に対して複素ランジュバン法が有効か調べました。その結果、厳密解が存在する2次元模型、さらに厳密解が存在しない4次元模型で複素ランジュバン法が有効であることを明らかにしました。

  2. 超弦理論のシミュレーション
    超弦理論は4つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)を統一的に記述できると考えられている万物の理論の有力候補ですが、いまだ仮説の一つにすぎません。超弦理論を矛盾なく定義できる時空(時間+空間)の次元は10次元のみで、私達が住む4次元時空とは異なります。そこで、超弦理論から4次元時空を説明する方法の一つとして、残り6次元分を観測できないほど小さいと考える「コンパクト化」と呼ばれる方法が用いられます。コンパクト化には無数の方法が存在し、どの方法が実際に私達の住む4次元時空を表すか決定できていません。
    この問題を解決するため、近年、どのような時空が現れるかシミュレーションで明らかにしようとする様々な試みがなされています。先行研究では4次元時空の出現や3次元空間の膨張など興味深い結果が得られていました。そこで平沢さん達は、中でも膨張している空間の構造に注目して、従来のシミュレーション手法で検証しました。その結果、従来の手法では空間が滑らかとは言えない奇妙な構造になる、つまり実際の宇宙の構造とは一致しない問題が明らかになりました。平沢さん達はこの原因を、従来は符号問題を避けるため近似計算していたからだと考えました。そこで複素ランジュバン法を用いて符号問題を解決し、精密なシミュレーションをすることを試みました。
    最初に簡単化した模型に対してシミュレーションしたところ、超弦理論のシミュレーションでもこの手法は適用可能であることが確かめられました。さらに、空間は滑らかな構造になっていることも確認されました。しかし、簡単化した模型の結果では従来の手法で見えていた膨張する3次元空間が出現しない問題も見つかりました。平沢さん達はこの簡単化が原因だと考え、簡単化せずシミュレーションして、4次元時空の出現や3次元空間の膨張が起こるか明らかにしようと現在も研究を続けています。

受賞した平沢さんにお話を伺いました。

―受賞した感想を聞かせてください。
●平沢さん 研究科長賞をいただけて本当に光栄です。指導教員の西村先生をはじめ、共同研究者の方々にも感謝しています。多くの共同研究のおかげで論文を書くことができました。

―今回の研究で苦労した点は?
●平沢さん 2020年の4月後半から在宅勤務が始まり、理論研究をどう行うかが難しくなったことです。ですが、オンライン会議に慣れてきてからはオンラインで定期的に共同研究者と議論を交わすことで研究を進めることができました。特に、共同研究者の中にギリシャの方が入っており、以前はメールでのやり取りが基本でしたが、定期的にミーティングできるようになったため、研究が一層進みました。

―最後に今後の目標を教えてください。
●平沢さん これまでの我々の研究を発展させ、未解決の問題に取り組みたいです。例えば今回、θパラメータを持つ4次元模型で複素ランジュバン法が有効と確認できましたが、この模型のθパラメータに対する性質は、符号問題以外にも問題があり、完全には明らかになっていません。これらの問題を解決して、この模型の性質を解明したいです。さらに、QCDに応用してアクシオンの性質を調べることも今後の目標の一つです。
また、超弦理論のシミュレーションについては、簡単化せずに計算を行い、私達が住む4次元時空を説明できるか明らかにしたいです。難しいテーマだとは思いますが、この説明ができれば、超弦理論が正しいという状況証拠の一つとなります。

―ありがとうございました。


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